フォーチュン・クエスト4          ようこそ!呪われた城へ              深沢美潮 登場人物/パーティ紹介[#本来は、イラストの横に解説文章があるレイアウト] クレイ・S・アンダーソン このパーティのリーダー。黒髪、鷲色の目、身長は一八〇センチ。 代々騎士の家系に生まれ、修行の旅に出たファイターである。 しかし、戦いより剣のお手入れが好みらしく、りっぱなロングソードを大切に大切に使っている。他にショー卜・ソードも装備。防具は、自家製の竹アーマーの上からサラディー国の王様からもらったブレストアーマー。ヘルメットを買ったが、残念ながら不良品だったもよう(クレイってとことんついてない!)。 女の子にはやさしいフェミニスト。根っから気がよく、そのためなのかいつも貧乏クジをひかされ、トラップにバカにされている。 トラップ 赤毛、明るい茶色の目。クレイの幼なじみで、やはり彼の家も代々盗賊。もちろん、彼も盗賊である。 明るいカラシ色の丈の短い上着、緑色のタイツ、オレンジ色の帽子…と、とんでもなくはでなスタイル。武器はお得意のパチンコ。 しかし、戦闘の場合は必ず要領よく逃げ回っている。また、その逃げ足が天下一品。口が悪く、トラブルメーカー。人のいいパーティのなかでは、ゆいつ現実直視型ともいえる。 取り引きがうまく、金銭の交渉などに長けている。 キットン ボサボサの茶色の髪が顔の半分をおおっている。自分さえ気にならなければ、いつまでたってもお風呂にすら入らないし、床屋にも行かない。 風体からさっしてドワーフだろうと本人も思っていたが、実はキットン族という由緒正しい種族の、王家の血筋であることが判明。ただし、本人はパーティと出会うまでの記憶をなくしているため、くわしくはわかっていない。 職業は農夫。薬草に関してはかなりうるさい。いや、その他もろもろについての知識欲は旺盛で、好奇心を満足させるためなら、しばしば目的や立場を忘れ、つっぱしる傾向がある。 モンスターポケットミニ図鑑は必携アイテム。 ノル 巨人族で、身長は二メートルを越す。ずばぬけた体力と怪力の持ち主。 無口だが、やさしい性格でルーミィやシロちゃんに慕われている。鳥や動物と話すことができ、しばしば重要な情報を間き出すことも。 双子の妹が行方不明になり、冒険をしながら彼女を探している。 職業は運搬業。大八車を引き、パーティの荷物などを運ぶ。武器はこん棒。 趣味はあやとり。 ルーミィ エルフ族の子供。ふわんふわんのシルバーブロンドとサファイヤブルーの瞳。職業は魔法使い。使える魔法はファイヤー、コールド、ストップ、フライ。しかし、まだまだレベルが低いため、たいした役には立たない。武器はロッド。 すぐパステルの口真似をする。「しおちゃん、しおちゃん」とシロちゃんにくっつきぱなし。 シロちゃん 伝説の幸せの竜 ホワイトドラゴンの子供。熱いのとまぶしいのと二種類のブレスを吹くことができる。ふだんは子犬くらいの大きさだが、少しの間なら一〇メートルくらいの大きさになる。そのうえ、あまり上手ではないが飛ぶこともできる。 ホワイトドラゴンということを隠すため、ふだんは大のふりをしているが、つい「わんわんデシ」といってしまう。 パステル・G・キング 物語の主人公。両親をなくし、冒険者になった。 好奇心旺盛、立ち直りが早く明るい性格。しかし、かなりおっちょこちょいで、しかも泣き虫。 金髪に近い明るい茶色の髪をうしろで束ねている。目ははしばみ色。職業は詩人兼マッパー(ただし、方向音痴)。自分たちの冒険談を小説にして売り、生活費の足しにしている。 パーティの財務担当。 いまでないとき。 ここでない場所。 この物語は、ひとつのパラレルワールドを舞台にしている。 そのファンタジーゾーンでは、アドベンチャラーたちが、 それぞれに生き、さまざまな冒険談《ぼうけんだん》を生みだしている。 あるパーティは、不幸な姫君を助けるため、|邪悪《じゃあく》な竜《りゅう》を倒しにでかけた。 あるパーティは、海に眠った財宝をさがしに船に乗りこんだ。 あるパーティは、神の称号をえようと神の出した難問にいどんだ。 わたしはこれから、そのひとつのパーティの話をしたいと思っている。 彼らの目的は……まだ、ない。                         口絵・本文イラスト  迎 夏生 「ヤングフランケンシュタイン」「|狼男《おおかみおとこ》アメリカン」「|死霊《しりょう》のはらわた」「スリラー/マイケル・ジャクソン」「バック・トゥ・ザ・フューチャー」「スターウォーズ」「プリンセス・ブライド・ストーリー」「アッシャー家の崩壊《ほうかい》」「ドラゴン・クエスト」「ゴースト・ストーリー」「ハロウィン」「アルゴ探検隊の大|冒険《ぼうけん》」「クロちゃんのRPG千夜一夜」……。  すばらしいインスピレーションを授けてくれた、数々の名作に最大級の尊敬と感謝を捧《ささ》げます。    STAGE 1        1  黒々とした壁に、ふっと映る白い影。  悲しげな表情の女がひとり。  ふわりふわりと浮かんでは消え、消えたと思うといきなり目の前に。  いやらしい紅い口が喉元《のどもと》まで裂《さ》け、落ちくぼんだ目がむきだしになる。いびつに曲がりくねった指から逃げようとしても、スルスルと伸びて体にまとわりついてくる。  そう。  こいつときたら、「この世ならぬもの」でしょ?  だから、どこからいつどんなふうに現われるかわかんない。  こちとら一応|万有引力《ばんゆういんりょく》の法則とかさ、そういうもんにしばられて戦ってるっつーのに。卑怯《ひきょう》だよな。まず対等じゃないもん。 「ぱぁーるぅ、ルーミィこあいよぉー」  ルーミィが泣きベソかいてる。泣きたいのは、こっちだっておんなじだ。 「きゃぁぁぁぁぁ——!」  また出た!  今度はゾンビ。それもけっこう年季の入ったやつ。体半分|腐《くさ》って、肉なんかボロボロ落ちてるようなやつ。 「やだぁぁあぁぁー! こっち来るなぁー!」  ショートソードをぶんぶんと振りまわす。  げぇー、歯をむきだしにするなよな。でも、そっかそか。頬《ほお》の肉がないからイヤでもむきだしなのか……。なんちゃって、納得《なっとく》してる場合じゃあない! 「うぎゃぁぁぁぁ!」  キットンのけたたましい声。ここからじゃ見えないけど、きっと何かがどうかしたんだろう。 「ダメだ。ぜんぜん効《き》かない!」  クレイが叫んだとおり。胸を突こうが足に切りつけようが。倒れても倒れても、すぐまた起き上がってくるから始末におえない。 「トラップ! おめぇ、なにサボってんだよ」 「へ?」  げっ。ほんとだ。トラップったら、ひょいひょいよけてるだけじゃん。 「おれ、非生産的なことってやんない主義なの」 「ばかものぉ——!」  く、くそぉ。こんなことなら、来るんじゃなかった。  だ——から、いったのにぃ。        *  って。いったい何がなんだか。みんなにはわたしたちの状況《じょうきょう》がわかってないわけだし。こいつは、最初っから説明しなきゃね。  ことの発端《ほったん》は……、す、すまない。実をいうとわたしにあるんだ。  その日。いつものように冒険談《ぼうけんだん》を書きあげたわたしは、シルバーリーブの印刷屋さんに入《にゅう》|稿《こう》しに行った。  ヒールニントでの冒険、あれね。けっこう評判《ひょうばん》がいいらしいんだわ。もちろん、シロちゃんのこととかは書けないから(ホワイトドラゴンというのは伝説のドラゴンらしくって、そういうことは伏《ふ》せておいたほうがいいってことになってる)、そこいらへんは適当にごまかして。あー、それからクレイが笑い病になった話なんかも、彼の名誉を考えて伏せてる。そんなふうに伏せまくってはいても、ふつうの人が読むとおもしろいらしい。  ま、才能ってやつですかぁ? 「ほんとに。この連載は評判がよくってね。おかげで雑誌のほうも売り上げが好調で。エベリンの本屋さんからも、できたら隔週《かくしゅう》くらいにならないかっていわれてるくらいなんですよ」  と、人のよさそうな顔の、印刷屋の若主人。 「えー? う、うれしいけど。そんなに書けるかなぁ。だって、一応冒険もしなきゃいけないし」 「そうですよねぇ。やっぱ辛《つら》いですよね」 「でも、できるだけがんばります!」 「そうね。書けるうちにダァーッと書いちゃってください。別に|〆切《しめきり》を作ったりはしませんから……と、しかし、〆切ないと書けなかったりしませんか?」  す、鋭《するど》い!  わたしは、小説家志望だからして。書くこと自体は大好き。でも、やっぱり〆切っていうのがあってはじめて、ウンウン捻《うな》りながらも何とかかんとか書いているわけで。これが、いつ出してもいいよってなことになったら。たぶん、いつまでたっても書かないんじゃないかな。  夏休みの宿題とかね。最初から計画的にコツコツやってれば、たいした量でもないのに、提出する間際《まぎわ》にならないとエンジンがかからない。そのくせ計画の立案だけはしっかりやる。  わたしってのはそういうやつだ。 「わかりました。とにかくこの連載は終わらせちゃいましょうよ。どうですか? 後五回くらいで何とかなりますか?」 「そうですね。たぶん、何とかなると思います」 「じゃ、もしよかったら料金は前払いにしてもいいですよ。そうすれば、プレッシャーになって都合《つごう》いいんじゃないですかねぇ」  ううう、すっかり見破られてるってかんじ。  若主人はカラカラと笑って、まとまった額のお金を持ってきてくれた。  ここまで期待されてると書かないわけにはいかないよね。  そっか。後五回ね。っていうと、あのラップバードに会ったシーンを書いて……などと、ブツブツいいながら、みすず旅館へ帰ろうとしていたときだ。  ドサッ! 「キャッ!」  目の前に、ボロキレのかたまりが。 「だ、だいじょうぶですか?」  よく見ると、それは人間だった。その人間はゴソゴソと動いて、ひからびた手をつきだし、空中をつかんだり離《はな》したり。 「み、水……」 「水ね? 喉《のど》が乾いてるのね。わかったわ。ここで待ってて」  急いで水をどっかから持ってこようとしたが、 「きゃぁ!!」  そのわたしの足をさっきのひからびた手がガシッとつかんだ。 「な、なんですかぁー!?」 「た、食べ物も……」        * 「で? その行き倒れ寸前だった冒険者《ぼうけんしゃ》にごちそうしたあげく、コレ買ったわけ? もらったばかりのギャラで」  いつものいじわるな口調《くちょう》でトラップがいった。 「だってさぁ。あそこでほっといたら、あの人死んでたよ!」 「しんれたおう!」  商店街のチラシの裏に落書きをして遊んでいたルーミィが、こっちを向いて叫んだ。この子はすぐわたしの真似《まね》をする。 「おいら、知らねー! その金って、パステルが前払いしてもらったやつだろ? ま、がんばって仕事するこったな」  さっきの人、実は冒険者だったの。ズルマカラン砂漠《さばく》をたったひとりで越えてきて。性も根もつき果てたっていうとこで、やっとこさシルバーリーブにたどりついたというわけだ。  やぁ、食べた食べた。その勢いったら、すごかったねー。ルーミィといい勝負なんじゃないかな。  猪鹿亭《いのしかてい》で五人前くらいペロッとたいらげた後。未解決《みかいけつ》の冒険シナリオが入ったボロボロの封《ふう》|書《しょ》をひとつ出してきた。 「これ、ほんとはお礼に差しあげたいところなんですが。ぼく、文無《もんな》しですからね。つまらない見栄をはってもしかたない。どうでしょう。ふつうの三分の一の値段でいいです。買ってくれませんか?」  それはサバドという村の近くにある古城に財宝が隠《かく》されているという、クエストだった。サバドまでのマップや古城のまわりのマップ、その他の情報が書きこまれたもので。 「でもね、これ。どう少なく見積もっても千…いや一五〇〇Gはすると思うのよ! だから、オーシに買ってもらえば……」 「甘《あま》い! 甘い甘い甘い甘い甘い!」  トラップの甘い連続|攻撃《こうげき》がでた。 「あのゴーツクばりのヒヒ親父《おやじ》が、んなに出すと思うかぁ?」  と、そこにクレイが上機嫌《じょうきげん》で帰ってきた。 「おい、出発だ!」 「なに。どこへ行くの? あぁ、それよりクレイねぇ……」 「冒険だぞ、冒険!」 「え?」 「ほら、これを見よ!」  得意そうに差しだした手には、燦然《さんぜん》と輝くボロボロの封書《ふうしょ》。 「クレイ……」 「やぁ、実はね。さっき行き倒れ寸前の冒険者《ぼうけんしゃ》に会ってさぁ。ま、おごってやりながら話を聞いてたんだが……」  トラップったら、椅子《いす》からズリ落ちてヒャアヒャア笑いころげてた。        2 「おまえら、ていよくだまされたんだよ。ったくよぉ。おひとよしもダブルで来ると、おかしいの通りこして悲しいもんがあるぜ。だいち、隠《かく》された財宝なんつうおいしい話があるんなら、その冒険者、自分で行けばいいだろ?」  トラップにさんざんバカにされた、わたしとクレイではあったが。とりあえずそのクエストが本物かどうか、冒険者支援グループに問い合わせてみることにした。  冒険者支援グループでは、こんなふうに各地で噂《うわさ》されるクエストに関しての情報をバンクしている。問い合わせてみると、意外なほどくわしく情報を分けてくれたりするんだ。手数料はかかるけどね。 「お待ちかねの手紙が来てましたよ!」  キットンが冒険者支援グループからの返事を持ってきてくれた。  結果は……。 「ほーら、ほらみて。あながちウソじゃないみたいよ!」 「けっ、どうだかねぇ」 「ふむふむ、なるほど。その財宝というのは、以前その古城を根城《ねじろ》にしていた伝説の大盗賊《だいとうぞく》メハマッドのものらしいですね」  大盗賊メハマッドといえばけっこう有名人。わたしも小さい頃ノンフィクションの冒険小説で読んだ覚えがある。興味のないふりをしていたトラップだったが、メハマッドと聞いたとたん、ベッドから飛び起きた。 「貸せよ!」  人が読んでいるというのに、手紙を横からひったくる。ものもいわず最後まで目を通して、ポンと膝《ひざ》を打った。 「よぉーし。おもしれーじゃねーか。メハマッドなら相手に不足はねぇ。やつのお宝、おれがいただくぜ!」 「なにいってんの!! これはオーシに売るつもりよ」 「バカいえ! こんなうまい話、乗らねーやつぁいねぇぜ。だいち、ほらここに書いてる。近くの村のサバドは古城から毎晩聞こえてくる不気味《ぶきみ》な声におびえて暮らしている……てな。人の役に立ってこそ冒険者《ぼうけんしゃ》だぜ。なあ、クレイ!」  なーにが人の役に立ってこそ、よ!  クレイはクレイで、もう剣を出して磨《みが》いたりしてるし。 「これまで、おれたちはマトモな冒険らしい冒険もしてない。いつもこんなことじゃなかったのに…ってなのばっかだ。おかげで苦労してるわりにレベルも上がってない」 「そうだぜ。特にクレイなんか出番なくってよぉ。なぁ、ファイターだっつーに笑い病にはかかるわオウムにはなるわ……うがぁ、ぐ、ぐるじい」  トラップの喉《のど》を締《し》めつつ、 「な、パステル。もうそろそろマトモな冒険をしてもいい頃じゃないか? おれたちだってさ。この冒険なら手ごろだし」 「で、でも。そりゃ、たしかにクエストレベルは低いけどさ」  冒険のシナリオには必ずクエストレベルが書いてある。冒険には想像もできないようなハプニングがつきもの。やってみなきゃ本当に簡単なのかどうかわからないけれど。今までの情報を元に一応の目安《めやす》として書いてあるんだ。  そのシナリオのクエストレベルは三から六だった。 「変だと思わない? だって、こんなに低いレベルで、しかも財宝があるなんておいしい話で。なのに、まだ誰も解《と》いてないだなんて」 「運がなかったんじゃねーの?」 「そ、それにね。ほら、支援グループからの資料…注意事項のとこ読んだ? 古城は呪《のろ》われていて、ゾンビやスケルトン、ゴーストなどアンデッド系のモンスターが数多く出現する。できれば、パーティにはターンアンデッドの呪文《じゅもん》をかけることができる僧侶《クレリック》がいるほうが望ましい…って」  ターンアンデッドの呪文というのは、アンデッド系の、だからこの世ならぬモンスターを地に還《かえ》す呪文のこと。神に仕《つか》えるレベル一〇くらいの僧侶じゃないとこれは使えない。  ごぞんじのとおり、わたしたちのパーティには僧侶がいないんだ。 「これって致命的じゃない? ね、やめましようよ。無理《むり》よ、絶対」 「パステルにしては、珍しいですねぇ。やってみなけりゃわからない…つていうのが口癖《くちぐせ》なのに」  キットンが指摘した。 「それに、『望ましい』というのは、あくまでも『望ましい』のであって。そうじゃなきゃ無理っていうわけじゃありませんからね! おもしろそうだ。やってみようじゃないですか」  そりゃ、わたしだって冒険《ぽうけん》らしい冒険はしてみたいよ。でも、でもねぇ。 「わかった!」  トラップがいじわるそーな顔でわたしの鼻先に指を突き出した。 「おめぇ、怖《こわ》いんだろ。ゾンビとかスケルトンとかが」 「そ、そうよ。んなの、あったりまえじゃない! わざわざよりによって、んな気持ち悪いもんに会いに行くことはないじゃない!」 「パステル。あのな、他のモンスターだってじゅうぶん気持ち悪いぜ。アンデッドだって思わなきゃいい。ものは考えようだぜ」  いくらクレイがやさしくさとしたって。 「やだ! やなもんはぜ——ったい、やだ!!」        *  しかし、わたしの主張は簡単に却下《きゃっか》された。  財宝に目がくらんだトラップ、使命感と冒険心に胸を高鳴らせているクレイに勝てるわけがない。  キットンはキットンで、モンスターポケットミニ図鑑《ずかん》のアンデッドの項目を強化できるなんていってはりきってるし。 「やぁ、それはおもしろそうだ」  なんちゃって。なぜかノルまで乗り気なんだから困った。  後のひとりと一匹は……、まぁ、なんだな。どっちみちわかってないから、味方についてくれたところでなんの説得力もない。 「ぱぁーるぅ、おなかペッコペコだおう!」 「はいはい。これ、このファイアーの復習が終わったら夕飯にするからね」 「ぶぅぅぅ……」 「ルーミィしゃん、がんばるデシ!」  なんもしないよりはいいだろうと、ルーミィの魔法《まほう》の特訓《とっくん》をしたり(せめて呪文《じゅもん》くらいメモを見ないでもいえるようにならなきゃ)、アンデッドモンスターの予習をしたり。思いつくかぎりの準備をして、一路サバドへと向かったわけだ。        3  サバド村は、あのブラックドラゴンのJBがいたホーキンス山を少し南に行った場所にあった。  幸い近くまで乗合《のりあい》|馬《ば》|車《しゃ》で来れたからよかったが。近くといっても、降りてから二日はたっぷり歩いた。  あぁーあ、ヒポちゃんがいてくれたらなぁ。ヒポちゃんというのは保険屋のヒュー・オーシに借りていたエレキテルヒポポタマスのこと。時速八〇キロくらいは出るし、エレキテルパンサーと違い大型だからパーティ全員乗れるのだ。しかし、商売人のヒュー・オーシだもの。キッチリ持って帰っちゃった。今度の冒険で運よく財宝のカケラでも手に入れることができたら、中古でいいから購入《こうにゅう》したいもんだ。まぁ、そのまえに買わなきゃいけないもんは、いっぱいあるんだけどね。  サバドは小さい村ではあったが、思ったよりにぎやかな村で。気持ちのよい宿屋もあったし、とびっきりおいしい定食を出す食堂もあった。 「へぇー、ここって竹細工《たけざいく》の産地なんですね」  キットンがいうとおり、村のあちこちで竹細工の工芸品が売られていた。  そうそう。食堂でご飯を食べていたとき、おじさんがやってきて、 「ほぉ、このアーマーは竹ですなぁ。竹のアーマーというのは初めて見るけんど、誰《だれ》が作ったもんなんですかいの?」  と、クレイに聞いたんだ。  クレイったら顔をまっ赤にして。でも、人がいいもんだから、 「はぁ、自分で作ったんです。アーマーというのは高くって、なかなか手が出ないもんで」 「ほぉー! 失礼ですが、よう見せてくださらんか。ほおほお、ようできとる。どうですかいね、これ、作ったら売れますかねぇ。実は新製品をなんにしようかっちゅうて悩んどったもんで」 「さ、さぁ、どうでしょうか! ハハハハハ……」  わたしもトラップも。おかしくっておかしくって。おじさんが席を離《はな》れるまで笑えないもんだから苦しかったのなんの。  憮然《ぶぜん》とした表情のクレイ。 「財宝を手に入れたら、すっごいアーマー買おうね!」 「あーまー、きゃおーねー!」  せっかくフォローしたつもりだったのに、ルーミィがわたしの口真似《くちまね》をしたもんだから台無し。 「あ、ねね。それよりクレイ。エベリンで買ったヘルメット。あれ、どうしたの? 今回持ってきてないみたいだけど……」 「あぁ、あれね……」 「不良品でさ、使ってもいねーのに壊《こわ》れちまいやがんの! つくづくついてねーやつだよな」  と、トラップ。  クレイはミケドリアのモモ焼きをモクモクと食べ、ついでにひーひー背中を震《ふる》わせて笑ってるトラップの椅子《いす》を思いっきり蹴《け》っとばした。        *  古城の話を村の人たちに聞いたが。聞けば聞くはど、むしろ聞かないほうがよかったと思い知らされた。 「あの城へ行きんさるんですか?」 「やめといたほうがええですよ。やぁ、ついこの前もあんたがたのような冒険者《ぼうけんしゃ》が来ましたがのぉ」 「いや、もっと強そうな人たちだったぞ!」 「いんや、もっともっと比べもんにならんくらい強そうな人たちだったぞ!」 「でも、結局帰っては来んさらんかった」 「そうじゃ、そうじゃ。あな、恐ろしい……」 「あの城があること自体、わたしら最近まで知らんかったきに。でも、夜な夜な……なぁ」 「そうそう。夜になると、そりゃあ気味の悪い女のすすり泣く声だの、獣《けもの》のうめき声だのが聞こえてくるようになりよって」 「ほら、命からがら逃げだしたっていう」 「あぁ、村の若いもんがね。おれも挑戦《ちょうせん》するうちゅうて、行ったはいいけど、なにやらおっとろしい化《ば》け物《もの》が出てきよって」 「一週間は高熱を出して寝こみよったですわ」  例の大盗賊《だいとうぞく》メハマッドについても、冒険者たちから聞くまでは名前すら聞いたことがなかったという。  ゆいつ聞いてよかったと思えた情報というのは、「どうやら村長さんがくわしいらしい」ということだけ。  その村長さんもわたしたちの顔を見るなり、 「やめときんさい!! 悪いこたぁいわん。帰りんさい!」  と、こうだ。 「悪いが、あんたがたにかなう相手じゃぁないですけん。命は粗末にするこたないです」  年は、そうだな。四五歳くらいかな(大人の年齢《ねんれい》ってよくわかんない)。頭のてっぺんが少し寂《さび》しくなった、おじさん。でも、何かにおびえてでもいるような、そんなオドオドした態度が印象的だった。 「うっせーなぁ。なにもあんたに行ってくれって頼《たの》んでるわけじゃねーだろ」 「こら、トラップ! 目上の人になんて口のききかただ」  悪態《あくたい》をついたトラップのうしろ頭をこづき、 「冒険に危険はつきものですよ。とにかくやってみるだけやってみるつもりです!」  クレイはキッパリ言い切った。 「まぁ、そうはいっても勇気があるのと無謀《むぼう》なのはちがいますからね。何か情報があるんなら、それを収集してです。万全《ばんぜん》の体勢で望みたいわけです」  キットンも口添えする。  ノルはノルで深くうなずいてみせる。  これはもう。実際やって、こりなきゃダメってかんじ。こりる、くらいですめばいいけどね。 「そうですか。どうしても行きなさるっちゅうわけですか」  村長さん、深く深くため息をついて、 「じゃぁ、教えてさしあげんこともないが……」  グッと乗り出す四人と、ついでにひとり&一匹。  わたしはというと、頭を抱《かか》えこみつつメモをとる準備をした。  うううぅ、やだなぁ、もう。        4 「あの城は、昔《むかし》、ある小貴族が避暑《ひしょ》に使っていたものらしいんですわ。っちゅうても、その貴族さん、極端《きょくたん》に人嫌《ひとぎら》いやったそうで。供《とも》の者もほんの数人。うちらの村へも来んさらんかった。ただでさえ、奥深い森んなかにひっそりと建てられた城ですやろ? そんなこんなで。この村のもんもつい最近まで、そげな城があるっちゅうことすら知らんかったんですわ」 「でも、城というくらいだから、けっこう大きな建物なんでしょ?」 「まぁ、そうですけんど。あの森にゃぁ、けったいな化《ば》け物《もの》が出るっちゅう噂《うわさ》がありましての」 「けったいな化け物?」 「はぁ。バンパイヤちゅうて」 「げっげぇ——!」  バンパイヤっていったら、いわゆる吸血鬼《きゅうけつき》でしょ。アンデッド系モンスターのなかでもむちゃくちゃレベルの高いやつじゃないか! そんなのまで出るだなんて、シナリオにも冒険者支援グループの資料にも書いてなかったぞ。 「そ、それはほんとの話なんでしょうか?」  キットンが目を輝《かがや》かせた。 「さぁ。そういう噂があったっちゅうだけで。誰も実際《じっさい》に見たもんはおらんのですけん。単なる噂だけかもしれんですなぁ」 「そうですか。まぁ、各地に似たような伝説はありますからねぇ」 「もしかしたら、その貴族が人を寄せつけないようにするために流した噂話かもしれんて、わしはにらんどるんですわ」 「あぁ、それはじゅうぶんにありえる話ですね!」  キットンは納得《なっとく》したが、 「いや、その貴族じゃなくて、メハマッドが流した噂かもしれねーぜ」  と、トラップ。 「そうだ。なぁ、村長さん。メハマッドの話、他の連中は知らなかったみたいだけど。あんたならなんか知ってんじゃないの?」  しかし、村長さんはワザとらしく咳払《せきばら》いをして、 「さぁ、わしは知らんきになぁ……。いったいなんの話ですか」 「知らねーわけがないだろ! これだけ噂になってるってのに。ほら、ここにも書いてら。伝説の大盗賊メハマッドの財宝が隠《かく》されてるってさ」  シナリオをバシッと叩《たた》いてみせた。  いやぁ、その迫力《はくりょく》ったらなかったね。トラップのどこに、あんな「真面目《まじめ》さ」があったのかと感心させられたくらい。  そのド迫力に圧《お》されたのか、タジタジとなって、 「……わ、わかりました。じゃ、あんたがたにだけ教えてさしあげてもいいんだが」  いよいよ身を乗り出す四人と、ついでにひとりと一匹。 「しかし、これはなにぶん内密にお願いしますよ」  村長さんはぐるりと全員を見渡し、声のトーンをぐっと落とした。  わたし以外がウンウンといっせいにうなずく。 「実は、このことをいったと知れると、わしぁ命を狙《ねら》われるかもしれんので。いや、その理由だけは勘弁《かんべん》してつかーさい」 「で?」 「城のなかでも、この話はしないと約束してつかーさるなら……」  じらすだけじらす村長さんに、いいかげんイライラしたトラップの、 「つかーさる! つかーさる! いっくらでもつかーさるから、早くいえってば…うぐぐ」  口をふさいだクレイは、 「おれたちを信用してください」  ハッシと村長さんを見つめた。        * 「しかし、あの村長、眉《まゆ》ツバもんだぜ」  宿屋に帰り、部屋《へや》にみんなが集合したときにトラップがいいだした。  村長さんが話してくれた内密の話というのは、なんとメハマッドの財宝の在処《ありか》だった。  それは塔の最上階にある部屋。そこの中央に青く輝《かがや》く球があり、それが財宝の隠《かく》された秘密の部屋の鍵《かぎ》になっているという……。鍵を開けるには、その球をこっばみじんに打ち崩《くず》すことだというのだが。 「だってよ。なんで、そういういきなり核心《かくしん》をつくような秘密を知ってるわけ? それに、その秘密をしゃべったとわかったら誰に命を狙われるんだよ。キナくせーぜ。もしかしたら、その球ブッ壊したとたん、おれたちがブッ殺されるかもしれねぇ」 「まぁ、それは何か深い事情があるのかもしれませんがね。でも、そんな大切なことを会ったばかりの我々にホイホイ教えてくれるってことが変ですね。とはいえ、『あなたがただけに…』なんていって他の冒険者にも話してるのかもしれませんけど…。ま、それにしても変だ」  と、キットン。 「たしかにね。あの村長さん、なんか態度がおかしいよね」  わたしには、あのオドオドした態度が気になってしかたなかった。 「うーむ。でも、それは行ってみなきゃわからないことだしな」  人を疑うなんて得意じゃないクレイも、さすがに少し腑《ふ》に落ちないという顔だったが、 「まぁ、しかし。とりあえずは情報もつかんだことだし。明日に備えて寝るべ寝るべ!」  この能天気《のうてんき》な明るさ!  さすがは我らのリーダーだわ。        5 「ぱぁーるぅ、ルーミィ眠いぉー」  いまさらいわれなくたってわかるよ。その顔じゃ。 「僕も眠いデシ」  眠たくてとろけそうな顔のルーミィとシロちゃんをひきずり、 「ほんとに、あの城へ行きんさるんですか!」  と、心配そうな宿屋の主人に見送られ。わたしたちは明け方、城を目指して出発した。  アンデッド系のモンスターが出現するとわかっていたから、できるだけ早いうちに城へ着く必要があったからだ。 「とはいっても、最近はやつら、昼夜関係なしに出るらしいですけどねぇ。どひゃっははっははっは」  ミルク色にけぶる朝もやのなかに、キットンのバカバカしい笑い声が響《ひび》きわたる。 「ぶわぁああぁぁ——……はっっはっはぁ。眠みぃ」 「眠りながら歩くってできねぇかな」 「こら、そっちじゃないってば。右よ、右!」  バカなことをいってる男ふたりをとっとと追い立てながら、わたしは城までのマップと道を見比べた。  道といっても、奥深い森のなかの獣道《けものみち》でしょ? 油断《ゆだん》してると迷いそう。  しかも、朝もやがどんどん濃《こ》くなってきたように思える。 「ちょっとタイム。マップをチェックする」 「また迷ったんじゃねーのか?」 「ううん、このスイカズラの木に矢印《やじるし》があるはずで……」 「矢印、あるよ」 「あ、ノル、さんきゅ! じゃ、だいじょぶだ。この道でいいんだわ!」  ヤレヤレ。  どんよりと曇った空と足元を漂《ただよ》う朝もや。ノロノロ歩くパーティを引き連れ、さらに小一時間ほど歩いたときだった。  あたりが急に暗くなったと思ったら。  ゴロゴロゴロゴロ……。※[#この一行は他の行より文字が少し小さい] 「あ、あれ? ねえねえ、あれ雷《かみなり》じゃない?」 「ウソだろう? 村出るときは天気よかったぜ」 「でも……」  ビシッと閃光《せんこう》が走る。  ガラガラガラガラ……ドッシャ———ン!! 「きゃぁぁぁぁぁ——!!」 「きゃああぁぁー!」  これは、わたしとルーミィ。  閃光のなかに、ひとりの男が浮かびあがったのだ。 「誰だ!」  クレイがさっと身がまえた。  しかし、そのときはもう辺《あた》りが暗くなってしまい、どこに男がいるのかわからなくなってしまった。 「ふっふふふふ」  低い笑い声がした。さっとそのほうを見る。たて長の目がキラッと光る。  また、ビシッと閃光が走った。  ガラガラガラガラ……ドッシャ———ン!!  再び浮きあがった男の顔は、なんとブルーと白のシマシマ模様《もよう》。髪《かみ》はピンク色で全部|逆立《さかだ》っている。 「あ、おまえ!」  トラップが指さした。  ニヤッとチェシャ猫のように笑う男。 「……っとぉ、誰だっけか?」  男はガクッとよろけ、そばの木にハシッと手をかけた。 「誰だっけぇ。どっかで見たことあったよなぁ、パステル」 「あぁ、たしか…えっと」  わたしとトラップが思い出そうと懸命《けんめい》になっていたら、 「ば、ば、ばかものー! オレだ、オレ」  ボロボロに破れた皮服姿の男は頬《ほお》のヒゲをピンピン立てて怒りまくり、右手に持った斧《おの》を木の幹《みき》にグサッと突き立てた。 「あぁ、思い出した!」 「いたっけなぁ、そういや。ほら、バウワウの森で」 「そうそう。JBんとこに行く前……」 「ふふふ、探したぜぇ。おめぇら、ここで会ったが百年目。このアクスさまの斧を……、お、おろ? お、斧を……」  グサッと突き立てた斧が抜けなくなってしまったみたい。 「ク、クソッ……、こ、この斧が、こぬやろ!」 「なんだ、知り合い?」  ロングソードに手をかけていたクレイも気がぬけた表情。 「いや、べつに知り合いってほどのもんじゃねーけどよ。じゃ、悪りいな。おれたち、ちと先を急ぐんでさ。またなっ」  ピカッ!  ひょぇー、またまた閃光《せんこう》がどんよりした空に走る。  ドカガラドカ、ドッシャァア————ン!! 「キャッ」 「こり、近いぜ。降ってくるとヤべぇ。走るぜ! ほれ、ルーミィ」  クレイがルーミィをひょいと片手で抱《かか》えあげた。  それを合図に一目散《いちもくさん》。城を目指して、わたしたちは走りだした。 「こ、こらぁー! ちょっと待たんかーい。お——い……オーイ……」※[#最後の「オーイ」だけ、文字が少し小さい]  雷《かみなり》の音がすさまじく、アクスの声も遠くに聞こえた。  なにか用でもあったんだろうか。  しかし、つくづく変わったやつだなぁ。        6  古城はあった。  足場の悪い、深い森の中に。曲がりくねったイバラがのたうちまわる庭は荒れ放題。  それほど大きな城ではなかったが、問題の高い塔《とう》がそびえたっている。誰をも寄せつけないような佇《たたず》まいで。だが、どこか不思議《ふしぎ》な魅力《みりょく》もあった。気をしっかり持たないと、ふっと意味もなく引き寄せられていきそうな。  今にも落ちてきそうなほど重くたれこめた暗雲《あんうん》が時おり光る。  濃い霧《きり》が足元で泳いでいる。  テラテラと鈍《にぶ》く光る黒い外壁《がいへき》に蔦《つた》がびっしりしがみついている。  陰うつな影が城を覆《おお》い、その姿を何倍にも不気味に演出していた。  荒涼《こうりょう》とした風景を前に。  砂袋《すなぶくろ》に詰《つ》まったやりきれなさを胸のうえにズッシリと置かれたようだった。  身の毛のよだつような、いやらしさが。ものいわぬ城だというのに、それ自体から|生々《なまなま》しく発散してくるように思えるのだ。  寒々しい風景とは裏腹な妙に生ぬるい風がひとつかみ、わたしの首筋をなめていったとき、つま先から頭のてっぺんまで総毛《そうけ》立《だ》った。 「行くか……?」  緊張《きんちょう》した顔のクレイが城を見つめたままいった。  まるで誰かに聞かれては……、というような低い声で。  全員がコックリ神妙《しんみょう》にうなずく。 「足元に注意するんだぞ。そこらじゅうイバラだらけだからな」  クレイは今まで抱いていたルーミィをノルに渡し、ふいをつかれないようロングソードの柄《つか》に手をかけた。 「トラップ、シロを肩に乗せてやれよ。こいつの長い毛がイバラにからまると厄介《やっかい》そうだ」 「OK。ほれ、シロ」 「はいデシ!」  シロちゃんがトラップの肩に乗った。  ひとつだけ道のようなものがあった。その道らしきもの以外は、いくら注意しようがとても歩けないほどにイバラが我が物顔で生《お》い茂っていた。  ゆっくりゆっくり。イバラに足を取られないよう注意しつつ、神経を四方八方に集中し城へ近づいていった。  そびえたつ城門にクレイが手をかける。  ぎいいぃぃぃぃいぃぃ……。  心臓に悪い音をたてながら、しかしあっけなく開いた。  全員がほぉ——っと息を吐《は》き出す。  と、このときだ。  ビシイィッ!  目の前がまっ白。何百個ものストロボをたいたような稲光《いなびかり》がしたと同時に、ドォォーンという音。  なにがなんだか、よくわからなかった。  全員が抱き合って、しばらくして。さっきの音よりもっと大きな地響《じひび》きとともにうしろの木がまっぶたつに裂《さ》け、ゆっくりと倒れこんでいった。その裂け目は鋭い長槍《ランス》のようだった。黒焦《くろこ》げになった木の枝からブスブスと煙が出ていた。チロチロと蛇《へび》の舌のように燃える火があたりのイバラに燃え移ったが、朝露《あさつゆ》をたっぷりふくんだ葉がすぐさま消火を始めたようだった。 「まずいな……」  クレイがいうと、 「後もどりはできないってこったな。ま、しょうがなかんべ。先に進むしか」  トラップが答えた。  困ったことに、ここまでの細い道をその折れた木がふさいだかっこうになったのだ。  城門をくぐると、あまり広くない中庭があった。 「変だな、あの植木」  クレイがいった。  たしかに変だ。他の木は荒れ放題なのに、中庭に点在する木はきれいに刈《か》りこまれていた。しかも、それぞれライオンや大きなトカゲの形に刈られていたのだ。 「誰がこんな形にしているのかしら」  わたしがいうと、 「誰でもなかったりして……」  と、いじわるなトラップが脅《おど》かした。 「でも、あんまりうまい細工《さいく》ではないですね」  キットンが指摘したとき、 「まぁ、そういわんでくれや!」  急に声がして、わたしたちは飛び上がって驚《おどろ》いた。  あまり上品とはいえない声の主がライオンの形の木の除から現われた。 「ヒュー・オーシ!!」  全員が口をそろえて叫ぶ。  黒いサングラス、白地に赤いストライプのジャケット、ブルーのシャツに銀色のネクタイ。いつもの派手派手《はではで》スタイルに身を固めた、あの保険屋ヒュー・オーシじゃないか。 「な、なんでこんなとこにいるの!?」  ヒュー・オーシはニヤニヤ笑い、 「へっへへ。あんたらもこの城のクエストを聞きこんで来たってわけかい」 「そ、そうだけど」 「無理無理《むりむり》。いっちゃ悪いけど、あんたらのレベルじゃダメみたいよ。ここ二週間の間にやってきたパーティは七組。単独のも入れて延べ五二人。しかぁし、もどってこれたのは何人だと思う?」 「さぁ……」 「へへ、たった一四人よ。ま、約二七%ってとこだな。生還率《 せいかんりつ》は。おかげでこっちはボロ儲けだけどよ」 「それはいいから、あんたここで何をしてるんだ」  クレイが聞くと、ヒュー・オーシは首をクイッと奥へ向け、上着のポケットに両手をつっこんだまま歩いていってしまった。  しかたなくゾロゾロ後をついていくと、 「いらっしゃいましー!」  城の入口の横にテントが張《は》られており、ヒュー・オーシの部下らしい人たちが三人、声をそろえて出迎えた。 「な、なんなの、これは!?」 「冒険者《ぼうけんしゃ》のあなたが主役 プルトニカン生命」とデカデカ描かれたテントの下には簡易的なみやげもの屋があった。 「なに、この『古城のかほり』ってのは!」 「これはクッキーの詰《つ》め合わせでございます。こちらの『古城の思ひで』はパリパリと歯ごたえも爽《さわ》やかな薄焼きせんべいの詰め合わせでして」 「だあぁぁぁ……」  ものもいえないとは、このことだ。さっきまでの息詰まる緊張《きんちょう》なんか、どこへやら。このおちゃらけた連中のおかげで、すっかり気がぬけちゃって。ドッと疲れてしまった。  なんと。この商魂たくましい連中ときたら。ここの噂《うわさ》を知って、古城へ入ろうとする冒険者たち目当てにプルトニカン生命の派出所を作ったんだそうだ。そのうち、保険の勧誘《かんゆう》だけじゃうまくないってんで、みやげもの屋までついでにおっぱじめちゃったらしい。 「まぁ、もう二度とあんたらを保険に勧誘するつもりぁないがな。どうだい? ここまで来た記念にペナントでも買ってけば。そうだそうだ。記念メダルもある。ほれ、イニシャルを書いてやるからさ」 「いらねーよっ!」  クレイとトラップが吐《は》き捨てるようにいった。 「あ、あれ? そこにいる人、どうかしたんですか?」  キットンがテントの奥を指さした。  奥といっても、ちっぽけなテントだ。そこには、例のエレキテルパンサーがおとなしく寝そベっていた。そのお腹を枕に、なにやら毛布にくるまって寝ている人がいたのだ。 「あぁ、この爺ぃか。森のとこで行き倒れになっちまってたのよ」 「だいじょうぶなの?」 「平気平気、さっきボカスカ食ってたから。しばらく横になっときゃ、じきピンピンするだろうよ」  ふーん、ヒュー・オーシってけっこういいとこあるじゃん。 「こら、とっとと行くぞ! せっかく早起きしたのに時間が惜しい」  クレイがどなった。 「ルーミィ、シロ! 物ほしそうに見てんじゃない!」 「ルーミィ、おなかぺっこぺこだおう! くっきい! くっきいいー!」  ルーミィがお得意のフレーズを連発して、クッキーの詰め合わせの前にしがみついているのをなんとかひっぺがした。 「でも、城へ入る前にひと休みしょっか? 体力を回復しておいたほうがいいよね」  わたしの提案は即受理され、まずはちょっと早い昼食となった。  お弁当をサバドの定食屋で作ってもらっておいたのだ。 「ほぉ、うまそうだな」  来なくっていいのに、ヒュー・オーシが横に座った。  無視して食べていると、キットンがヒュー・オーシに質問を始めた。 「ここに来て二週間といいましたね」 「ああ。もっともあたしが来たのは一週間前だけどさ。部下の連中がけっこうヒット率いいもんで、ちょっとこりゃおいしいかなぁと思ったわけよ」 「ぅげ——!」  ルーミィがミートボールを吐きだした。 「どうしたの!? おいしいじゃない、これ」 「トンジャン、入ってうぅ!」  うーむ。トンジャンっていうのは、ウリに似た野菜なんだけど。ちょっと変わった苦みがある。くいしんぼのルーミィもトンジャンだけは苦手なんだよねー。 「しょうがないなぁ。じゃ、ほら、タコサンウィンナーあげるから」 「たくあんうぃんあー、ルーミィ好きだおう!」  ルーミィの服をふいてあげてる間にも、キットンとオーシの話は進んでいた。 「あの中庭にあった植木は、あなたたちが刈ったんですか?」 「そうよ。あいつらが暇にあかして勝手にやったんだけどさ。けっこういいだろ。ムード満点でさ。わりと評判いいみたいよ」  ったく、なに考えてんだか。 「でも、こんなところに店をかまえて。よく怖くないですね」  そうそう。わたしもそう思う! 「ま、あたしらは中に入るわけじゃないし。店やってるのは昼間だけだしな」 「モンスターとか、城のなかしか出ないんですか。それに昼間も」 「あぁ、あいつらね。あいつらは城のなかしか出ない。でも昼間もなんか派手にやってるみたいよ。冒険者の方々がキャーキャー騒いでいらっしゃるのが聞こえたりするし」 「あっ……」 「汚ねー!」  トラップが大げさに飛び退く。ヒュー・オーシの話を聞いて、つい。頬ばったばかりの空揚げを吹き出してしまったのだ。 「おお、それ。その肉どっかで見たなぁ、最近。う——ん、なんだっけかなぁ……」  ヒュー・オーシがわたしの吹き出した空揚げを見ていった。 「空揚げでしょ、空揚げ!」 「うーん…おお! あれだ、あれ。やぁ、きのうな。そろそろ店じまいしようかってんで、片づけしてたんだよな。そしたら、ボトッってなにやら城のほうから降ってきやがったわけさ」 「ふむふむ」 「なんだろって、近づいて見てビックリ!」 「あんだよ! もったいつけねーで、早くいえよ!」  トラップがどなると、ヒュー・オーシは小さい声で、 「ゾンビの腕よ、ゾンビの!」 「ゲゲッ!!」 「いっやぁぁー、まいったねぇ、どうも。腕だけだっつぅのにピクピク動いてんだもの。いやぁ、似てるなぁ、このグニャグニャした表面といいツヤといい…ん? どうしたんだ? 食べないの?」 「…………」  わたしは、もうひとつの空揚げを口に入れるのをやめた。 「んじゃ、あたしが…いただきましょうかね」  手を出してきたから、ペシッと叩いてやった。 「ケケケケケ…だぁぁら、悪いことはいわねぇ。あんたら、今なら間に合うんだからさ。帰りなって。あの扉をくぐったら最後、もう後悔しても遅いんだぜ」  ヒュー・オーシが顎で指した先に大きな扉があった。 「あれ、書いたのはあんたらか?」  トラップが聞いたが、ヒュー・オーシは首をふった。 「誰かのいたずらだろうな。へっへへ。いい趣味してやがる」  扉には、場違いなショッキングピンクのペイントスプレーで、デカデカとこう殴り書きされてあった。  ようこそ!呪われた城へ[#この一行は、ペイントの垂れも表現した手書き文字。一番下に髑髏と交差した骨の海賊マーク付き]    STAGE 2        1  あの忌《い》まわしい歓迎の言葉が殴《なぐ》り書きされた扉《とびら》を開けてしまった、わたしたち。城のなかに入ったとたん、なんの前ぶれもなく女のゴーストとゾンビが襲《おそ》いかかってきた。  ゴーストは、いきなり入口の横の壁面《へきめん》に浮かびあがってきた。ゾンビはゴツゴツとした岩壁でできた、広い通路の先。T字路になっている、その右からいきなり現われた、というわけだ。  あぁ、やっと冒頭《ぼうとう》のシーンにつながった。 「きゃぁっ!」  緑青色《ろくしょういろ》の粘土を薄く溶《と》かして、顔に塗りたくったようないやらしい顔。黄色い歯をむき出しにしたゾンビが、ドカドカとすごい勢いでわたしを追いかけてきた。  ボヤボヤしてる暇《ひま》なんか、ありゃしない。 「パステル、どいてろ!」  さっとわたしの前にまわりこんだクレイが、 「でえぇぇああぁぁぁ———っっ!!」  気合いもろとも、ゾソビの首をはねた。 「げっ!」  首はトラップの鼻先をかすめ、壁に激突して落ちた。 「ハァ、ハァ…、パ、パステル、だいじょうぶか?」 「う、うん…、あぁああ————!!」  クレイの肩のうしろを指さして叫んだ。  さっきの首を斬《き》られたゾンビ、いったんはドッと倒れたのに、むっくり起き上がったじゃないか。  首のないまま、両手を突き出してフラフラ歩いてきた。 「くそぉ!」  満身《まんしん》の力をこめて、今度は胴体《どうたい》を。ドス黒い血とも肉ともつかないものが、飛び散る。  ドサッ!  す、すごい!  今度は胴体がまっぶたつ。首のない上半身がうしろに落ちた。  そして、ゆっくりと長年の相棒《あいぼう》をなくした下半身が倒れた。しばらく足をバタバタさせていたが、やがて静かになった。  びっしょり汗をかいた青い顔。肩で大きく息をついたクレイは、さっとふりかえった。 「おい、キットン、ノル。そっちのはどうだ!?」 「うっぎゃぎゃぎゃぁぁー!」  キットンのバカでかい声。  大急ぎで行ってみると、さっきの女のゴーストに手足をがんじがらめにされ暴《あば》れていた。  ノルが必死に離《はな》そうとするんだけど、なにせ相手は実体のないゴーストだ。  ノルの太い手も指も空《むな》しく宙をつかむだけだった。  赤い血管がはっきり浮き出た、異様《いよう》に大きな目。喉元《のどもと》まで裂《さ》けた紅い口。白いモヤのような体に目鼻口だけがいやにリアルだ。 「シャァァァァー!」  蛇《へび》がよくそうするように、女のゴーストが喉を鳴らした。 「ク、クレイ!」 「くそ、どうすりゃいんだ」 「あ、ねね。シロちゃんのブレスが効《き》くんじゃない? だって、ホワイトドラゴンの聖なる火だもん」 「熱いのデシか?」  シロちゃんが走りよってきた。 「あ、ダメ。だってキットンまでヤケドしちゃう。とりあえず、まぶしいのをやって」 「わかったデシ!」  シロちゃん、バタバタしてるキットンの前までトコトコ走ってって。思いきり息を吸いこんだ。  みんな慣《な》れたもんで、目をしっかり手で押さえた。  ボオオオォォォォォォォ—————……  うひゃぁ、手で押さえててもまぶしい! 「どうだ? 効いたかぁ?」  クレイの声。  指の闇から見てみると……  女のゴーストは消えもせず、今度はキットンの首を締《し》めていた。 「だめかあぁ……」 「ダメだったデシ……」  シロちゃんがすまなそうな顔でトコトコもどってきた。 「ううん、効《き》かないんならしかたないよ。シロちゃんのせいじゃないもん」 「う、うぐうぐぐぐぐ……」 「キットン!」  そうこういってる間にもキットンの顔がだんだん赤紫色に変わってくる。  こっちはあっちをつかめないっていうのに、あっちはこっちをつかめるわけ? やっぱりだんぜん卑怯《ひきょう》だよな!  みんなどうすることもできず、イライラとキットンを見つめていたが。キットンが身ぶり手ぶりよろしく何かを訴えはじめた。 「なに? どうかしたの? どうかしてほしいの?」 「ワ、ワ…ワクシノ」 「うんうん。『ワタシノ』?」 「……、『*』…」 「『ア』?」  ブンブンとかぶりをふる、キットン。えーん、なによ。なによ。 「『タ』だろ」  トラップがいったが、キットンはまたも首をふった。そして、なにやら「うーんうーん」うなりながら、両手を伸ばして飛ぶようなマネをしてみせた。 「なにそれ。『ハエ』?」  キットンはパチンと左腕を叩《たた》き、そこをポリポリ掻《か》いてみせた。 「わあった! 『カ』だろ!」  クレイが横からいった。キットンはうれしそうにクレイを指さし、ウンウンとうなずいた。 「そっか! 『カ』ね。『ワタシノカ』…それからなに?」 「……、…『*』」 「え? 『バ』?」  またまた、大きくうなずく。 「『ワタシノカバ』ね!」 「『ワクシノカバ』って、なんなんでぇ。『ワタシノバカ』ならわかるけどよぉ」  トラップの頭をポカッと叩いた。この非常時だってのに! 「そんで、次は?」  クレイが聞くと、キットンはしきりに首をたてにふり、「うんうん」いった。 「な、なんなんだよ!」 「やっぱ『ワタシノバカ』でいいんじゃねーの?」  キットンは激《はげ》しくかぶりをふり、両手で何かを横にどかすような動作をした。 「それは、ここに置いといてぇー」  みんなが大声でいう。 「キットン、『ワタシノカバ』なによ?」  でも、キットンは「うんうん」いうだけ。  も———! それじゃわかんないでしょー?  わたしが地団太《じだんだ》ふんでると、 「『わたしのカバン』っていってるんじゃないのかなぁ」  ノルがボソッとつぶやいた。  とたんに、キットンの顔がパッと輝《かがや》き、また「うんうん」といった。 「なぁーんだぁぁ。カバンね!」 「早く先にそれいってくれりゃいいものを」 「シャアアァァァァァ——!」  わたしたちがホッとしている間にも、女のゴーストがグイグイ喉《のど》を締《し》めつけている。 「きっとぉん、苦しそーだおぅ!」  ルーミィが叫ぶ。 「いけない! それで、キットン。あなたのカバンをどうすりゃいいの?」 「とにかくあいつのカバンを持ってこようぜ」 「どこだ?」  いつもはタスキがけにしているのに、今はカバンを持っていない。 「ここデシ!」 シロちゃんがキットンのズタ袋をくわえ、ずりずりと引きずってきた。 「シロちゃん、えらい!」 「しおちゃん、えりゃい!」 「どもデシ……」 「なかを見ろってことだよな。当然」  キットンのカバンのなかは、ノートだの薬草の入った袋だの飲み薬の入った瓶《びん》だの、ヘンテコな形のガラクタみたいなのがゴチャゴチャに詰《つ》まっていた。「[#原文で改行無し]なに、これ……」  奥のほうに、ひーふーみー…全部で六本も。ヘアスプレーみたいなのが入ってる。 「おい、それみたいだぞ!」 「え?」  見ると、キットンが目を(キットンの目を見ることってあんまりないんだけど)見開いて、 「それだそれだ!」というように激《はげ》しくうなずいていた。 「これ? このスプレーをどうするの?」 「どれどれ、ホーリースプレー? んと、使用上の注意が裏に書いてあるぞ。暗くって見えないな。すげー字が小さいし。おい、トラップ、カンテラこっち頼《たの》む」 「あいよ!」  トラップがカンテラでクレイの手元を照らすと、クレイは目を細めて読み始めた。 「このホーリースプレーは聖なる水のスプレーです。通常の攻撃《こうげき》が効《き》かないようなゴーストなどに抜群の効果! さぁ、これであなたもゴーストバスターズ!?」 「聖水スプレーなのね!?」  クレイがその聖水スプレーを女のゴーストに向けて思いっきり噴射《ふんしゃ》すると、白い煙のようなゴーストの体が紫色に変わった。  そして、 「ひいいいいいいいいいいい——」  という、ゾッとするような叫び声をあげ、グニャグニャと悶《もだ》え苦しみ…やがて跡形もなく消え去ってしまった。  ドサッと床《ゆか》に落ちる、キットン。 「だ、だいじょうぶ!?」 「だいじょーびゅ?」  わたしとルーミィがかけよったが。ゲハゲハとしばらく苦しそうに咳《せき》こんだ後、はぁはぁと息をついて、 「だ、だいじょうぶ、れすぅ……」  だぁぁぁ——っと出る、みんなのため息。  しっかし。すっげ——手間どったよなぁ、もう。        2 「んな便利なもんがあるんだったらよ。早くいってくれよなぁ、ったく!」  トラップが怒るのも、まぁ無理《むり》はない。 「いやぁ、コロッと忘れてました。でへへへへ」  すっかり元気をとりもどしたキットン。喉《のど》アメをなめながら、カバンのなかからわたしたちに一本ずつ聖水スプレーを渡してくれた。 「えぇっと。使用上の注意に書いてありますが、別に人体にかかっても平気です。ただし、ホーリースプレー2との併用《へいよう》は避けたほうがいいそうで」  入口から数メートル奥にいった、広い通路のまんなか。車座になって、休憩《きゅうけい》かたがたキット ンの説明を聞いていた。 「なに、そのホーリースプレー2ってのは」 「それを体に吹きつけておくと、ゴーストたちが寄ってこないんです」 「防虫スプレーみたいなもんか」 「そうですね!」 「そうですね! じゃねぇー! なんで、それ買ってこねぇんだよ。ボケ!」  トラップがキットンの首をつかんだ。 「あ、あわわわ…病みあがりのわたしを!」 「やめれって」  クレイがトラップを止めた。しかし、 「でもさ、こいつのいうの一理も二理もあるぜ。そのスプレー、なんで買ってこなかったんだよ」  今度はクレイがキットンの首をつかんだ。 「あわわ…そ、それがですねぇ。防ゴーストできるのは、その人よりレベルの低いゴーストだけなんですよ。わたしらよりレベル低いゴーストなんかじゃあねぇー! ひゃぁはっはっはっはは……」 「そりゃ、いえてる!」 「たしかになぁ」  こ、こら。んなこと納得《なっとく》してんじゃないっ! 「それからこれ、残念ながらゾンビやスケルトンの類《たぐい》にはあまり効果ないです、はい。で、まぁ、さっきのようなですね。実体のない、ゴーストやレイスに効くそうです。とはいえ、レイスなんちゅうもんが出てきたら、まぁ、スプレーかけてる間に殺《や》られちゃってますがねぇ。ひゃっはははっははは」  レイスっていうのは、死霊《しりょう》のこと。  常に生者を憎む彼らに、体の一部をさわられると徐々に生命力を吸いとられてしまう。レべルの高いレイスになると、一瞬《いっしゅん》で吸いつくすという。キットンのモンスターポケットミニ図鑑《ずかん》には、この恐ろしいレイスに会った場合は一目散に逃げることだと書かれてあった。もし、ちょっとでも遅れをとってしまったりしたら。生命を吸いとられ死ぬだけでなく、自分までレイスになってしまうという。 「ま、まさか。出ないよね! 書いてなかったもんね。シナリオにも、資料にも」 「まぁなぁ。しかし、資料が完璧《かんぺき》というわけじゃな…う、ゃっ!」  暗い口調《くちょう》でいいかけたとき、クレイの肩をガシッと何者かがつかんだ。 「きゃぁぁー! クレイ!」 「くりぇい!」  いつのまに忍び寄ったんだろ!  な、なんと。それは、さっき倒したゾンビの首なしの上半身だった。  ノルがさっと斧《おの》を身がまえたが、困った顔でわたしたちを見た。  そりゃそうだ。ヘタしたら、その斧の一撃《いちげき》でクレイまで殺《や》られてしまう! 「さっきのスプレー…は」 「ダメなんです。ゾンビには」 「ううっ! な、なんて力なんだ」  苦痛に顔を歪《ゆが》めるクレイ。でも幸いにも前回の冒険でサラディーの王様からもらった、ブレストアーマーを竹アーマーの上に着ていたから、まだしのげてるみたいだ。あぁ……でも、 「うぅぅ、ぐ、ぐぞっだれぇぇぇええええ———!」  クレイがゾンビの上半身を背中にぶら下げたまま、立ち上がった。  そして、壁まで走り寄り、ガンガン背中を壁に打ちつけ始めた。 「ひぇーん、ぱぁーるぅ、ぱぁーるぅ」  わたしはガタガタ震《ふる》えているルーミィを抱きしめ、自分もガタガタ震えながら、ただただ見守るしかなかった。 「くそぉ! まだか、まだか!」  壁にアーマーが打ちつけられる音が、ガンガン響《ひび》き渡った。  しかし、しつこいのが専売特許のゾンビ。いくらやっても離《はな》れそうになかった。 「クレイ、おめぇちょっとジッとしてろ」  なにを思ったか、トラップがツカツカとクレイの前に立った。  そして両手を腕まくりし、さっと指を曲げ、 「コォーチョ、コチョコチョコチョコチョ……!」  クレイ越しに、ゾンビの脇《わき》の下をくすぐり始めた。 「ば、ばか! んなのが……」  通用するわけない! と思ったのに。なぁーんてマヌケなゾンビだろう。クネクネ身をよじらせ、しまいにドサッと落ちてしまったじゃないか。 「よし、今だ!」  サッとロングソードを引き抜いてはみたクレイだったが、ちょっと思案して、 「おい、トラップ。ロープでしばっちまえ!」 「そうだな。腕だけ動きまわるに決まってるもんな。ったくよ、ほんとしつけーやつだぜ」  ついでに、向こうに転《ころ》がってた下半身のほうも念のためグルグル巻きにしばりつけた。 「これで安心ね。動きだしても、これじゃどうしようもないもの」  って、わたしが腰を降ろそうと、床に手をつこうとしたとき。  いやぁ——な…、もうあんなもの、思い出したくもない、でもでも絶対今夜夢に出るであろうものをつかんでしまった。 「ね、ねぇ。こ、これ……」  ブヨブヨして、ゴツゴツして、ザワザワしたもの。 「ぎゃああぁああぁぁぁぁぁあぁぁっぁああ———!!」  それは、今しばりつけたゾンビ君のだな。  首だったのだよ、きみぃ。  ふうっーと意識が遠ざかっていくさなか、わたしはひとつのことだけを祈っていた。  お願いです!  どうか、どうか。このゾンビの頭の上にだけは倒れないようにしてください。        3  アオ——ン、オウオウ、アオ——ン……。  みんながギョッと顔を見合わせる。 「あ、あれ…い、犬の遠吠えかな…?」  わたしが意識をとりもどしたとき(といっても一瞬だったんだけどね、気が遠くなったのは)、城の外から(だと思う)かすかに動物の鳴き声が聞こえた。 「狼には似てるが、まぁ犬だろーな」  心配そうな顔でクレイがいう。  アオ——ン、アオオオォォ——ン! 「そ、そう、そうね。犬よね!!」  さらに鳴き声がはっきり聞こえたもんで、わたしは大きな声でいった。 「ルーミィ、もうかえりたいおう!」  シロちゃんの首にしがみついたまま、ルーミィが急に泣きだした…と同時に、ザアザアと激しい雨音が聞こえてきた。  静かだった城内が突如けぶるようなノイズにつつまれ、さっきの遠吠えもかすかにしか聞こえないようになった。 「ルーミィ…、そんなに泣かないで」  膝をついて、ルーミィの背中をなでているうち、わたしもだんだんたまらなくなってきた。 「ね、やっぱりヒュー・オーシもいったとおり、わたしたちには無理なのよ。もう、もう帰ろ!?」  クレイを見あげた。 「ね、財宝なんて…もうちょっとレベルアップしてからじゃないと、ダメなのよ!」  トラップの足をグイグイゆすった。  カンテラに照らされたクレイたちの顔からも元気が消えていった。  ふうぅーとため息をつく、男四人。  顔を見合わせ、 「しかたねーか!」 「んだな。ちっとばかし、なさけねーけど」 「そうですね」 「うんうん」  わたしはパッと顔を輝《かがや》かせた。 「じゃ、帰るのね!?」 「かえう…ひっく…のね!?…ひっく」  ルーミィもニコニコ笑って、きゃっきゃっ飛びはねた。 「ま、いい経験させていただいたっちゅーことで」 「帰るべ帰るべ」 「今なら、まだ間に合いますものね」  と、キットンがいったが、しかし。  時すでに遅しっていうんですか? 実はもう間に合わなかったのだ。 「お、おい! ウソだろ。こ、この扉《とびら》、開かないぞー」  クレイが扉に片足をかけ、思いっきり引っぱっていた。 「ええー!? あ、それにそれに、誰が閉めたの?」  そうだ。入るとき、誰も閉めなかった。 「おれ、ちゃんとクサビ打ちこんでおいたんだぞ! 開かなくなるとコトだからよぉ!」  憮然《ぶぜん》とした顔のトラップ。 「ノル、ちょっとその斧《おの》で、やってくれ」  クレイにいわれたノル、大きく斧をふりかぶって扉のとってに打ち降ろした。  カッツゥーン!  金属的な音が城中に響《ひび》きわたる。  ガッと斧を落とし、ノルが腕を抑えしゃがみこんだ。 「ど、どうしたの!?」 「腕が、しびれた……」  見ると。なんてことだろう! 扉《とびら》には、ちょっとしたカスリ傷しかついていない。 「帰れないって、こったな」  トラップが扉をドツこうとして、途中《とちゅう》でやめた。  落雷《らくらい》で倒れた木が道をふさぎ、そして今、扉が開かなくなった。  まるで……誰かが、わたしたちの帰り道を次々にふさいでいってるみたいじゃないか!? 「とにかく……」  クレイが何かいいかけたときだ。  ゴォォォォ——ンンン……。  不気味な鐘の音が城中に響《ひび》きわたった。心臓を急に冷たい手でギュゥッとつかまれたみたいで。わたしたちは不安そうに顔を見合わせた。 「なにかの合図《あいず》でしょうか……」  キットンがつぶやいたが、だれも力なく首を傾《かし》げるしかなかった。        4 「ヒュー・オーシがいってただろ、生還率《せいかんりつ》がどうとかって。少なくとも城から出られた人間はいるってことだ。だから、絶対どっかに出口がある。とにかく他にも扉がないか、探してみようぜ」  クレイの提案によって、わたしたちは城のなかを調べることにした。  一階は、大広間がひとつと(左右に石のベンチが作りつけになっていて、上座《かみざ》には立派な椅《い》子《す》が三つ。さしずめ謁見《えっけん》の場というおもむき)、小さめの部屋《へや》が四つ(これは、使用人の詰《つ》め所《しょ》かな?)とダイニングルーム(大きなテーブルと椅子が十|脚《きゃく》あった)、台所という間取りだった。  しかし、上に行く階段が三か所あっただけ。外へ出る扉らしいものもあったが、すべて打ちつけられたようにビクともしなかった。窓という窓、頑丈《がんじょう》な鉄格子《てつごうし》がはまっているし。そのうえ、木のよろい戸がしっかり閉まっていた。  幸いなことといったら、なぜかモンスターが現われなかったこと。 「たまたまなんだろうけど、こうなにも出ないと、かえって不気味だな」  と、クレイ。 「そうね。入っていきなりゾンビにゴーストだもの。ありゃないわよ」 「ま、しかたないですよ。ゾンビ・ゴースト・スケルトンというのが、アンデッドの御三家ですからねぇ」  わたしたちは台所にいた。  台所といっても、ひとつ奥の壁に大きな戸棚《とだな》があるだけ。 「ちぇっ、なんにもねーや!」  トラップがその戸棚をドン! と蹴《け》っとばした。 「うーん、最近、使ったような跡はないですねぇ」  キットンがカマドの奥をのぞきこむ。 「で、どうする? 試《ため》しに上《うえ》行ってみるか」  クレイが出口の扉《とびら》にもたれて、わたしたちをうながした。 「んだな。窓から降りるってー手もあるかもしれねーし」 「でも、三つあるのよ。どの階段にする?」 「そりゃ、いっちゃん近い階段に決まってるだろ」  トラップはそういうと、さっさとすぐ近くにある階段へと向かった。 「あ、待って待って! ちゃんとマップに書いておかなきゃ」  そそ。わたし、ちゃんと城の一階の見取り図を描いてたんだよね。その見取り図でいうと階段は、中央の大広間のなかにひとつ、大広間に向かって右側、奥のほうの小さな部屋《へや》の横にひとつ、大広間のうしろにある台所の横にひとつ。わたしたちがいたのは台所だったから、すぐ横にある階段を登ることになったわけだ。 「うんと、これを仮にA階段として……」 「ほら、パステル。行くぞ!」 「ほいほい。今行く今行く!」 「もうそろそろ本格的に暗くなってきたし。たいまつに火をつけよう。ノル、背の高いところで、頼《たの》む」 「OK!」  たいまつはいたるところにあった。階段の壁にも小さなたいまつがあった。もちろん、火はともってなかったけどね。  ノルが階段を登りながら、ひとつひとつつけていく。最後のたいまつに点火したときだ。  ゴォォォオォォ——ン、ゴォォォ——ォォンンン……。 「きゃぁ!」 「ま、またですね……」 「でぇい、びっくりさせるよなぁ、ったく」  さっき聞こえたのと同じ鐘の音が、今度は二回鳴り響《ひび》いた。 「時計かな……」 「じゃ、なに。今二時だっていうの?」 「にじらってゆうのぉ?」 「少なくとも、もう四時は過ぎてると思いますけどねぇ」  なさけないことに、わたしたち全員時計を持っていない。そりゃそうだ。あんな高価なもの、買えるお金なんかどこにあるっていうんだ! ぷんぷん! 「古城だしさ。それくらいの狂いはあるんじゃねーの? 時計だって」 「ま、とにかく行くぞ。足元に注意しろよ。急な階段だからな」  ほんとだ。けっこう急よね。……と。  カチャッカチャッ……。  下でかすかに音がした。うしろをふりかえったら。変なものが通り過ぎるのをキットンの頭越しに見た。 「あ、あ……うぐぐぐ……」  思わず叫び声をあげそうになったが、うしろからクレイに口をふさがれてしまった。  目を見開いてクレイを見ると、彼も青い顔でうなずいてみせた。  そして、口の前に人差し指をたて、無言のまま上へ行くようみんなに目で合図《あいず》した。 「どうしちゃ……うぎゅう……」  ルーミィの口をふさいだのはトラップだ。  抜き足差し足、階段を登りきり、さっと壁のほうに隠《かく》れ。ホォーッと息をついた。 「み、見た!?」  小声だが必死の口調《くちょう》でわたしが聞くと、クレイがうなずいた。 「スケルトンだったな」  そう! あれが有名なスケルトンなのか……。当たり前のことだけど、白い骨だけ。まるで理科の実験室にあった骨格標本《こっかくひょうほん》のようなやつ。あいつが階段の下を通り過ぎていったのだ。 「いよいよ御三家そろい踏みってとこですね」 「そうだな。あ、キットン、念のため聞いておくけど。スケルトンに効果のあるようなアイテム、持ってないよな?」  クレイが聞くと、 「残念ながら持ってません。しかし、モンスターポケットミニ図鑑《ずかん》によりますと、この、腰の部分ですね」  と、キットンは自分の腰を両手でつかんだ。 「ここ、だから腰骨ですね。こいつを破壊《はかい》すればいいそうですよ。他はいくらバラしても、すぐまた復活してしまうから意味ありません」 「そっか。腰骨ね。ここないと歩けないもんなぁ」 「いや、人間ならどこがなくっても歩きにくいもんですがね。たとえ足の親指一本でも。しかし、スケルトンの場合は、ここなんです。まぁ見かけほどレベルは高くないですからね。一体くらいなら、それほど苦戦もしないでしょう。いくら我々でもね。大勢で来られると、ちょっと辛《つら》いものがありますけどねぇ」 「じゃ、作戦をたてておいたほうがいいな。おれとノルとキットンはいいとして。トラップとパステルの武器じゃむずかしいからな。なにかトンカチみたいなのがあればいいんだが……キットン持ってないか?」  しかし、キットンではなくノルが背中のリュックをドサッと置いた。 「工具セットがある」 「おお! いつのまに買ったの?」 「通信販売で買っておいた」  その工具セットは、タテ三〇センチ、ヨコ二五センチ、高さ一五センチくらいの大きさ。開くと、ズラリ新品の工具が並んでいた。 「おおお、すげー」  先を替えられるドライバーが一本、トンカチが一本、ペンチが一本…あとは釘とか木ネジとか針金とかがコンパクトに入っている。 「これ、トンカチ」 「じゃ、トラップ。おまえトンカチを持ってろ」 「うげぇ、盗賊《とうぞく》のおれがトンカチぃぃ? かっこわりいなぁ。重いしよぉ。おれ、箸《はし》より重いもの持てねぇ!」 「バカいうんじゃない! ほら、パステルは……そうだな、このペンチでいいんじゃないか?」  わたしは柄《え》を赤いテープでテーピングしたペンチを渡された。  見かけよりずっと重い。たしかに、これで叩《たた》けば骨くらい砕《くだ》けそうだ。 「ルーミィは?」  ルーミィまで工具セットにはりついてニコニコしている。 「おまえはいいの」 「あだやだあだぁぁ。ルーミィもトンカチー!」  ぽよぽよした眉《まゆ》を下げ、今にも泣きそうな顔をしたもんで、 「しょーがねーなぁ……。ん、んじゃコレでも持ってろ」  クレイは釘《くぎ》を一本ルーミィに渡した。 「これ、トンカチい?」 「それはな。クギっていうんだ。先が尖《とが》ってるから気をつけるんだぞ」 「キュギー!」  ルーミィったら、すっかり機嫌《きげん》をなおして「キュギー!」を連発し、シロちゃんのおしりをツンツンしたりした。 「痛いデシ!」 「こら、危ないだろ。ダメだよ。人にむけちゃ」  クレイったら、保父さんみたいね。あはは。 「よし。じゃ、みんな準備はいいな。まずは左に行ってみよう。注意しろよ」  クレイがいったとき、今登ってきたばかりの階段から、カチャカチャという音が聞こえてきた。 「き、来たわ!」 「落ちつけ! 一体ならたいしたことないんだからな」  しかし、クレイの注意は空《むな》しかった。  だって、階段を登ってきたのは何十という数のスケルトン軍団だったのだから!        5 「きゃぁぁぁ——!」 「うっぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃあぁぁぁぁ」 「落ちつけ! 腰骨だ、腰骨」 「んなこといったって、こう数が多くちゃ……」 「キュギー!」  スケルトンたちは、テンデンバラバラの格好《かっこう》をしていた。ある者はボロボロのアーマーをつけ、錆《さび》だらけのソードをふりまわし。ある者は汚い皮服を着てこん棒を持っていた。もちろん何も装備《そうび》していない、ただの白骨というのもいた。  しかし、これのどこが「たいしてレベル高くない」だ?  強いの強くないのって。ゾンビと同じくやたら体力がある。しかも無表情の目の穴がどこを見ているのかわからないのが不気味だ。 「腰骨、腰骨……」  呪文《じゅもん》のように、そればかりを唱《とな》えながら、わたしたちは格闘《かくとう》した。  カラン!  足元に腕の骨が一本|転《ころ》がってきた。手には錆ついたソードが握《にぎ》られている。キットンに襲《おそ》いかかったやつの腕をクレイがソードで叩《たた》き落としたのだ。  ガタガタと手が動き、やがてスゥッと引き寄せられるように元の体にひっついた。  そのあまりの見事さに見とれていると、 「パステル、それだ。早く叩き壊《こわ》せ!」  クレイの声。  見ると、話題の「腰骨」がひとつ転《ころ》がってる! 「ええぇい! んもー、このやろ、こぬやろ!!」  わたしは、もう無我夢中《むがむちゅう》でペンチをふりおろした。これがゾンビだったらと思うとゾッとする。カラッカラに干涸《ひか》らびた白骨だから、まだ平気なんだな。  骨は思ったほど頑丈《がんじょう》じゃなかった。その腰骨はあっという間にボロボロと崩《くず》れ落ちて。たいして骨折らずにすんだ(おいおい、ダジャレいってる場合かよ!)。 「やったぁ!」 「見ろよ!」  わたしが叩き壊した腰骨の主は、あえなく上下泣き別れのまま。バタバタと床《ゆか》を這《は》うしかなく、しまいに動かなくなった。 「OK! どんどんよこして」 「こういう野蛮《やばん》な作業は、おめぇのほうが向いてる。おれのトンカチと交換しょうぜ」  トラップがいうもんで、トンカチとペンチを交換した。まぁ、ちょっとばかり釈然《しゃくぜん》としないものはあったが。 「ほーらよ!」 「おっと」 「はい、次行きます!」 「へい、らっしゃい!」  クレイとキットン、ノルが防戦しつつ腰骨をダルマ落としの要領《ようりょう》でわたしのほうへ回す。それをわたしはトンカチで壊す。この連携《れんけい》プレイがなかなかうまくいった。  いいかげん腕が疲れてきたころ。  ピコーンピコーン!  わたしの胸に下げていた冒険者《ぼうけんしゃ》カードがまぶしくフラッシュ。突然、大きな音で鳴りだした。 「パステル! おめぇー」 「レベルアップしたんですね!?」 「ええ?」  わたしはドキドキして胸の冒険者カードを見た。  ほ、ほんとだぁぁぁぁ。  レベル四になってるぅぅ。 「レーベルアップー、おっめでとー!」 「レーベルアップー、おっめでとー!」 「レベルアップ、おめでとおーぉー!」 「レーベルアップー おっめでとー!」  パチパチパチパチパチパチ……。  全員が「レベルアップおめでとうの歌」を歌ってくれ、拍手《はくしゅ》をしてくれた。  う、うれしいよぉぉ。わたしってほら、詩人でしょ。あんまりモンスターを倒すなんていうこと、なかったから。  あぁ、でもうれしい。レベル四かぁぁ! 「おい、悠長《ゆうちょう》なことやってる暇《ひま》ぁねーぞー!」  いきなりわたしたちが歌なんか歌いだしちゃったもんだから、しばしキョトンと立ちすくんでいたスケルトンたちも、ハッと気をとりなおしたように攻撃《こうげき》を再開しはじめた。 「ぎゃぁ、あっちあっち!」  なんとなんと!  キットンが指さした通路のほうから新手のスケルトン軍団がやってきたじゃないか。  んもー、やだぁ。いくら経験値|稼《かせ》げるからって…あ、ああああ! 「ゾンビが来たデシ!」 「きゃぁ!!」  階段のほうから、両手をダランと下げた太ったゾンビが。お腹の皮がやぶれ、骨が半分見えてるぅ。 「わあああああああ!」  クレイが叫ぶ。クレイのまうしろから、白いゴーストが二体、急に現われたんだ。 「クレイ、スプレーです! スプレー」  もう、なにがなんだか。 「御三家大集合ですね!」 「どうすりゃいいのよぉ———!」 「キュギー!」 「逃げるしかねー!」 「どっちにー!?」 「どっかにー!!」  そのとき、 「こっちぢゃ、こっち。こっちへ早う!」  という、声がした。背中を曲げ丸くて黒い眼鏡《めがね》をかけたおじいさんとおばあさんが、通路の壁から顔を出している。  隠《かく》し扉《とびら》だ!  それっとばかりに転《ころ》がりこむ。クレイとノルは必死に防戦しつつ、ジリジリと後ずさり。無《ぶ》事《じ》、隠し扉のなかに入ることができた。 「ドアを閉めるんぢゃ!」  おじいさんの声。  バタン! と閉めたドア。引っかかっていたスケルトンの指が|粉々《こなごな》になってこぼれ落ちた。        6  隠し扉のなかは、細長く暗い通路だった。  思わず何も考えずについてきてしまったが、このおじいさんとおばあさんはいったい……。  シナシナした冷たい手でわたしの腕を引っばり、背中の曲がったおばあさんがいった。 「足元に注意するんぢゃ。ここから階段になっておるからな」  最初におじいさんがふしくれだった短い杖をつきつつ、階段を降りていく。階段は短かった。下まで降りたおじいさんは、おばあさんに杖を手渡した。 「ありがとうよ」  今度はおばあさんが、コツンコツンと杖をつき降りていく。 「ほれ」  下まで降りたおばあさん、今度は私にその杖をくれる。 「あ、どうも」  杖をつこうとして、なんとなく妙だと思った。だって、わたしは別に杖なんていらないんだもん。しかし、下で親切そうな顔で待ってくれてる、おばあさんのせっかくの心遣《こころづか》いだしな。  しかたなく杖をつき階段を降りた。 「これ、どうもありがとう」  杖を返そうとしたが、 「他の皆さんに回してやっとくれ」 「は、はぁ……」  どうにも拍子《ひょうし》ぬけするというか、なんだか変わった人たちだ。でも、悪い人たちじゃなさそう……。  そして、案内されたのは小さな部屋《へや》。蜘蛛《くも》の巣《す》がそこらじゅうに張《は》っている。 「うっぷ……」  背の高いクレイとノルは、思いっきり顔を蜘蛛の巣につっこんでしまった。 「まぁ、こんなところだからな。何もないが一息つくことぢゃ。今、ばあさんが何か用意しとるようぢゃて」  小さなおじいさんがそういって椅子《いす》を薦《すす》めてくれた。  しかし、そのテーブルや椅子がまたホコリだらけ。まぁ、わたしたちだってすでにホコリだらけなんだけど。  丸い黒|眼鏡《めがね》といい裾《すそ》を引きずった黒いローブといい、ふたりとも同じ格好《かっこう》。大きなフードを目深《まぶか》にかぶり、胸元には銀色の糸で文字が刺繍《ししゅう》してあった。おじいさんもJ。おばあさんもJ。 ペアルックというわけだ。 「あの…あなたがたはどうしてこんな古城にいらっしゃるんですか? まさか住んでらっしゃるんじゃ……」 「その、まさかぢゃよ。理由を話すと長くなる。そんな暇はないんでの、許しておくれ。そうぢゃ、まだ自己紹介しとらんかったの。わしがジョーンズ」 「わしがジェニファー」  しわだらけの口をホグホグと動かし、おばあさんがトレイを持って奥の部屋から現われた。 「ささ、これでも飲んであったまるといい」 「わりいな……ウッ!」  さっとティーカップに手を伸ばしたトラップがわたしの服を引っぱった。出してもらったお茶を指さしている。  うわぁっ! ティーカップのなかに黒い蜘蛛《くも》が数匹泳いでいるではないか。 「どうしたんぢゃな? 冷めんうちに召しあがれ」 「あ、あの…それが」 「ばあちゃん、これさ。せっかくだけど、蜘蛛が入ってるぜ」  トラップはいつもの調子で遠慮《えんりょ》なくズケズケいった。しかし、おばあさんは顔色ひとつ変えず、 「そうぢゃよ。これは蜘蛛《くも》茶《ちゃ》といって滋養《じよう》にいいんぢゃ。気になるんなら、蜘蛛をどけて飲むがよい」  そ、そういわれてもなぁ。  ああ、しかし疲れた……。滋養強壮剤でも飲みたいところだが、蜘蛛茶じゃいくらなんでもね。 「おいしそうデシ!」  シロちゃんだけがうれしそう。 「おお、シロ。これ、おれのやるわ。おれさ、どうも飲み過ぎで」  トラップがいうと、 「あ、おれも」 「わたしも」  シロちゃんの前に蜘蛛茶が集まった。 「まぁ、無理《むり》には薦《すす》めんがな。それより、あんたがた一刻も早くここから出ることぢゃ」 「そ、そうなんです! 帰りたかったんですけど、どこから出られるのかわかんなくって」 「教えていただけますか?」  クレイも聞いたが、 「こんなところに長居は無用ぢゃ!」 「そうぢゃよ。ここは呪《のろ》われた、世にもおぞましい城ぢゃて」  おじいさんもおばあさんも、ただ「帰れ帰れ」と繰《く》り返すだけ。 「おお、そういっとる間にも日が暮れる……」  おじいさんが小さな窓を指さした。 「い、いかん。早くせんと、とりかえしがつかんようになる!」  ふたりがかけている丸い黒|眼鏡《めがね》に夕日が反射している。 「だぁぁら、出口を聞いてんだろーが!」  トラップがテーブルをドンと叩《たた》いた。ふっとふりかえる、おじいさんとおばあさん。夕日を背に逆光《ぎゃっこう》だから表情はよくわからない。  なんだか、わたしはドキドキしてきた。「とりかえしがつかなくなる」って、いったいなんのことだろう。 「ゾンビもスケルトンも」 「ゴーストたちも、日が高いうちはまだいい。ぢゃが」 「そうぢゃ、あんなのはまだまだ序の口。日が暮れたら最後。わしらだって……」 「ええっ!?」  わたしたちは、クレイを中心にしてしっかり寄りそった。 「わしらだって……」  おじいさんたちの声がだんだん変わってきたんじゃない!? 「おいおい、冗談《じょうだん》はやめてくれよー」  トラップが悲痛な声をあげたが。  太陽が沈み、そのかわりに部屋《へや》にともっていたランプの灯が赤々と強さを増したとき。丸めていた、おじいさんたちの背中がグウゥーンと伸びはじめた。それと同時に手足も伸びはじめた。それはもう、夕方、影がスルスルと伸びるのを早回しで見るような。なんとも不思議《ふしぎ》な光景だった。  ローブから出た、手と顔の部分が乳白色《にゅうはくしょく》に透《す》きとおっていく。  獣《けもの》のうめき声と男の声、それから女のすすり泣くような声が入り交じった声で、 「こうなってしまうのぢゃよ……」  と、いい放つと同時に、フードを目深《まぶか》にかぶった顔をあげた。  ふたりの顔がボコッボコッと見る間に落ち窪《くぼ》む。  黒眼鏡がズリ落ちて、床《ゆか》にカチャンと小さな音をたてて落ちた。  ルーミィがギュッと足にしがみつく。わたしは隣《となり》にいたトラップとキットンの腕をつかんだ。  目がないんだ!  まるで、さっきのスケルトンのように。いやちがう。ちがっていたのは……スケルトンの目がただの無表情な空洞《くうどう》だったのに比べ、彼らのそれは輝《かがや》く暗黒! とでもいうんだろうか。なんていったらいいか、わからないけど。たしかに発光しているが、そこにはいいようのない絶望的な闇《やみ》しかなかった。  目だけじゃない。しわだらけの顔からすぅーっと厚みが消えていく。頬骨《ほおぼね》の上にひからびた皮がはりつき、ミイラのようだ。  う、うわ!  唇《くちびる》がめくれあがり歯ぐきがむきだしになる。その歯ぐきを平べったくやせた灰色の舌がヘロヘロとなめた。  彼らの風貌《ふうぼう》は……そう、まるで、まるで。 「死霊《しりょう》です! レイスですよ!」  キットンがガタガタ震《ふる》えながらいった。 「レ、レイス!?」  わたしたちのレベルではとうていかなう相手じゃないっていう? さわられただけで生気を吸いとられてしまうという? 「あ、ああぁー!」  わたしはたいへんなことを思い出した。さ、さっき。細い通路を歩いていたとき、あのおばあさんのシナシナした手に腕をつかまれた! 道理でやけに疲れると思ったわけだ…と、いきなり。  ガクッと膝《ひざ》の力が抜けた。 「お、おい!」  トラップが腕をつかんで引きずりあげてくれたが、その手に取りすがって力なくつぶやいた。 「もう…ダメだと思う…わ、わたし」        7 「おまえたち、わしらの仲間になるんぢゃ」 「そうぢゃ。帰れといったとき、帰らなかった。もう遅い」  おじいさんとおばあさん……ううん、もはや人間とは思えないレイスたちは、ノルよりも大きな体になりジリジリと近づいてきた。  シュゥシュゥという、息ともつかぬちょうど長年わずらった喘息《ぜんそく》のような音をたて、輝《かがや》く暗黒の目でわたしたちをにらみつける。 「逃げるぞ!」 「といっても、あの隠《かく》し扉《とびら》しかないですね」 「ってことは、またあの御三家総登場のあそこに舞いもどりってわけか」 「こっちよりは、まだましだろ」 「ノル、こいつなんとかしてくれよ。重い!」  腰くだけ状態のわたしをノルにバトンタッチしたトラップは、一番先に逃げだそうとしたが。 「うわわわわわわわ……!!」  天井《てんじょう》から何百という蜘蛛《くも》がスゥーッと降りてきたじゃないか!  ほんの小さな蜘蛛もいれば、手の平ほどもある太った蜘蛛もいる。 「シロぉ——!」  トラップが絶叫《ぜっきょう》するより前に、シロちゃん、パクパク蜘蛛を食べはじめた。 「ウグムグ……おいしいデシ」  しかし、シロちゃんが食事を楽しむゆとりなんかなさそうだ。  レイスたちが何ごとか口のなかでつぶやくと、サッと手に光が集まり巨大な鎌《シックル》になった。  鎌を両手で持ちゆっくりと迫ってくる姿は小説で読んだ死神そのもの。  恐怖《きょうふ》に凍《こお》りつく、とはこのことだ。全員(シロちゃん以外)、その場に立ちすくみ何もできなかった。 「ホ、ホーリースプレーです!!」  キットンが叫んだ。  そっかそっか! ゾンビには効かなくってもレイスには効いたんだ。  全員がスプレーを用意する。 「よし、せーのでかけるぞ。せーのぉー!」  クレイが号令をかけ、わたしたちは指が痛くなるまでスプレーをレイスたちにかけまくった。  そこらじゅう白い霧《きり》。 「ウップ…どうだぁ? ちったぁ効いたか?」  しかし、しかし……!! 「うわああぁぁぁああぁぁ——!!」  その白い霧のなかにすぐ間近まで迫ったレイスが浮かびあがった。しかも、レイスの一方が大きく鎌をふりかざし、こともあろうにルーミィの頭上めがけてふりおろそうとしていた。  ガキン!  クレイのロングソードが受けとめ、青い火花が散った。  キットンがルーミィを抱きあげ、さっとこっちに隠《かく》れた。  もうひとりのレイスがクレイの体に長い手をのばそうとした。 「クレイ!」  わたしは思わず目をかたく閉じた。 「なんだなんだ!?」  そのクレイの声がすぐ近くで聞こえたから驚《おどろ》いた。  目を開けると、クレイがすぐ横でピンピンしている。レイスたちは、といえば何かにとまどっているようす。 「彷徨《さまよ》えるものどもよ。地に還れ。おまえたちの安息はここに、ない!」  ハイトーンの男の声がした。  あの隠し扉から若い男が現われたのだ。  彼はギュッと目を閉じ、強く手を握りあわせている。その手に変わった形をした小さな彫像《ちょうぞう》が銀色に光っていた。 「死ぬことができぬ、哀《あわ》れなものたちよ。聖なる光に包まれしとき、真の安息が叶《かな》うのだ!」  徐々《じょじょ》に彫像が青く発光しはじめた。  その光がまぶしいらしい。レイスたちは鎌《シックル》を床に落とし、両手で目を覆《おお》った。  その人。背の高さは、わたしと同じくらい。短い金髪《きんぱつ》で、茶色の小さな丸い帽子をかぶっている。そして、やはり同じ茶色の長いローブをまとい、首には枯れた草で作ったような首飾《くびかざ》りをしていた。  青い光はどんどん強くなり、彼のぽっちゃりした横顔を明るくそめた。小さな鼻に引っかかった丸|眼鏡《めがね》が光を反射して、目を隠《かく》している。 「地に還れ!!」  彼は声をふりしぼり、光に包まれた彫像をレイスたちに突きつけた。  レイスの体は光のなかでグニャグニャに歪《ゆが》んだ。 「地に還れ!!」  大きく一歩踏みこんで、もう一度いった。 「地に還れ!!」  三度目、 「……………………………………」  部屋中《へやじゅう》に光が満ちた。  無音のうちに、レイスたちはかき消えていった。  みんなしばらく何もいえなかった。  彼は「ほぉーっ」と息を大きくついて、胸の前で握《にぎ》りしめていた銀の彫像を腰につけたポシェットのなかにしまった。  みんな、まだしばらく何もいえなかった。  何もいえないまま彼を見つめていると、彼は照れくさそうに頭をポリポリかいた。 「あ、あの。ばく、トマス・カレッジっていいます。実は、さっきあなたがたがこの隠し扉へ入っていくのを見て。後を追ったんです」  ハァハァ息が荒い。額にも汗がびっしょり。 「あ、あの……あなた、もしかして」 「はい?」  丸眼鏡の奥の、なんとも人のよさそうな明るい茶色の小さな目。 「もしかしたら、僧侶《クレリック》ですか?」 「そうです!」 「じゃ、さっきのは……」 「ターンアンデッドですよ。ああゆうアンデッドたちを地に還《かえ》らせる魔法《まほう》です」  そ、それは知ってるけど。 「す、すっげぇ——!」  クレイとトラップが声をそろえていった。 「わたし、初めて見ました。いやぁ、噂《うわさ》には聞いていたが、いやはやすごいですね」  キットンも大喜び。  何はともあれ、助かったけど……。あ、いや、ちがうんだった。わたしはダメかもしれないんだ。 「いや、助かりました」  クレイがペコリ頭を下げると、 「ほんとほんと。レイスといったら、触《さわ》られただけで死んでしまうわ、死ぬだけじゃなくってレイスとしてよみがえるんでしょ」  と、キットン。  え? な、なんだってぇ!? レイスとしてよみがえるだぁ!?  あ…そうだ。そんな話だったよなぁ…。  いきなり腕にあのシナシナとした冷たい手の感触《かんしょく》がよみがえってきた。 「お、おい! パステル!」  わたしはまたまた遠ざかる意識のなかで、死神になった自分を想像していた。    STAGE 3        1  暗い。  なんていう暗さだろう。すべてがイヤになってしまうくらいの、憂鬱《ゆうつ》な暗さだ。ぼんやり浮かびあがる、ほの白い顔は目を光らせた悲しげなドクロ。  あれは、だれだ?  あぁ、そっか。わたしか……。  そうなんだ。わたしはレイスになってしまったんだ。  レイスになったわたしは長く黒いローブをはおり、城のなかを彷徨《さまよ》っていた。こともあろうに、レイスになってまでマッパーらしく方眼紙にマッピングしながら、しかも迷っていた。なさけない。  でも、もうモンスターなんだから、モンスターにおびえる必要はなくなったんだ。  見覚えのある通路に出た。  あぁ、ここは一階の台所じゃないか。ということは、この階段、例のスケルトンを見つけた、あの階段か。そうそう、レベルアップしたんだよね。スケルトンを倒したから。  つつぅ——っと急に涙があふれてきた。  ぬぐおうとしたが、ほっぺのお肉がない。  わたしはその場にしゃがみこみ、さめざめとわが身の不幸を嘆《なげ》いた。  まだ、わたし一六の女の子よ。新しい冬服を買おうと貯金してたんだもん。ルーミィとおそろいにしようって、ネイビーブルーのセーター編《あ》もうと思ってたんだもん。今書いている本だって完成してないし。悲恋《ひれん》でもいい、胸がキュンとなる大恋愛だってしたかった。結婚式のときは白いレースのかわいいウェディングドレス。狭《せま》くてもいい、あったかい家庭で。自分の書いたお話を子どもたちに聞かせてあげて……。  ううん、贅沢《ぜいたく》いわない。  いいわよ。どうせ死ぬんだったらさ。  せめてきれいに死にたいじゃない! こんな姿になるなんて。  いっそシッカリ死にたかった!!  ガイナの学校に通っていた頃、担任だったミケラ先生の明るい笑顔が浮かぶ。わたしが冒険《ぼうけん》者《しゃ》になろうと決めたとき、まるで家族のように心配してくださったんだ。ごめんなさい、先生。こんな死に方をして。 「パステル! パステル!」  ふっと顔をあげると、クレイがいた。心配そうな顔でわたしをのぞきこんでいる。  クレイだけじゃない。横にはキットン、トラップ、ノル、ルーミィ、シロちゃん、それから若い僧侶《クレリック》。  ハッと飛び起きた。そして、後ずさってみんなのそばを離《はな》れ、叫んだ。 「みんな、わたしにさわっちゃダメ!」 「どうしたんだよ」 「クレイ! わたしね、レイスになっちゃったのよ。わからないの? こ、この姿を見て」 「どっこがぁ」 「いつもの間の抜けた顔だぜ。おめぇ、寝ボケてんなぁ?」  トラップにいわれ、おそるおそる頬にさわってみた。  あ、あれぇ?  両手で両のほっぺをおおう。フワフワしてる……。 「これ、見てみますかぁ?」  ほっぺをペタペタ叩いていると、キットンが古ぼけた手鏡を渡してくれた。 「あ………」  (ヒールニント村のゼンばあさんからキットンがもらった)手鏡にボンヤリ映っていたのは、涙の筋をつけたちょっと青白い…でも、いつものわたし。 「ま、まだ、レイスになってないのね。でも、それじゃ潜伏期間《せんぷくきかん》があるんだわ! いつかのクレイの笑い病みたいに」 「だぁぁら、どーしておまえがレイスになるわけ?」  あやや、うっかりしてた。笑い病のこととオームの話はわがパーティでは禁句《きんく》になってるのに。クレイは、すっかりむくれた顔。  わたしは大急ぎで取りつくろいながら、さっきのレイスに腕をつかまれた話をした。 「んな話、初めて聞いた」  さすがに、クレイ。心配そうな顔になった。 「げ、エンガチョ!」  トラップがさっと飛び退《の》いた。薄情《はくじょう》なやつ! わたしがレイスになったときの、最初の犠牲《ぎせい》者《しゃ》は決まりだな。 「トマスさん、どうなんですか? レイスになってしまうんでしょうか」  キットンが若い僧侶《クレリック》に聞いた。あぁ、そうだ。この人はトマス・カレッジとかいう人で、ターンアンデッドの魔法《まほう》でわたしたちを助けてくれたんだ。 「あぁ、ぼくのことはトマスと呼んでください。……で、ちょっと失礼」  トマスさん…いや、トマスはそういうとわたしのそばにきた。 「どっちの腕ですか?」 「み、右腕です……」 「ちょっと袖《そで》をまくってみてもらえませんか」  袖口をしばったリボンを解いて、肘《ひじ》までまくりあげてみせると、 「どこかなぁ。どこもなんともなってないようだけど」  もしかしたら自分だって感染《かんせん》しちゃうかもしれないっていうのに、平気でわたしの腕をそっとつかんで調べてくれた。 「レイスにさわられるとね。その部分がまず青紫《あおむらさき》というか、打ち身のように変色するんですよ。で、時が経《た》つにつれ、だんだんその範囲が広くなって。色も黒く変わっていくんです」  わたしはパッと自分の腕をつかんで、あちこちひっくり返してみた。たしか、あのときあの おばあさんにつかまれたのは……右の肘の下くらいだったのに。  念のため左腕も見てみたが、やはりなんにもなってなかった。  希望というものがあるのなら、それはきっと今わたしの胸に芽生《めば》えた、この小さなあったかい光! これだわ。 「だいじょうぶみたいですよ」  トマスの言葉に、その光は輝《かがや》きを増してわたしの顔を上気させた。 「やれやれ」 「どーせ、そんなこったろーと思ったぜ。人騒《ひとさわ》がせなやつ!」 「ぱぁーるぅ、だいじょぶかぁ?」 「パステルおねーしゃん、よかったデシ!」  パーティってのは、いいもんだね。みんながこうして心配してくれるんだもん。ほっぺがニコニコしてくる。ニコニコ笑うノルと目が合った。 「きっと、あのレイスたち。変身する前、『日が落ちたら、とりかえしがつかないことになる。わしらだって……』といってましたからね。パステルの腕をつかんだのは変身前だったわけだし。効力があるのは日が落ちてからなんでは?」  キットンがいう。 「で、でも、腕をつかまれちゃった後、疲れたような気がしたけど?」 「でゃっははっは、そりゃ、わたしだって同じですよ」 「おれだって疲れた!」 「立て続けだったもんなぁ。息つく暇《ひま》もないってな、このことだ」  じゃ、それじゃ…つまるところ、結局。 「ね、んじゃ、わたし平気なのね!? だいじょぶなのね?」 「だいじょ——ぶ!」  みんなが声をそろえていった。 「わぁぁぁぁぁ——い!!」  ピョンと跳《は》ね起き、「どーも、どーも!」とみんなの肩や頭を叩《たた》いてまわった。特にトラップの頭は思いっきり叩いた。 「ってぇなぁ。ったく。おめぇ、一番元気あるじゃん」  ふんだ! さっきのしかえしなんだもんね。        2 「それじゃ、置いてきぼりになっちゃったの?」  トマスは、照れたような困ったような、情けない顔でコックリうなずいた。  わたしのレイス騒《さわ》ぎが一段落したところで、トマス・カレッジの話を聞いていたんだけど。  彼は二〇歳になったばかり。レベルは一〇。冒険《ぼうけん》を始めたのは五年前だという。五年でレべル一〇かぁ……。まぁ、順調というか普通《ふつう》だな。わたしたちはとうてい無理《むり》なような気もするけど。  彼が信仰しているのは、ウギルギという神様を祭《まつ》る宗教だそうだ。ウギルギというのは麦の神。大地の神のひとりなんだって。 「あれ? 前、麦の神様ってギューンベントという神だって聞いたけどなぁ」  クレイが首を傾《かし》げると、 「それは、大麦の神ですね。ぼくが信仰しているのは小麦の神なんですよ」  と、トマス。細分化してるもんだ。だいたい神様っていったい何百人くらいいるんだろうか。何百人できくのかなぁ。わたしは、あのかわいくって憎たらしかった恋の女神メナースのことを思い出した。元気してるかな? 「大麦の神は、われわれの神に比べるともっと大胆ですね。ウギルギは日々の変わらぬ地道な日常を象徴《しょうちょう》していますが、ギューンベントは行きあたりばったりの奇跡《きせき》を起こします」 「へぇー!」 「まぁ、ですからギューンベントのほうが派手《はで》ですしね。信者は多いし有名なんですよ。ウギルギの場合は外見も人間ぽいし、空を飛んだりとか……あまりそういうパフォーマンスをするのを好まない神なので、どうにも地味です」  小柄《こがら》で、ブカブカの茶色いローブから出た手足も首もヒョロッと細い。ちょっと頼《たよ》りなく笑うと、歯が一本かけていた。  そうやって話してくれてる、彼自身も地味っていうと悪いけど。謙虚《けんきょ》っていうか、短く刈《か》られたパサパサした金髪《きんぱつ》といい、ソバカスだらけのバラ色のホッペといい、小さな丸|眼鏡《めがね》といい。健康的な素朴《そぼく》さというの? 全身から、いわゆる「人の良さ!」をかもしだしていた。 「しかし、とても幸運なことにですね。ウギルギの信者はすべてウギルギの神|直伝《じきでん》で修行《しゅぎょう》ができるんですよ! まぁ、人気がないからできることですが。これはめったにないことでしょ?」 「神様が直接教えてくださるの?」 「そうです、そうです!」  トマスは顔を輝《かがや》かせた。 「とっても楽しい、いい人なんですよ。……あ、神様ですけどね。なんていうかな。気さくで神様らしくなくって。野外授業だといって、よくいっしょにハイキングしたりしました」  神様とハイキングねぇ……。ま、たしかに、あのメナースとだったらいっしょにショッピングしたりお茶したりしても楽しそうだけど。 「でも、どうして冒険者《ぼうけんしゃ》に?」 「はぁ…実は、ここにいっしょに来たパーティのファイターと幼なじみでしてね。マックスっていうんですが。彼がどうしても冒険者になるんだってきかなかったんですよ。彼のご両親が心配されましてね。いっしょに行ってくれないかと頼まれまして」 「んで、そのマックスたち、あんたを置いて帰っちまったわけ?」  と、聞いたのはトラップ。 「ははは……、まぁ、そうなんです」  また、かけた歯を見せて頼りなく笑う。 「ひっどお——い!」 「ひゅっどおーい!」  わたしが叫ぶと、ルーミィも同じように叫んだ。 「しかし、どうしてまた……」  キットンが聞くと、トマスは頭をポリポリかきながら、 「マックスたちは、ここの城で経験値を稼《かせ》ごうと思ったらしいんです。ここのクエストレベルは低かったでしょ。彼らにとっては、スケルトンもゾンビも経験値稼ぎには格好《かっこう》の相手だったわけで」  と、そこで急に両のこぶしを握《にぎ》りしめた。 「でも、でも、それじゃいけないって思うんですよ!」  トマスの声が裏がえった。 「せっかく僧侶《クレリック》であるぼくが同行してるんですからね。しかたのないときを除いて、やはり可能な限りターンアンデッドで安らかな眠りを与えるべきだって思うんですよ! ぼくは。そう思いませんか?」 「思います!」  熱心な口調《くちょう》で聞かれたわたし、目を見開いて言い切った。 「彼ら……アンデッドたちは死にたくっても死ねない、哀《あわ》れな人たちです。さっきのレイスにしたってそうです。あの部屋《へや》は彼らのやりきれない哀《かな》しみで満ちていました」  一度はレイスになってしまったかと思い、超《ちょう》リアルな夢《ゆめ》まで見たわたしには、もはや他人事《たにんごと》ではない。たしかにアンデッドモンスターって、他のモンスターに比べると悲劇的《ひげきてき》だ。 「だからモンスターに遭遇《そうぐう》すると、ぼくはすぐにターンアンデッドをかけました。それがマックスたちにはおもしろくなかったわけですよ」 「あぁ、ターンアンデッドで地に還《かえ》した場合は経験値として加算されませんからねぇ」 「そうです! えっと……」 「キットンです」 「あぁ、失礼、キットン」  結局、ターンアンデッドを使う使わないの言い争いになって、パーティは彼を残しさっさといなくなってしまったらしい。 「帰っちゃったんですか?」 「だと思いますけど」 「じゃ、どっかから帰れるんだね」 「表の扉《とびら》からは帰れないんですか?」  トマスは表の扉が開かなくなったことを知らなかった。その話をすると、ほぉっと肩を落とした。しかし、さっと顔をあげ、 「実はぼくも因っていたんですよ。せっかく冒険者になったんだし、中途半端《ちゅうとはんぱ》ではやめたくはありません。しかし、さすがにひとりではどうしようもないですからね。どうでしょう? 仲《なか》間《ま》に置き去りにされたような、なさけない僧侶《クレリック》ではありますが。少しはみなさんの役に立てると思います」  え? え? え?? 「できたら、パーティに加えていただくわけにはいきませんか?」  わたしたちの顔を見まわし、少し遠慮《えんりょ》がちにいった。  わたしたちはわたしたちで、とても信じられない! っていう感じで顔を見合わせた。 「そ、そりゃ…喜んで! な、なぁ!?」  クレイがわたしを見た。 「もちろん!」 「つ、ついに、われわれに僧侶が加わったわけですね?」 「へっへぇー! すげぇや。これでちったぁマシなパーティになれるってもんでぇ」 「よろしくデシ!」  シロちゃんがいうと、トマスはちょっと不思議《ふしぎ》そうな顔をした。シロちゃんの生《お》い立ちを簡単に説明したが、いやいや、しなくっちゃいけない話は山ほどある。 「ぱぁーるぅ、ねえねえ、どうしたんら?」  ルーミィがわたしの袖《そで》を引っぱった。 「あのね、ルーミィ。彼が、トマスがね。わたしたちの仲間《なかま》になってくれたのよ。これからはずーっといっしょなの!」  ルーミィは薄い眉毛《まゆげ》をちょっと寄せてたが、トマスの前にちょこんと座って、彼の顔をしげしげと見た。「ん?」って顔のトマス。しばらくしてルーミィはわたしをふりかえり、トマスを指さした。 「とまと!?」 「ちがうちがう! トマスよ」 「とましゅ」 「よろしくね、ルーミィ」  顔いっぱいに柔《やわ》らかな笑いを浮かべ、トマスがルーミィのシルバーブロンドの頭をポンポン軽くたたいた。 「うん、いいおぅ! とましゅ」  みんなが笑った。さっと大きな腕がトマスの前に。ノルだ。  ノルの手をシッカリ握ったトマス。 「よろしく!」        3  念願の僧侶《クレリック》を仲間に加えることができた、わたしたち。  順々に自己紹介をすませ、出口の探索《たんさく》を続けることにした。 「へへっへーんだ。スケルトン、ゾンビ、出るなら出てみろって」  い、いや、トラップ。出ないなら出ないほうがいいんだけどなぁ。 「じゃ、使える魔法《まほう》っていうと……?」  キットソはメモをとりながら聞いた。 「そうですね。覚えられる範囲の守備《しゅび》魔法ならだいたい習得しました。体力回復、気力回復、祝福‥‥‥」 「祝福っていうと」 「あぁ、パーティ全員にかけるんですよ。そうすると、少しだけですが運がよくなるそうです。あんまり大した効果があるようには思えないんですがね」 「ふむふむ……」 「あとは、毒消《どくけ》しですね。ベランダンナなど速効性の猛毒《もうどく》だとかは、ちょっと無理《むり》ですが。そのほか、魔法や普通《ふつう》の攻撃《こうげき》に対する防御力《ぼうぎょりょく》をあげる魔法……」 「プロテクションってやつですね」 「あぁ、そうですそうです。ただ、魔法をかけるにはそれなりの精神力が必要になってきますからね。やはり体力や気力の回復をするのがほとんどです。あぁ、それからさっきのターンアンデッドですね」 「あれは見事でしたよ!」 「いやぁ、おはずかしい」  キットンとトマスは妙《みょう》に気があったようだ。 「で、ですねぇ。わたし、モンスターポケットミニ図鑑《ずかん》を調べていて思ったんですが……」  と、図鑑を見せた。 「ほぉ、使いこまれてますねぇ!」 「ええ! 自分でね、索引《さくいん》をつけ加えたりしてるんですよ」 「ふむふむ……それで?」 「いや、アンデッドモンスターというのは、誰かに召還《しょうかん》されている場合がほとんどですよね。だから、自分の意志でアンデッドになったわけじゃなく」 「あぁ、そうですね。ま、現世《げんせ》に執着《しゅうちゃく》して死ぬに死ねないゴーストなどもいますが。ゾンビやスケルトンはなかば無理矢理《むりやり》墓場《はかば》から召還されるわけです。またはさっきのレイスやバンパイヤのように、犠牲者《ぎせいしゃ》がモンスターになってしまうというのもありますが。あぁ、ゾンビもそうでしたっけ」 「で、その召還された場合は、その召還した人の命令によって動いてるわけでしょ?」 「そそ。ふつうはそうでしょうね」 「だったら、この城にいるアンデッドたちって、いったい誰に命令されてるんでしょうかね」 「う——む…実はぼくもそのことが気になってたんです。いや、誰に操《あやつ》られているのかさえわかれば、ひとりひとりのアンデッドを敵にまわして苦戦する必要もないわけで」 「そうそう! まさしくそうですよね。その首謀者《しゅぼうしゃ》をやっつければすむわけだから……」 「でもさぁ」  キットンとトマスの話を聞いていたトラップが割りこんだ。 「その首謀者がもう死んでたら、どうなるんだ?」 「ええ!?」 「だってよぉ、ここの城って大盗賊《だいとうぞく》のメハマッドがアジトにしてたってゆうじゃねーか。だったら、彼が…いや彼じゃなくってもいいや。誰かアンデッドを召還できるほどの魔道師《まどうし》かなんかを雇《やと》ってさ……」 「おおお! なるほど。それは理にかなってる」  トマスに誉《ほ》められたもんで、トラップはポリポリ頭をかいた。 「そだ、んで。メハマッドの財宝なんだけどさ。何か情報《じょうほう》つかめたのか?」  しかし、トマスは肩をすくめ手を広げて見せた。 「さぁ…ぼくほここに来てすぐにパーティと別れたもんで。シナリオに書いてあるくらいしか知りませんねぇ」 「そうだ! ねぇねぇ、トマス」 「はい?」  トマスはわたしを見てニッコリほほえんだ。 「ここに来るためのシナリオなんだけど……どうやって手に入れたの?」 「うーんと、パーティにロペスっていう盗賊《シーフ》がいるんですが。彼が酒場でやったポーカーのカタに、ある冒険者《ぼうけんしゃ》から取りあげたという話でしたが」 「へ! このちがいだ。聞いたかよ。片やお人好しにもご馳走《ちそう》したうえに、大金出して買ってやった。片やカードのカタに取りあげた!! しかもだぜ。こちとら、ごていねいにふたりも引っかかってんだからな」  トラップって、ほんと執念《しゅうねん》深い。 「あ、そういや、おれの買ったシナリオ。あれ、パステルが持ってんのか?」 「え? 知らないわよ。クレイが持ってんじゃないの? わたしはわたしが買ったのしか持ってないけど……」 「おかしいなぁ……」 「あ、そんでさ、トマス。おめぇは結局その冒険者《ぼうけんしゃ》、どんなやつか知らないわけね?」 「はぁ……あいにくですが」  うーん、怪しい。だんぜん怪しい!  トラップの口調《くちょう》がいやに軽い。「あぁあ、せっかく買ったシナリオなくしちまいやがんの!」とかってクレイに突っこみいれないし。 「ねぇ、トラップ!?」 「あ?」 「あんた、まさか…クイレの買ったシナリオ……」 「あぁ、あれな」 「あれな…じゃないわよ! 売ったんでしょ。オーシに!」 「まぁ、いいってことで」 「やっぱり!」 「お、おめ——!!」  クレイがトラップの肩をガシガシゆすった。 「だ、だって、ほらさ。おんなじのがふたつあっても、しょうがあんめー?」 「いくらで売ったんだよ! おれが買ったんだぞ」 「そうそう、あいつシケててさぁ、七〇〇しか出さねーんだよなぁ。それじゃ、クレイに悪いじゃんか」 「まぁた、ギャンブルですったな……」 「やぁ、絶対だと思ったんだけどなぁ。あのフォーカード。Jのフォーカードだぜぇ。まさかあっちがAのフォーカードだなんてさぁ!」  クレイはトラップを放し、がっくり肩を落とした。 「ほら、人生、谷あり山あり。ついてねぇこともあるさ。まぁクレイの場合は谷あり谷ありってかんじだけどな。いつかいいこともあるって。元気出せよ。な、クレイ!」  クレイは開いた口がふさがらないという顔でトラップを見た。そして、なにかいいかけたが、首をふってスタスタ先に歩いていってしまった。  後を追いかける、トラップ。 「おーい、クレイちゃーん。怒ったぁ?」  城の二階は、いくつもの小さな部屋《へや》に分かれていた。  すべてが石作り。一階に比べ、天井《てんじょう》が低かった。カビくさく、ホコリっぽく、蜘蛛《くも》の巣《す》がユラユラとはびこっている。  たいまつを持ったノルが城の通路や部屋にあるたいまつに火をともしていったが、それでも暗い。頑丈《がんじょう》な鉄格子《てつごうし》のはまった窓から外を見てみたが、月さえ出ていないようでなんにも見えなかった。 「ダメだな」  部屋のなかをチェックしていたトラップが首をふりふり帰ってきた。 「やっぱりない?」 「ああ。バルコニーに出る扉《とびら》はあったけど、やっぱビクともしねぇ」 「困ったわね……」 「あ、あれ? ルーミィはどこいった?」  クレイの声に、心臓がギュッとおしつぶされた。 「ルーミィ!?」  ヒールニントの冒険《ぼうけん》のとき、やっぱりルーミィが行方不明《ゆくえふめい》になったことがある。こんなふうに暗くて不気味なダンジョンのなかだった。再び出会ったときは、ふだんのルーミィとは似ても似つかぬ恐ろしい姿に変わっていたのだ。 「お——い、チビ助ー!」 「ルーミィぃ、どこ行ったの!?」 「ルーミィしゃん! どこデシか?」  わたしがいけなかったんだ! つい油断《ゆだん》して、ルーミィの手を離《はな》しちゃったばっかりに。や、やだ…また心臓がドキドキして、涙腺《るいせん》までおかしくなってきた。 「え?」  背中をポンと優しくたたかれた。 「だいじょうぶ。ついさっきまで一緒《いっしょ》だったんですから」  トマスだった。 「そ、そうよね。まったく、ひとりで勝手にどっか行っちゃいけないって、あれほど……」 「あ、ほら、見つかったようですよ」  トマスのいうとおり。「こら、勝手にどっか行っちゃダメだろー!」「よかったよかった」 「どこ行ってたんだよ」……と、通路を曲がったあたりから聞こえてきた。  走って行ってみると。当のルーミィ、ニッコニコしながらこっちにかけよってきた。 「ぱぁーるぅ、お人形さんらおう!」 「バカ! ひとりでどっか行っちゃダメでしょ」  あったかくてミルクくさいルーミィを抱きしめた。 「ごめんあしゃーい。ぱぁーるぅ、泣いちゃ、らめだお」 「あれ? ルーミィ、なに持ってるの」 「こえね、ルルちゃん。お人形さん、他にもいーっぱいあったお!」  ルルちゃん…ってねぇ。勝手に名前までつけちゃって。  ルーミィが抱きしめてたのは、パッチリした青い目で、ふわんふわんのシルバーブロンド。水色のドレスを着た、まるでルーミィをそのままミニチュアにしたようなかわいい人形だった。古ばけてホコリをかぶってはいたが。 「どこから持ってきた……」  通路の奥から、「おおおおおっ!」「すっげぇ——!」という、トラップやクレイの声が聞こえてきた。  ルーミィの手をしっかり握《にぎ》りしめ、その部屋《へや》へ入ったが、 「な、なんなの!? この部屋は!!」  他の部屋があまりに殺伐《さつばつ》と何にもない部屋だったから、よけい驚《おどろ》いた。  だって、だってそこには何十という数のヌイグルミやお人形が大中小、いろんなサイズとりまぜて飾《かざ》られていたのだから!        4  優美な眉毛《まゆげ》、ガラスでできたブルーの瞳《ひとみ》、ふわっと笑ったような愛らしい口元…小さな子供くらいの大きさほどもある、お人形。ゆりかごでスヤスヤと眠っているような、ベビードール。シルクハットをかぶり、ステッキを持った紳士。ノルと同じくらい大きなクマさん。親指サイズの鉛《なまり》の鼓笛隊《こてきたい》。金メッキの飾りも美しいメリーゴーランド。クルクルダンスをする、夜会服を着た男女。ちょっと寂《さび》しげな顔のピエロ人形……。  彼らはベンチや飾り棚《だな》の上に所狭《ところせま》しと飾られていた。大きな人形になると専用の椅子に座らされているのもあった。  古ぼけてはいたけどずいぶん贅沢《ぜいたく》な人形たち。 「このドレス、見て! 本物のシルクよ。あ、これはベルベット」  ところどころはげてはいたが手触《てざわ》りがいい。 「ミュウウゥゥ——!」  トラップが持ったミルク飲み人形がいきなり大きな音をたてた。 「でぇぇ、びっくりさせんなぁ!」 「あはは、それ、泣くんだね」 「これ、ここに住んでた貴族の持ち物かな」  クマさんの鼻をはじきながら、クレイがいった。 「さぁ、しかし他の部屋《へや》には持ち物らしいものが残ってないのに、不思議《ふしぎ》ですね」 「でもさ、キットン。他の部屋の道具は盗賊《シーフ》たちが盗《と》ってったのかもよ。人形なんて盗ってもしかたないから……」 「いんや、そりゃ違うな」  トラップがわたしの言葉をさえぎった。 「これくらい上等な人形になりゃ、アンティークの価値があんじゃねーか。おれだったら、全部いただいてく」 「ま、とにかく。おれたちには用がない。先行こうぜ、先」  クレイがいった。 「そだね。もうちょっと見ていたいけど……」 「女ってのは、いくつになってもこういうのが好きなんだな」 「だってかわいいんだもん。ねぇ!?」  腕に抱いた人形に笑いかけると、その人形の目がこっちを見たような気がした。 「え?」  と、そのとき。部屋のたいまつが消えてしまった。いっきなりのまっ暗闇《くらやみ》! 「きゃぁ!」 「騒《さわ》ぐな。風でたいまつが消えただけだ」 「でも、どこから風が吹いたんでしょうね」  と、これはキットン。  そういえば、そうだ。しかもノルの持ってたたいまつまで消えてしまったというのは……と思ったとき、カタン……と音がした。心臓が飛び上がる。  一瞬《いっしゅん》の沈黙。 「変です! みなさん、集まって! 妖気《ようき》を感じます」  トマスが甲高《かんだか》い声で叫んだ。 「たしかに。これはただならない妖気です!」  と、キットンもわめく。 「ノル、早くたいまつをつけてくれ!」 「それが、クレ…[#「イ」が欠落?]…。さっきからやってるんだが、つかないんだ」 「なんだって!?」 「お、おろ? ほんとだぜ、おれのカンテラもつかねー!」  トラップが叫ぶ。  さっきまで静かだったのに、遠くから雷《かみなり》の音が聞こえてきた。風も出てきたようで、窓の木わくをガタガタと鳴らしはじめた。  その昔にまぎれ、変な音がこっちに迫《せま》ってきた。  カサカサカサカサ……。  カサコソカサコソカサコソ……。  カタンカタンカタンカタン……。  カタカタカタカタカタカタ……。 「な、なんの音だ!?」 「こ、これは……」 「みんな、いるよね!?」  鼻の先さえ見えない暗闇《くらやみ》のなか、わたしたち七人と一匹は抱き合ってガタガタ震《ふる》えていたが全員ビクッとなった。  だしぬけに少し悲しいメロディが聞こえてきたのだ。 「オ、オルゴールですね」  キットンの声。  そのメロディは、なぜかだんだん速く高くなっていった。ふつう、オルゴールっていうのはだんだん遅くなるもんだっていうのに。和音もにごってきた。  わぁぁ、気持ち悪い! 旋律《せんりつ》だって変だ。 「ミュウウウゥゥゥ!!」  鋭《するど》い泣き声。あれは、さっきトラップが持っていたミルク飲み人形だ。 「お、おい、とにかくこんなに暗くっちゃ話にならない。そうだ、ルーミィ。ファイヤーの呪《じゅ》文《もん》を」 「そだそだ。ルーミィ、お願いよ」 「えっとぉ、しょのー、んとぉ」 「どうしたの?」 「んとね、くあいから、呪文書いたの、読めないおう!」 「ああぁぁぁもう! だ——から、呪文くらい暗記しなさいってあれほど……」 「んなの、ルーミィに頼《たの》むよかシロにボッとひと吹きしてもらやいいじゃん。そのほうがはえぇ」 「お! そうだな。シロを忘れてた。シロ、一発頼む」 「熱いのデシか? まぶしいのデシか?」 「んと、『熱いのデシ』がいいや。『まぶしいのデシ』は、まぶしすぎて反対に見えなくなるからな。ノルのたいまつに向かってやってくれ」 「わかったデシ!」  さぁ、シロちゃんが熱いのデシを吹こうとしたときだ。  ピカッッッッ……!!  窓の外で、雷光がした。白い光が部屋《へや》に一瞬《いっしゅん》さしこむ……。 「キャアアアアァァァァァ——————!!」 「キャアアアァッァァ!!」 「ギャアアアアアア———!!」  一瞬だったが、異様《いよう》な風景を浮かびあがらせたのだ。  あの人形たちがわたしたちを取り囲んでただなんて…誰が信じる? 「シロ————! 早くするんだ——!」 「は、はやく! シロちゃん」 「はいデシ!」  シロちゃんがボッと吹く。ノルのたいまつに点火! 「こっちもこっちも!」  トラップがカンテラを差し出す。 「はいデシ!」 「それよか、早く逃げよう!」 「だ、だめです。ほら!」  トマスが指さした先をノルが照らす。扉《とびら》のところに、さっきの大きなクマさんが通せんぼしてるじゃないか!        5  いんや! もうクマさんなんていう、かわいいもんじゃない。黒くて小さかった目が白目をむき、ペケ印《じるし》に結ばれていた口が耳元まで裂《さ》け牙《きば》をむき出していた。  クマさんだけじゃない。すぐ近くまでやってきた、人形たち全員が異形《いぎょう》のものと変わり果てていた。  小さな手をふりかざし、カタカタと歩いてくるビロードのドレスを着たお人形。行進を始めた小さな鼓笛隊《こてきたい》、そのひとりひとりが目をギョロギョロさせながら笑っている。  はっと気づいて、腕に抱いていた人形を見て……、思わずその人形を放り投げてしまった。  だって、だって! さっきまできれいな緑色の目だったのに、まっ赤に目を血走らせ、そのうえニタァァーツと笑ったんだもの。 「い、いってぇー!」  トラップの足に小さなベビードールがパッとしがみつき、タイツ越しにかみついたらしい。 「く、くそぉ!」  クレイがソードを抜《ぬ》き、扉《とびら》をふさぐクマに切りかかった。  ブスッブスッ!!  相手はヌイグルミだ。いくら切ろうが突こうが、飛び散るのは綿《わた》だけ。 「うわああぁあ!」  そのクレイの背中にお人形が飛びかかった。 「やめてよー!」  もう無我夢中《むがむちゅう》。わたしはそのお人形を引きはがそうとした。しかし、その力の強いの強くないの。 「きゃぁ!」  足に激痛《げきつう》が走る。見ると、小さな紳士が針《はり》のようなものでチクチク刺していた。 「んも——!」  踏《ふ》みつけようと足を上げたが……いくら気持ち悪い人形でも、踏みつぶすなんて、やっぱりできない。 「ひゃぁあー! や、やめてくださいよぉー」  イヌとウサギのヌイグルミがキットンの両手を持って、グルグルグルグル回していた。トマスがそのヌイグルミたちを引っばり、なんとかキットンを助けたが、 「め、目がまふぁるぅ——……」  もう誰も回してないっていうのに、キットンはヨタヨタとまだ回っていた。 「ノル!」  クレイが呼ぶ。ノルはルーミィとシロちゃんを抱《かか》えあげて、大きな手で人形たちをはらっていた。 「せーので、このクマを引っぱろう!」 「了解《りょうかい》」 「あ、じゃルーミィちゃんたちは、ぼくが……」  しかし、小柄《こがら》なトマスにはルーミィとシロちゃん両方ともというのは無理《むり》だった。 「シロ、おまえはこっちだ」  慣《な》れたもんで、シロちゃんはトラップの肩にピョンと飛び乗った。  ノルはクレイに加勢しようとしたが、たいまつをどこに置こうかと見まわしていた。 「トマス、ノルのたいまつをお願い! ルーミィはわたしが」 「わ、わかりました!」 「よし、じゃ、いくぞー! キットン、おまえも頼《たの》むぜ」 「は? ふぁたしもれすかぁー?」  キットンは、まだヨタヨタしていた。 「ったりめーだろ!」  トラップがキットンの背中を足でどついた。 「ひゃぁぁ——……」 「トラップ、おめーもだ!」 「いや、ほら、おれはさ、シロを守るっつ一重大な使命が……」 「トラップあんちゃん、ボクなら平気デシ。しっかりつかまってるデシ」 「よ、よけーなことを……」 「せぇ——のおぅ!」 「ソレッ!」 「ううぅぬぅぅぅ……」 「ウググググゥゥゥ———」  クレイに切られ、綿《わた》をボロボロ出した大きなクマのお腹をクレイたちが引っぱった。 「いっててて…なんか、おれの背中をチクチクしてるぜ」  トラップが悲鳴《ひめい》をあげる。トラップだけじゃない。他の全員の背中に人形たちがいっせいに飛びつき、妨害《ぼうがい》しはじめたのだ。 「いいから、ッテテ、……ほっとけ。とにかくここから出るんだぁああぁぁあ——!」  クレイがどなると、キットンもバカでかい声でどなりかえした。 「わ、わがりばじだぁああぁぁあ———」  クマは白目をむき手足をバタバタさせて抵抗《ていこう》したが、さすが男四人にはかなわなかった。ジリジリと前へ。 「よし、気を抜くんじゃないぞ! パステル! トマス! すきまから出るんだー!」 「さぁ、パステル、行きますよ!」  たいまつを持ったトマスがわたしの手を取り、一気にクマの横をすりぬけていった。 「よし、んじゃ、キットン次はおまえだ!」  クマの大きな背中越しにクレイの声がし、キットンが「うぎゃうぎゃ」いいながら、こっちに這《は》い出てきた。 「だけどよ——! な——、クレイ。誰かはこっちに残っちまうんじゃねーのかぁ?」  トラップの声。  そうよね。こうやって、ひとりまたひとりと脱出《だっしゅつ》できたとしたって、誰かは部屋《へや》にとり残されちゃう。クレイって決断力はあるんだけど、どうも先のことまで考えないっていうか。 「いや、こっちから押しますよ——! そうすりゃいいでしょ」  トマスが裏がえった声で叫んだ。 「キットン、せーので押しましょう」 「そうです、そうです。押してだめなら引いてみなってね。あ、反対か! でっひゃははは」  トマスとキットンがクマの背中をつかんで押し、部屋のなかではクレイとノルが引っぱり、トラップが転《ころ》がり出てきた。  肩をポキポキならし、 「ふぅぅ、やれやれ……。さて、ちと……」 「トラップ、休んでねーで手伝えよ!」  さすが、幼なじみ。クレイは、ひと休みをきめこもうとしていたトラップの先手をとった。 「チェッ」  トラップがしぶしぶ加勢したとき、通路の向こうでガラガラ…というイヤな音がした。 「ん?」  ルーミィの手を握《にぎ》りしめ、うす暗い通路の先、よおく目をこらしてみる。人形部屋の前の通路は少し先で十字路になっているんだけど。その、右のほうから昔は聞こえた。だから、何なのかはわからなかったが、ゆっくりと近づいてきているのはわかった。        6  その昔の主は一台の車椅子《くるまいす》だった。  車椅子は、十字路になったところでピタリと止まった。 「あ、あれ、あそこ……」  わたしが指さしながらみんなを見たが、ちょうどクレイの竹アーマーが扉《とびら》のとこに引っかかって、 「お、おい! 無理《むり》に引っぱるなよ。これ、バラけちまう!」  トラップに引っぱられながら、ジタバタ騒《さわ》いでいるところ。こっちのことなんかかまってる暇《ひま》はないというかんじだった。 「でも……」  また、車椅子を見る。  キイッ……。  車椅子は小さくきしんで、こっちを向いた。  何かが乗ってるんだけど暗くてよく見えない……。  しかし、突如。  ガラガラガラガラ…と派手《はで》な音をたて、石の廊下《ろうか》をガクガクゆれながら突進してきたから、たまんない! わたしとルーミィは抱き合って悲鳴《ひめい》をあげるしかなかった。  通路のたいまつが車椅子に乗っている者を照らしだした。 「きゃああああ——!!」 「きゃあ———!」  首をガクンガクンゆらしながらすごいスピードでやってきた、それは。あの派手な水玉《みずたま》模様《もよう》の衣装《いしょう》をきた、ピエロ人形だった。  ちょうど背の高い子供くらいの大きさ。  わたしたちの数歩手前で、ガタンと車椅子が止まった。  うつむいていたピエロがフッと顔をあげる。 「!!!!」 「!!!」  人間、あんまり怖《こわ》すぎると悲鳴も出ないんだね。わたしとルーミィはガタガタ震《ふる》えながら、ウグウグとピエロを見つめているだけだった。  まっ自に塗《ぬ》った顔。小さな目の下の、涙に似せて描いたお化粧《けしょう》。赤くて大きな鼻と口。丸く小さかった目がニヤ——ッと半月形になる。  カクカクと体をゆらしながらピエロが椅子から立ち上がった。  ジリジリと後ずさる、わたしとルーミィ。 「イッショニ、アソボウ!?」  機械のような声。  後ずさりながら、わたしもルーミィもブンブン! と首をふる。  ピエロは首を傾《かし》げてわたしたちを見て。ちょっと考えるように腕を組み、フンフンいいながらブカブカの服のポケットからキラキラ光るナイフを三本取り出した。  そして、そのナイフを空中に放り投げてはリズミカルに受け取る、いわゆるジャグラーを始めたのだ。  一歩一歩近づいてくる。わたしたちもジリジリ後ずさりをする。 「ダメだ。ルーミィ、走るよ!」  ルーミィを小脇《こわき》にかかえ逃げだそうとしたら、足元にヒュン! とナイフが飛んできた。さらにもう一本。 「いっ……」  今度はわたしの頬《ほお》をかすめた。はっと頬に手をやると、血が。  こ、このぉー。 「ルーミィ、しつかりつかまってんのよ」  ルーミィを背中におんぶし、わたしはショートソードを抜《ぬ》いた。 「よくも顔に傷をつけたわね。女の子の顔って大切なんだから!」  急に反撃《はんげき》に出たもんだから、ピエロのほうもちょっとたじろいだ。 「許せない!」  ダンッ! ショートソードを突きつけ一歩前へ。  さすがに身軽。ピエロはさっと身をかわした。  キンッ! もう一歩前に踏《ふ》みこみショートソードを前へ。今度はピエロのナイフがそれを受けとめた。  ふーん、やるじゃない。でも、でもね。あんまり甘くみないでほしい。こう見えてもわたしだって……。 「えぇ———いっ!」  冒険者《ぼうけんしゃ》になろうって決めてスクールに通ったんだもんね。 「タァ!」  初段のお免状《めんじょう》はもらったんだかんね。  ガキン! キン! (パステル、戦うときは必ず相手の目を見るんだ)  スクールの、ハンサムなロドリゲス先生の言葉が浮かんできた。  シュッシュッシュ……。 (いいか。肝心《かんじん》なのはバランスだ。剣を持つ手ばかりを気にするんじゃない。いつも体のバランスをとっておけ)  キン、カキン!  十字路の所まで追いつめたとき、ピエロの顔からうす笑いが消えた。 (よーし、落ちつくんだ。呼吸を整えて。あわてるんじゃないぞ)  呼吸を整え相手の目をしっかり見ていると、不思議《ふしぎ》なほど相手の動きが見えてくる。ただ、背中にルーミィをおぶっているから、思ったとおりには動けないんだけど。 (リズミカルにいけよ。足、ふらつくな!)  ガキッ!  わたしのショートソードとピエロのナイフが交錯《こうさく》したまま、ギリギリと押し合いになった。 「クッッくぬうぅぅ…ま、まっけるもんかぁー!」  ピエロも必死《ひっし》に押してくる。人形だというのに、すごい力だ。 (スキを作るな!) 「ばぁーるぅ、しっかいぃ!」  背中からルーミィが声援した。ピエロがハッと顔をあげる。 (スキを逃すな!)  よし、今だっ!  フッと力をぬき、ピエロがフラッと前のめりになったところをのがさず下からナイフをすく いあげた。  カチャーン!  うまいぞ。  ナイフが床に落ちた。ピエロがあわててそのナイフを取ろうとする。そうは、いかないもんねっと、ナイフを足でおさえた。わたしを見上げるピエロの喉元《のどもと》にソードを突きつける。  勝負あったっ!  ピエロの目にもあきらめの幕《まく》がおりてゆく。  へっへーん、どんなもんだい!  ……と、 「キズツケナイデ!」  背中のほうから急にかわいい女の子の声がした。 「い、今の、ルーミィじゃないよね?」 「ちやうよ。今のはルルちゃんらよ」 「ルルちゃん?……」  ああぁ! ルーミィったら、最初に持ってきたあのお人形をまだ持ってたの? 「あ、ルルちゃん!」  ルーミィが叫んだ。ルルちゃんとルーミィに勝手に名前をつけられたお人形が、床《ゆか》に飛び降りたのだ。  水色のドレスを着たかわいいお人形がトコトコとピエロの横に歩いていく。そして、きれいな青い目をパッチリ見開き小さな両手を広げ、わたしを見上げた。 「キズツケナイデ!」        7 「ワタシタチハ、ドーラ。オ人形ノカタチヲシタ、コドモノタマシイ」  ルルちゃんは、たどたどしく話しほじめた。  あの人形たち全部、本物の人形ではないという。他のゴーストやレイスたちと同じく、死んでも完全に死ぬことのできなかった魂《たましい》が人形の形を借りて彷徨《さまよ》っているだけだと。  しかも、全員がまだ子供の魂だというのだ。 「アソビタリナイダケ。ミソナ、アソンデルダケ」  って、いわれてもねぇ。そっちは遊んでるつもりでも、こっちはたいへん。一歩まちがえれば命にかかわるんだもん。 「うわああぁぁぁぁぁ———!」  人形|部屋《べや》のほうで、みんなの叫び声がした。 「ちょ、ちょっと待っててね」  ルルちゃんとピエロを残し、わたしはルーミィをおんぶしたまま走ってもどった。  らーらーらーら……。  さっきの大きなクマにトラップたちが押しつぶされている。 「う、うぐぐ、お、重いぃぃ!」  クマのお腹の上にお人形たちがたくさん登って、キャアキャア喜んでいる。パチパチ手を叩《たた》いたり、ピョンピョン飛び跳《は》ねたり。  そうか……。この子たちは遊んでいるだけなんだ。 「も———、勘弁《かんべん》ならねぇ! シロ、こいつらまとめて焼いちまえ!」  必死《ひっし》にクマの下から遭《は》いだしたトラップが叫んだ。 「そんなことして、火事にならないか?」 「なったら、なったときのことよ! そうだ。ルーミィのコールドの魔法《まほう》があらあ。焼きはらった後に消火、これで決まりよ」 「そ、それもそうだが……」  クレイが口ごもった。 「シロ、かまうこたぁねー! やっちまえ!」 「熱いの吹くデシか?」 「そ——だぁー!」  人形たちの前に飛び出て、わたしは夢中《むちゅう》で両手を広げた。 「ダ、ダメ! 待って待って」 「な、なんだよぉ」  トラップ以下、全員びっくりしてわたしを見た。 「あ、あのね。この人形たちはね、子供の魂《たましい》なの。彼らはわたしたちと遊びたいだけなのよ」 「あに、ふざけたこといってんだよ。頭おかしくなっちまったんじゃねーの?」  わたしはトラップにかまわず、トマスの両肩をつかんだ。 「トマス、あそこにいるルルちゃんの話を聞いてあげて。お願い!」 「は、はぁ……」  トマスはルルちゃんの話を根気よく聞いてくれ。そして、わたしたちの所にもどり、宣言《せんげん》した。 「彼ら全員まとめてターンアンデッドすることにしました」  ルルちゃんもピエロもクマの横にやってきた。人形全員がじっとトマスを見つめている。もうニヤニヤ笑いをしている人形はいない。かといって、まるっきり人形の顔でもなく、それはまるで…テスト用紙を配られる前の子供たちのような、そんな神妙《しんみょう》な顔だった。  トマスは腰のポシェットから小さな彫像《ちょうぞう》を取り出し、しばらくその彫像を見つめた。そして、さっと顔を上げ、わたしに目で合図《あいず》した。  明るい茶色の瞳《ひとみ》は、「安心して」といってるようだった。わたしもコクンとうなずき、うしろにさがった。  トマスは人形たちに向かって、優しい声で話しはじめた。 「ぼくは、これから君たちを安らかな眠りにつかせてあげたいと思ってる。もう遊び時間はおしまいだ。わかるね?」  人形たちはざわめいた。あきらかに不平をいってるものもいる。 「みんな自分の姿を見てごらん。かわいそうに、ボロボロに疲れているじゃないか。もう休むときがきたんだ」  人形たちはお互いの顔を見て、やがて静かになった。 「それじゃ、みんなぼくに協力してくれるね?」  コックリうなずく人形たち。 「よし、いい子だ。リラックスして、心を静かにするんだ。いいね」 (ちぇっ。ずいぶん、素直じゃねーか)  トラップが小さな声でいった。 (シッ!)  クレイとわたしが口に人差し指を立て、トラップをけっとばした。  さっきまでの騒《さわ》がしさはウソのよう。雷も風もおさまったようだ。胸にしみわたるような静けさのなか、人形たちは目を閉じ微動《びどう》だにしない。その横顔を廊下《ろうか》にともったたいまつの灯が赤々と照らしていた。 「彷徨《さまよ》えるものたちよ。もうお帰り。君たちの安息はここにない……」  トマスが胸元で彫像《ちょうぞう》を握《にぎ》りしめ、静かな声で呪文《じゅもん》を唱《とな》えはじめた。  レイスにターンアンデッドをかけたときと同じく、ギュッと目を閉じている。でも、その呪文の言い方が前とはまったくちがって、とても優しげだ。 「聖なる光に包まれしとき、真の安息が叶《かな》う。無念《むねん》にも、早くに死んでしまったかわいそうな子供たちよ。君たちのことをぼくは忘れない」  彫像が青く発光しはじめ、トマスの横顔を照らしだした。眼鏡《めがね》と頬《ほお》がキラッと光る。 「おやすみ、安らかに」  トマスはそうつぶやくと、彫像をそっと上に掲《かか》げた。  わたしも胸元で手を組み心から彼らの安息を願った。  光はだんだん強くなり、人形たちをまぶしく包みこんだ。ひとつ、またひとつ、人形が消えてゆく。  小さな鉛《なまり》の鼓笛隊《こてきたい》も、夜会服のカップルも、キットンの目を回したヌイグルミたちも。  そして、あのピエロ。ずいぶん派手《はで》にやりあったけど。妙《みょう》なもので、ずいぶん昔のことのような気がした。ピエロはわたしのほうを向いて、ポケットからキラキラ光るナイフを取り出した。  え??  ナイフをチャッチャッと左右にふってから、またポケットにしまいこんだ。そして、左腕を上げカコブを作るまねをした。右手でパンッと力コブあたりを握《にぎ》る。  ガッツポーズだ。  あはは、そうか。そうだね。あれは、なかなかの好勝負。いいファイトだったよね!  わたしも同じように左腕を上げ、パンッと右手でつかんだ。  ピエロはニコニコしながら、他の人形と同じようにすうーっと消えていった。  あの大きなクマも消えて、ルルちゃんも「ばいばい」と小さな手をふりながら消えていった。 「ルルちゃん!」  ルーミィが走りだそうとしたから、あわてて抱き止めた。  そして、全員が跡形《あとかた》もなく消えていったのだ。  でも、今、わたしの心のなかにはとても悲しくってやさしげで、あったかなものが残っている。  よかった。事情を知らずに、傷《きず》つけたり燃やしたりしなくって。本当によかった……。 「トマス、ありが……」  感謝をいおうとしたら、彼はバッタリ倒れてしまった。 「きゃっ、トマス! トマス!」 「お、おい、しっかりしろ」 「トマス……」  ノルが抱きあげる。健康的だったソバカスだらけの顔がまっ青《さお》。首筋まで、ふつふつと汗が浮かんでいる。 「トマス!!」  ふーっと、目をうっすら開けたトマスは、 「ちょっと…疲れ…ました」  そういって、ノルの腕のなかで気を失ってしまった。    STAGE 4        1 「オーバーワークだったんですね」  キットンがつぶやいた。  たしかにそうだろうな。魔法《まほう》って、わたしには使えないからわかんないけど、きっとすっごく精神力を使うんだと思う。まして、あれだけの人数を一度に…気を失ってしまうのも無理《むり》ないや。わたしたちのパーティで魔法を使えるのは、ルーミィだけ。あの子の場合は、使う魔法のレベルが低いからね。そんなでもないんだろうけど。 「オーバーワークといえば、おれたちだってかなりなもんだ。適当な場所で休憩《きゅうけい》にしようぜ」  クレイがいった。  ほんとよね。この城に入ってからというもの、休む暇《ひま》もない。 「ぱぁーるぅ」 「わかってるわかってる。おなかすいたんでしょ。わたしもペッコペコよ」  結局、あの人形|部屋《べや》の隣《となり》に長椅子《ながいす》やテーブルの置いてある(といっても、ホコリだらけだけど)部屋があったので、そこで休憩することにした。  ノルがトマスを長椅子に寝かせた。わたしはマントをぬぎ、トマスの上にかけた。 「別に異常《いじょう》はなかったぜ!」  この部屋、続き部屋になってて。奥にもひとつ部屋があったんだけど、そこを点検したトラップがもどってきた。 「じゃ、夕飯にしよ」 「いったい、今何時ごろなんだろーな」 「そういや、あの鐘鳴んねぇーな」  夕飯といっても、携帯《けいたい》用の乾パンにイチゴジャムを塗《ぬ》ったのと薄いコーヒーだけ。みんな疲れ果てているから口数も少ない。ボソボソと食べてゴクゴク飲んで、それぞれ椅子や床にひっくり返った。 「交代《こうたい》で見張《みは》りをたてよう。おれが最初に起きて見張ってる。次はトラップ、おまえだぞ」  クレイがいうと、 「ゲッ、あんで……」  などといいかけたトラップだったが、途中《とちゅう》でやめた。反論するのもかったるいというかんじ。ため息をついて、ひとりがけの大きな椅子に深々と座りこんだ。  わたしとルーミィとシロちゃんも長椅子で体を寄せ合った。 ノルは床《ゆか》に寝っころがり、キットンはノルの背中にもたれてすぐにいびきをかきはじめた。  クレイはひとりコーヒーをすすりながら、ソードの手入れをはじめた。  どれくらい時間が経《た》ったんだろ。  突然、 「うぎゃぎゃぎゃぎゃ! か、かんべんしてくださーい!」  という、キットンの叫び声に飛び起きた。 「な、な、なんなの、いったい」  寝ばけまなこで部屋《へや》を見わたす。 「っててて……」  椅子からズリ落ちたトラップ。どういう寝方してたのか、頭から落ちてる。 「ど——した! キットン!」  たったひとり、クレイだけが立っていた。  しかし、当のキットン。ムニャムニャいいながら寝こけてるじゃないか。  どっと出るため息。 「ったく、寝言《ねごと》かよ。かんべんしてほしーのは、こっちだぜぇ」  トラップがブツクサいいながら、また椅子に遭《は》い登ろうとしたが、 「ちょうどいいや。そろそろ交代《こうたい》してくれ」  クレイがトラップのほうへ歩いていった。 「クソッ! せっかくいい夢を見てたっつーに」 「ほれほれ、文句いわないいわない」  トラップは不承不承《ふしょうぶしょう》立ち上がり、行きがけの駄賃《だちん》でグーグー寝ているキットンの頭をポカッと叩《たた》いた。 「ギャッ!!」  跳《は》ね起きたキットン。パッパッと回りを見て、トラップを指さした。 「な、なにするんです——! 冒険《ぼうけん》の基本はですね。寝られるときには寝ておくことですよ、まったく。冗談《じょうだん》やっていいときと悪いときが……」 「あーに、いってんだよ! てめぇが最初にみんなを起こしたんだろ」  食ってかかったキットンの喉元《のどもと》をグイッとつかんだ。 「い、いいがかりは……やめてくださいよ」 「いいがかりだとぉ——!?」 「ちょ、ちょっとちょっとぉ、やめなさいよ。ふたりともー」  ったくぅ、トラップって寝起き悪いんだから。 「クレイ、なんとかいってよぉ」  しかし、もうクレイは夢の世界へ。椅子《いす》の肘《ひじ》かけにもたれ、もう一方の肘かけに片足をのっけスヤスヤ寝息をたてていた。 「しょうがないなぁ、やめてよね。とにかく」 「うっせー!」 「ま、うっせー…って。なによぉ! トマスが起きちゃうでしょ!」 「だぁら、うるせーのは、おめーなんだよ!」 「な、なんですってぇ!?」 「うるさいのは、トラップ、あんたですよ! だいたいですね、トラップはふだんから言動が粗暴《そぼう》です。そういうことでは真に立派な冒険者《ぼうけんしゃ》にはなれないと、ものの本にも書いてありますです!」 「な、なにクダクダいってんでぇ! そもそも…キットン、おめーが……」  バタンッ!  急に奥のドアが大きな音をたてて開いた。  長身の女が現われたのだ。        2  長くうねる黒髪《くろかみ》、ツヤツヤした小麦色の肌《はだ》。抜群《ばつぐん》のプロポーションというんだろうか。だから、出るべきところは出て、引っこむべきところは引っこんでる……。 「うるさいねぇ。寝てられやしない」  すごみの効《き》いたハスキーボイス。バサッと黒いマントを背中に。  ひょぇ——! ハイレグカットで金色の…これ、なんてファッションなんだ。皮製レオタードなのかなぁ。うっひょー、筋肉ムキムキだぁ! 編《あ》み上げのロングブーツのカカトには痛そうなイガイガがついているし。  扉《とびら》に片手をかけ、わたしたちをにらみつけた超《ちょう》ド|迫力《はくりょく》の美女。爪《つめ》が長い! しかもまっ赤。もう一方の手には長い煙管《きせる》。黒切れ長の目を細め、ふぅーっとタバコの煙をはきだした。 「これだからガキは嫌《きら》いだ」 (ね、ねぇ…あっちの部屋《へや》チェックしたんじゃなかったの?) (さっきはいなかったぜー)  わたしとトラップがヒソヒソやってると。  ダン!  派手《はで》な音をたてて、片足を木の椅子《いす》の上へ。  わたしたちは飛び上がって、ひとところに固まった。 「あんたら、冒険者《ぼうけんしゃ》かい」  三人、ウンウン! とうなずく。  すうぅ——っと煙管《きせる》を吸い、点検するようにわたしたちを見わたした。 「名前は?」 「パ、パステルです!」 「キットンです」 「トラップです」  フン…と、鼻で笑って指をポキポキ鳴らしながら、こっちにやってきた。  動くたびにネックレスやブレスレットやベルトがチャラチャラ鳴る。  長椅子《ながいす》で寝ているルーミィたちを見て。あいかわらずスヤスヤ寝ているクレイをのぞきこんだ。  バカ! クレイったら。あーあ、ポカンと口開けちゃってまぁ。気配《けはい》くらい察しなさいよぉ! 「幸せそうな顔だこと」  小馬鹿《こばか》にしたような(いや、実際《じっさい》馬鹿にしてるな)口調《くちょう》でいい、ゆっくりロングブーツを鳴らしながら、こっちへ。 「あ、あのぉ……」  彼女に話しかけようとしたら、あごをクイッと上げわたしを見おろした。 「質問をしていいのは、あたしだけだよ。そうじゃないかい?」 「は、はい! そのとおりです!」 「ごもっとも!」  キットンとトラップが口をそろえていった。  ったく、だらしないんだから。  ……に、しても。この人はいったい……。敵か、味方か。いや、だいたい人間なのかモンスターなのか。格好《かっこう》からすると冒険者みたいでもあるけど…でもなぁ、あのレイスたちといい人形といい、だまされてばっかだもん。そうそう簡単に信用できないぞ。 「あたしの名前はレディ・グレイス。……ん?」  急にツカツカ早足でやってきた。  な、なんだぁぁ!?  わたしたち三人さっと身がまえたが、レディ・グレイスの目的は別のところにあったようだ。  床《ゆか》の上で壁のほうを向いて寝ていたノルの横に立ち、両手を腰にあてノルの顔をのぞきこんだ。  彼女、今度は両手を両|頬《ほお》にあてて叫んだ。 「オーゴッド! なんてハンサムなの!?」  はああぁ??  そして、信じられないことだけど。あの、あのノルをだよ! 軽々と抱き上げてしまったじゃないか。 「う、うあぁ!」  ノルが起きてあわてふためいた。しかし彼女は委細《いさい》かまわず、「スウィートボーイ!」だの「ファニィフェイス!」だのつぶやきながら、ノルを抱き上げたまま出口に向かっていった。  お、おいおい! 「あ、待て。待てよ!」  我に返ったトラップが後を追いかけたが、レディ・グレイスはクルッとふりむき、 「命令していいのは、あたしだけよ」 「うわあああ——!」  瞬間《しゅんかん》、さわってもいないのにトラップの体が何かに跳《は》ね返された。  バン! と足でドアをけって開け、ジタバタしているノルを連れて出ていこうとする。 「たすけてくれー」 「ダ、ダメー! クレイ、クレイ! ノルがさらわれるぅ——!」 「う、うぅーん、なんだぁ?」  だああぁぁぁぁ! クレイがまたこいつ、寝ボケるんだよなぁ。  ああ、ああ、ああああ……。  ボヤボヤしてる間にノルが連れてかれたじゃないのぉ。 「ふわぁあぁーぃ…あやや、およよ」  大きな欠伸《あくび》をしてボロボロ涙流してるクレイを引っばり、後を追いかけた。  しかし、不思議《ふしぎ》なことに。四方八方探しまくったのに、あの大男のノルと長身のグラマラスなレディ・グレイスの影も形もない!  こんな短時間に。どこに行っちゃったというのー!?        3 「一難《いちなん》去って、また一難…の百乗《ひゃくじょう》くらい忙しいですねぇ」  キットンたら、しみじみコーヒーなんかすすってるなよなぁ! 「どーーすんのよぉお!」 「ってったってさぁ」 「探すしか、しょーがあんめい」 「で、でもぉ。トマスがいるんだし……」  そういいかけると、 「……わたしなら、もう…平気ですよ……」  トマスの弱々しい声。 「あ、トマス! だいじょうぶなの? 気分はどう?」  トマスは頭を押さえながら起き上がった。まだフラフラするみたい。顔も青い。 「もう少し寝てたほうがいいな」  クレイがいうとおり、そんな状態ではかえって危険だ。かといってひとり残しておくわけにもいかない。  ルーミィもシロちゃんもぐっすり寝てるし。今、起こすとかわいそうだ。  ゴオオォォォォ————ンンン!! 「鐘だ…‥」  今度は一回。ここの鐘って、一回か二回しか鳴らないのかなぁ。 「この鐘、なにかの合図《あいず》じゃないでしょうかねぇ」 「しかし、キットン。なんの合図なんだろうな?」 「さあ……」 「鐘の解明はとりあえず後回しにしよ! とにかくノルを助けなくっちゃ。ね、クレイ。ここでルーミィとシロちゃんとトマスを守ってて」 「それはいいけど……?」 「わたしたち三人で探してくるわ!」  びっくりまなこのトラップ。自分を指さし、 「お、おれも行くの?」 「あったりまえでしょー! そもそもあのレディ・グレイスを起こした張本人《ちょうほんにん》でしょー」 「バ、バカゆうなよ。そもそもキットンがだなぁ」 「いえ、トラップ。あなたがわけもないのに寝ているわたしの頭を殴《なぐ》ったことに原因はあります!」 「まーだいってやがる。おめーが最初にバカでっけー声で寝ボケたんだろーが!」 「イタッ!」 「テッ!」  わたしはまたまた喧嘩《けんか》を始めたふたりの頭をポカポカッと叩《たた》いて出口に向かった。扉《とびら》に手をかけ、ふりむき、 「来るの、来ないの! どっち!?」 「まったくよぉ、女ってなぁ、こえーよな」 「そうそう、強引《ごういん》っていいますかね」  キットンとトラップ、今度はやけに仲良くボソボソ話してる。 「でも、あのレディ・グレイスって何者なんだろうな」 「いやぁ、すごい迫力《はくりょく》でしたね」 「冒険者《ぼうけんしゃ》じゃないかなぁ…女ファイターってかんじじゃなかった?」  わたしがいうと、 「あんな格好《かっこう》は戦いにはむかないと思うんですけどねぇ」  と、キットン。 「しかし、おんなじ女だとは思えねーよな。バンバン! って、こーだもん」 「たしかに、グラマーだったっすねぇ」  あ、あのなぁ……。わたしは喉元《のどもと》まで出かかった言葉を懸命《けんめい》にこらえた。ノルだ、ノル。今探さなきゃいけないのは。こいつらにつきあってしょーもない口喧嘩してる暇《ひま》はない。  あぁ、しかし。ほんとにどこ行っちゃったんだろ。 「ダメだ。どこにもいねえ」  トラップが部屋《へや》を片《かた》っ端《ぱし》からチェックして回ったが、結局二階にはいないことがわかった。 あのレイスのいた部屋までチェックしたんだけどね。 「でも、あんなにすぐ探しに行ったのに……」 「どっかまた隠し扉とかあるんじゃないですかねぇ」 「そうなると、お手上げだわ…あ、ねぇ、トラップにキットン」 「なんだよ」 「はい?」 「あなたたち、ちょっとは魔力《まりょく》あるんじゃなかったっけ? 隠《かく》し扉を見つけたり…ってできないわけ?」  そうそう。魔法《まほう》を使えるのはルーミィだけだけど、なぜかトラップとキットンは魔力があるんだよね。 「んなもん、できるわきゃねーだろ! できるんならとっくの昔に使ってらぁ。ま、そのうち修行《しゅぎょう》でもしよーかとは思ってるが。なぁ、キットン」 「うひゃひゃ、そうそう。一緒《いっしょ》にスクールにでも通いましょう」  どうだかなぁ……。それにしても、どんなに微々《びび》たるものでも魔力があるというのはうらやましい。 「んじゃ、下行ってみっか?」  トラップの提案《ていあん》により、手近の階段を降りることにした。降りてみるとあの大広間だった。急いでマップに書きこむ。 「うーん、やっぱないなぁ」 「どうかした?」  トラップは王様が座るような立派な椅子《いす》の回りを調べていた。走ってもどってきて、 「へへへ…いや。子供の頃にやったゲームでさ。玉座《ぎょくざ》のうしろに隠し階段があったもんで……」 「しょーもなぁ……」  大広間を出て、他の小部屋《こべや》をチェックして回ったがやっぱりダメ。あのデカイふたりがどこに雲隠《くもがく》れしちゃったというんだろ。  ほとほと困って、こりゃいったんもどるか、そうだな、そうすんべ…ということになり、またあの台所の横の階段を登りかけたとき。  カチャ、カチャ…と、聞き覚えのある、いやぁーな音が聞こえた。 「ね、今の聞いた?」 「あ? なにを?」  クルッとふりむき、ようすをうかがったが。何もいない。 「気のせいかな……」 「ほれ、行くぞ」 「あ、待って待って!」  と……。うしろからポンポン、肩を叩《たた》かれた。キットンもトラップも前にいるんだよね……てぇことは……!?  ゆーっくりふりむくと、 「おじょうはん、なんや、お困りのようでんなぁ」  すぅーっと息をすいこみ、わたしは大きく口を開けた。  すぐうしろにいたのは、ちょっと片目が飛び出たゾンビとドクロ…いや、スケルトン!!  この直後、わたしが絶叫《ぜっきょう》マシーンと化してしまったのはいうまでもないだろう。        4 「キャアアアァァァ———! キャアーアア———!! キャアア ———!」  人はどうして、絶叫するとき自分の耳を押さえながら叫ぶんだろう。無意識《むいしき》のうちに、自分の悲鳴《ひめい》がうるさいってわかってるからだろうか。  このときのわたしの悲鳴は、とくにうるさかったと思う。  例のゾンビとスケルトンが尻餅《しりもち》をついて驚いたくらいだもの。 「な、なんだよ……」  もどってきたトラップとキットンも、そのゾンビたちを見てへたりこんだ。  赤いシャツに青いベスト。吊《つり》バンドつきのブカブカのズボン。もちろん、ボロボロになっていて色も汚《きたな》い。スケルトンのほうは服を着ていない。  ゾンビは例の緑青色《ろくしょういろ》の粘土《ねんど》を塗《む》りたくったような顔の前で手をふり、 「わてら、別に怪しいもんちゃいまっせ。そんなに騒《さわ》がんといてぇな。お願いや! そやないと、また仕事せなあかん。後生《ごしょう》や!」  ペコペコ頭を下げた。スケルトンも手をふり、そしてペコペコ頭を下げた。  あんたたち以上に怪しいやつがいるんなら、紹介してほしいもんだ。 「耳よりの話があるんでっせ。ま、それにしたかて、ここで詰もなんです。どこぞで茶ぁでもしばきながら、ってぇのんは?」  ゾンビやスケルトンとお茶するって……。世界広しといえど、わたしたちくらいなもんだろうな。 「ど、どうする?」 「話くらいなら、いいんじゃねーの?」 「そうですね。他に収穫《しゅうかく》なかったし」  結局、こいつらを引き連れ、いったんクレイたちのいるところにもどることにした。 「おう、どうだっ…あわわわわわわ……」  出迎えたクレイ。ゾンビたちを指さしアワアワ騒《さわ》いだ。  わかる、わかるよ、その気持ち。 「どーもすんまへん。なんや反対にめんどうかけましたなぁ」  コーヒーをカップについでいると、ゾンビはペコペコしながらテーブルについた。  隣《となり》に座ったスケルトンにも出そうとすると、 「あ、こいつぁ飲み食いできまへんのや。どーせ飲んでもジャジャ漏《も》れやしな。ケッケッケ」  スケルトンも喉骨《のどぼね》を指さし、頭をパコパコ叩《たた》いてみせた。 「あ、すんまへん。わてミルクぎょうさん…あ、ミルクない。あぁシュガーも…ない。いや、ええんですわ。そんなもん。コレステロールの元凶《げんきょう》でっせ。コーヒーはストレート。苦み走った憎いやつ…って、あぁえらい薄いコーヒーでんなぁ。いや、これでんがな。きょうびコーヒーゆうたら、アメリカン」  なんでもいいけど、こいつ。ほんま、ようしやべるわ。だぁ、こっちまで口調《くちょう》がうつってきた。 「……で? 何か知ってるわけ?」  椅子《いす》を遠ざけて座ったクレイが聞いた。 「あ、それそれ。その話なんでっけど、ま、その前に自己紹介しときまひょ」  ペチャペチャといやな音をたててコーヒーをすすっていたゾンビが顔をあげた。  世界広しといえど、ゾンビに自己紹介してもらえる冒険者《ぼうけんしゃ》って……いや、もうやめよう。なんか空《むな》しくなってきた。 「こいつがピン」  スケルトンの頭をペタペタ叩く。 「わてがゾロ。ふたりあわせてピンゾロで——す!」  ここで、ふたりお辞儀《じぎ》。 「ゆうて……縁起《えんぎ》のええ名前でっしゃろ? わてらコンビ組んで、かれこれ一五年でっせ。コンビゆうても、こいつシャレもしゃべれん、シャレコーベ」  スケルトンが頭をカクッと外し、コンコン叩いた。体から離《はな》れたというのに、歯がカチャカチャ鳴ってる。 「これで、ギャラはおんなじ。やってられまへん!」 「きゃっはっははっは……おもしれーやつら!」 「ぎゃひゃっひゃひゃひゃ……」  わたしとクレイは呆気《あっけ》にとられているっていうのに。トラップとキットン、おなか抱《かか》えて笑いころげた。 「わてら、さっき小耳にはさんだんでっけど」  スケルトンのピンが、かつて耳のあったところに手をやった。ゾンビのゾロはすかさずポカッと叩《たた》き、 「ない耳に、どうやってはさむっちゅうねん!」 「あははっははは……」  わたしもつられて笑ってしまった。 「なんや、グレイス姐《ねえ》さんに誰ぞ連れてかれたぁーゆうて」 「そそ! そうなのよ。あんた、レディ・グレイスを知ってるのね?」  立ち上がって、わたしが聞くと。ゾロは胸をポンッと叩き、ついでにピンの頭を叩いた。 「知ってるもなにも。わてら、コキ使われてま」 「コキ使う!?」 「よう聞いてくれました。聞くも涙、語るも涙の物語…ほんま人使いの荒い姐さんでんねん……」 「え!? それじゃ、あなたたちを操《あやつ》ってるのは、あのレディ・グレイスなんですか?」  キットンが興奮気味《こうふんぎみ》に聞いた。 「いやいや、ほんまのとこはちゃいます! 姐さんだって雇《やと》われでんねん」 「雇われ?」 「へぇ、雇われマダムみたいなもんでんなぁ」 「誰に雇われてるわけ?」 「いやぁ…それは、今お話するわけにはいきまへんのや。堪忍《かんにん》でっせ」  ゾロは顔の前で手を合わせる。  彼の声からふざけた調子が一瞬《いっしゅん》消えた。なんだか、よっぽどの事情がありそうだ。        5 「じゃ、それはいいとして。おれは見てないんだけどさ」  コーヒーを一口飲んだクレイ、 「そのレディ・グレイスって人、その人も結局アンデッドなわけ? えっと、つまり人間じゃないわけ?」 「あんさん、アンデッドアンデッドいわはりますけどなぁ」  声は静かだったが、そのぶんよけいに迫力《はくりょく》がある。  ゾロはひとつため息をついた。そして、気をとりなおしたようにニッコリ顔を上げ、ドン![#後の空白一文字は無し]とテーブルを叩《たた》いた。 「別にわてらかて、好きでアンデッドしてるんとちゃいまっせ! まぁ、この顔や、この体や、気色《きしょく》悪いなぁ……。こいつなんか骨しかない。人間扱いされんゆうの、わかりまっけど。  そやけどなぁ、前はあんさんがたと同じ人間やったこともあるんでっせ。アンデッドっちゅう意味、わかっとりまっか? 『死なない死体』とちゃいまんねん。『死ねない死体』なんでっせ。  わてらかて、いっそ安らかに死にたい。そやけど、死なしてくれまへんのや。墓《はか》の下であんじょう腐《くさ》りよるとこに、いっきなり出てこーい働けぇーゆうて。無理矢理《むりやり》召還《しょうかん》しよるの、たいがい人間でっせ。用がすんだら、ほな、さいなら。礼ゆうわけやなし埋葬《まいそう》するわけやなし。わてら、その先、どないせいっちゅうねん! ほんま無責任ちゅうか、薄情ちゅうか。  現世《げんせ》に無念《むねん》残して恨《うら》んで恨んで……。死ぬに死ねん、ゴーストたちかて哀《あわ》れだす。よっぽどひどい扱いうけてきたんやろ、思いますわ…」  クレイは顔色を変え、黙《だま》って聞いていた。そして、ゾロが話し終わると、 「悪かった! 無神経《むしんけい》なこといっちゃったみたいで。ゴメン!」  ペコリと頭を下げた。 「いや、そんな…ついわても調子に乗ってしゃべりすぎましたわ。すんまへん、もう気にせんといておくれやす」  ゾロもあわてて立ち上がり、ペコペコした。  しかし、なんかすっごい説得力。わたしも思わず聞き入ってしまった。キットンもメモを取る手を休め黙っていた。なんとなくシミジミした静寂《せいじゃく》があたりをつつんだとき、 「んで? 結局、あのマッチョな姐《ねえ》さん、アンデッドなわけ?」  だあぁぁぁ…トラップぅ!  君は今までいったい何を聞いてたんだぁ!?  ゾロはあきらめたように苦笑した。 「へぇへぇ。そうだす! あの人はティラリスゆう特殊なアンデッドだす」 「テイラリス!?」  キットンはモンスターポケットミニ図鑑《ずかん》をパラパラとめくって調べ始めた。 「ティ、ティ…ティラリス…と、おお! あったあった。ふむふむ…なるほどなるほど……」  キットンのモンスターポケットミニ図鑑をゾロもピソも、もちろんわたしたちも頭を寄せてのぞきこんだ。 「ティラリスっていうのは他のアンデッドと違って、外見はふだん生身《なまみ》の人間と変わりないらしいですね。非常に気分屋で、機嫌《きげん》のいいときは親切にしてくれたりもするが、ひとたび機嫌が悪くなると突如《とつじょ》凶暴《きょうぼう》になるとか」  ゾロとピンは大きく何度もうなずいた。 「魔法《まほう》が使えるそうで、特にチャームの魔法が得意中の得意…」 「チャームっていうと…魅了《みりょう》よね」 「あぁぁ……それなんでっけど。実をいうと、そのチャーム。グレイス姐《ねえ》さんの虫の居所悪い原因なんですわ」 「どうかしたの?」 「へぇ。グレイス姐さん、あれで若い頃は魔法《まほう》も強力で。どんな男でもイチコロやったそうですわ。そやけど、よる年波には勝てんゆうか。腰痛《ようつう》はする、シワは増える、体の線はくずれる…魔法の効《き》きも悪うなってもーて。おかげで機嫌《きげん》悪い悪い」 「でも、すっごいグラマーで美人だったけど?」  ゾロは片目をつぶって、チャッチャッチャッと顔の前で手をふった。 「あれで苦労してはるんでっせ。毎晩毎晩、ドッスンバッタン美容体操してはりますもん」  へぇ——、アンデッドでもたいへんなんだぁ。 「オオ! んうん——!?」  キットンが大きな声で本を持ったまま立ちあがった。 「どした、どした!」 「い、いえ…このティラリスなんですがね。ふだんは人間と変わらない姿ではある、と」 「あぁ、そういってたわね」 「しかし……」  ん!? と、みんな身を乗りだす。 「しかし、ひとたびその正体を現わすと……」  キットンはみんなの顔をゆっくり見回した。 「イ、イタ!!」 「もったいつけてねーで、早くいえよ!」  キットンが頭を押さえてトラップをにらんだ。トラップったら、パチンコで乾パンのカケラを飛ばしたらしい。テーブルの上に足をのっけて、椅子《いす》をグラグラさせながら、ピシッピシッと乾《かん》パンを飛ばして遊んでる。  あーあーあー……。  キットン、顔をまっ赤にしてトラップにつかみかかっていった。 「うひゃ! キットン、待て待てよ。話せばわかる!」 「んと、ひとたびその正体を現わすと……と、あ、ここだここだ!」  わたしはキットンの代わりにモンスターポケットミニ図鑑《ずかん》を読んだ。キットンとトラップ?[#後の空白一文字は無し]いいのいいの。ほっとけば。 「その正体は千差万別《せんさばんべつ》。見た者のもっとも嫌《きら》いなもの、苦手なものに化身《けしん》する。一種の幻覚《げんかく》を見せるのだ……だって!」 「ふ——む、もっとも嫌いなもの、苦手なもの……かぁ」  クレイは腕組みした。  わたしの嫌いなもの、苦手なものっていったい何だろ?  小骨の多い魚、あれ嫌い。そそ、太いミミズとかナメクジとか…要するにスライム系のヌタヌタ、ヌメヌメしたのって嫌い。  甘すぎるお菓子も苦手だなぁー。暗記問題もダメ。  毎日|根気《こんき》よく地味な仕事をするのも不得意《ふとくい》だし。 「おっ、そうだ。君たちは見たことあるわけ? その正体っての」  クレイが聞くと、ゾロとピンはお互い顔を見合わせ首を傾《かし》げた。 「あいにくやけど、あの派手《はで》な格好《かっこう》しか見たことあらしまへん」 「そっかぁ……ま、いいや。とにかくノルを助け出すのが先だ。彼女のいる所、知ってるの?」 「へぇ、知ってま!」  パッと顔を輝《かがや》かせ……ゾンビが顔を輝かせるとかえって怖《こわ》いって知ってた?……ゾロが胸をドンッと叩いた。 「よし、それじゃ……今度はおれが行ってくるよ」 「わたしも行くわ!」 「ぼ、ぼくも行きます!」  いつのまに起きだしたのか、トマスがすっかり元気な顔で立っていた。 「だいじょぶなの?」 「ええ。ご心配かけてすみません。もう平気ですから」  ルーミィとシロちゃんも、もう起こしたっていいだろう。  クレイがトラップとキットンの襟首《えりくび》をつかんだ。 「こら、行くぞ!」  ノル……どうか無事《ぶじ》でいてよね!        6  なんていう大所帯《おおじょたい》なんだろ!  クレイ、キットン、トラップ、トマス、ルーミィ、シロちゃん、ゾロ、ピン、そしてわたし。総勢九名。ゾロゾロと移動を開始した。  台所に隠《かく》し扉《とびら》があるということで、またぞろさっきの階段を降りていった。 「なぁ、んでさ。おたくら、メハマッドの財宝…とかって噂《うわさ》聞かない?」  トラップがゾロの肩に手をかけ、いやに慣《な》れ慣《な》れしく聞きはじめた。 「はぁぁ、なんやここに来はる冒険者《ぼうけんしゃ》はん、みんなそういう話してはりますなぁ……。そやけど、それガセネタちゃいまっか? だいたいメハマッドって誰でんねん?」 「伝説の大盗賊《だいとうぞく》だってさ。おれのじっちゃんが若い頃会ったとか会わねーとか、いってたっけな」 「じゃ、高齢でんなぁ」 「もうとっくにくたばってるぜ」 「へ、そうなんでっか? じゃお仲間《なかま》や」 「ん——。じゃあさ、なんか宝箱とかさ。そういうの、見たことない?」 「宝でっか?」  隣《となり》のピンが腕をクィッと曲げてみせた。ドーンとゾロがどついて、 「アホッ、そりゃ『力』や。こちらさんがいわはったんは、『宝』や、『宝』」  トラップはハッと短くため息をついて、トットコ前へ行ってしまった。 「あ、そうだ。それより、ここのお城ってさ。塔《とう》の最上階ってどうなってるの?」  わたしはサバドの村長さんの話を思い出した。 「さぁ…わてら、二階以下担当でんねん。残念ながら行ったことあらしまへん」 「そっかぁ……」 「なんや…門番おらんのかぁー」  ゾロが台所の奥の壁をドンドン叩《たた》いた。 「門番って!?」 「へぇ。ここの壁がご——っと開きますのや。そやけど、中から開けてもらわな入れしまへん。いつもやったら、ここ叩けばゴーストの門番がしゅぅーって出て来よるんやけど。まぁたサボってけつかる!」 「じゃ、どうするの?」 「どないも、こないも……あぁ、そやけど。はよせな! 誰ぞ出てこんかい! われぇ」  ゾロは壁をドンドン叩きながら、ドタドタ焦《あせ》りまくった。 「絶対開かないわけ? 外からじゃ」  その壁際《かべぎわ》に置いてあった例の大きな戸棚《とだな》にもたれ、クレイが聞いた。 「へぇ。最初はその戸棚のうしろが扉になっとったんやけど。冒険者のなかには勝手に入って来よるやつもおりましてん。グレイス姐さん、おちおち美容体操もしてられへんゆうて。カラクリ扉にしはったんだす」 「なんだ! それじゃこの戸棚をどかせばいいわけでしょ?」  わたしがいとも簡単にいうと、 「これ、動かすわけ?」  クレイがため息をついた。  この戸棚、ノルくらいの高さはある。これを動かすとなると、たしかにかなりコトだ! 「おっし、トラップ、キットン」 「だぁぁ、まーた力仕事かよ! おれ盗賊《シーフ》だぜ? いっとくけど」  しかし、三人がかりで押してもビクともしない。戸棚の回りを調べていたトラップ、 「これじゃ、動きっこねーぜ」 戸棚のうしろを指さした。あらら、ネジでしっかり固定されてるじゃないか。 「うーむ、なんかこードライバーみたいなのがあればいいんだが…おれの道具じゃ、ひんまがっちまう」 「ノルの工具セットは…あぁ、ノル…リュックといっしょに連れてかれちゃったんだ」 「コインでもいいや。パステル、できるだけでかいやつ貸して」  お財布《さいふ》を調べたが、あいにく小さなコインしか入ってなかった。 「これでどうかな……」  クレイがポケットからコインを一枚出したが、 「ダメだな。小さい」  チャリ——ン!  トラップはクレイにもらったコインをうしろに放り投げた。 「おい! なにすんだよ」  クレイがあたふた後を追いかける。 「はう、れひ……」  シロちゃん、コインをくわえてクレイの手に。あの、「はう、れひ」はきっと「はいデシ」だと思う。シロちゃんは、そのままトコトコ、トラップの横に歩いていった。 「トラップあんちゃん、これダメデシか?」  と、首を見せた。  あれ? シロちゃんの首にキラキラ光る大きなコインがぶらさがってる。フワフワした毛で隠《かく》れていたから今まで気がつかなかったけど。 「どうしたの? これ」 「どうしたお? こえ」 「きょう、ノルしゃんが買ってくれたんデシ」  それはヒュー・オーシのやっていたみやげ物屋で売ってた、記念メダルだった。既成《きせい》のメダルを流用したんだろう。どこかの立派なお城のレリーフがしてあった。裏返すと、『ようこそ、呪《のろ》われた城へ シロちゃん』とマジックで書いてある。 「おっ、うまくいったぞ!」  トラップは大きなネジ三本とメダルを小さく放り、カチャリとつかんだ。チラッと手のなかを見てポケットにしまいこみ、シロちゃんの頭をポンと叩《たた》いた。 「後で新しいの、買ってやっからな」 「ありがとさんデシ!」  きっとメダルが変形しちゃったかどうかしたんだろうな。  シロちゃんのコインのおかげで、今度はすんなり戸棚《とだな》が動いた。しかし、そこにあったのは何の変哲《へんてつ》もない石の壁。 「おい、どこに入口があんだよ」  トラップがゾロの頭をポカッと叩いた。 「ケケケ、短気は損気いいましてな。その石、コケの生えてへんやつ、ありまっしゃろ? それ、押してくれはらしまへん?」  クレイが石に手をかける。グッと押すと……。 「おおおおおおぅぅ!!」  ガラガラガラガラ……と、鈍《にぶ》い金属音をたてて石の壁が左右に開いていった。狭《せま》くて急な階段が下方へ続いている。下のほうに明りがあるんだろう。ほんのり明るかった。        7  ひんやりした空気。湿気も高い。  なかの壁はたいまつに照らされ、テカテカ光っていた。 「階段、急やさかい、足元、気ぃつけとくれやっしゃ」  ゾロが一番前。その後がピン、そしてわたしたち六人と一匹がゾロゾロと降りていった。  階段は二度折れ曲がり、通路に出た。通路も狭くて不気味なほど静か。 「この突き当たりがグレイス姐《ねえ》さんの部屋《へや》だす」  通路には、三つ木の扉《とびら》があった。ゾロのいう突き当たりの扉が一番大きい。 「グラマーな美女かぁ…楽しみでもあるな」  クレイねぇ。そんなこといってられんのも、今のうちだからね。  えへん、と軽く咳払《せきばら》い。スーハー深呼吸した後、ゾロが扉をノックした。  しばらくの沈黙。  やがて、扉のすきまから白いゴーストが半分だけ顔を出した。モヤモヤした白い蒸気にリアルな目鼻口だけが浮かんでいる!  きゃぁ! という叫び声を自分の手でふさぎ、うしろの人の肩をつかんで、またギョッとした。だって、うしろにいたのって……スケルトンのピンだったんだもん! ピンはカクッと首を傾《かし》げた。 「ゾロか。どうした。なんの用だ?」 「門番のゴースト、どないしたんや!」 「ん? いなかったか?」 「おかげで、えらい難儀《なんぎ》したわ」 (おめぇーがなにやったよ!)  トラップが小さな声でつぶやいた。 「まぁ、ええわ。急ぎの用やさかい。姐さん、いはるか?」 「いらっしゃるけど…機嫌《きげん》悪いぞ」  ゴーストが低い声でいった。 「そうとう悪いんか?」 「いや、まぁ中の上くらいだな」 「それやったら、いつものことや。ちょっと紹介したい人たち連れて来たよって」  ゴーストはスゥーツと腰まで出てきて、チラッとわたしたちを見て。またヒュッとひっこん だ。今度は目しか出していない。 「人間じゃないか!!」 「そや。今、そこにも人間いはるやろ?」 「ああ、あの大男か」  ノルだ! 「その人、わたしたちの仲間なの。無事《ぶじ》?」  わたしが声をかけると、ゴーストはギョッと目を見開き扉《とびら》のなかに引っこんでしまった。 「あらら……」 「あのゴースト、レビゆうて。グレイス姐《ねえ》さんの召使いなんやけど。人見知りが激《はげ》しいんだすわ。特に初めての人とはよう口きかれしまへん。戦闘には向きまへんな。ま、そやさかい召使いにしよるわけだす」 「そうだったの…悪いことしちゃったわね」 「ほんまは、ごっつー気のええやつだす。気ぃ悪うせんとくれやっしゃ」  しかし、すぐにまたそのレビが現われた。こっちをチラチラ見てはゾロに何かゴソゴソ耳打ちをし、すぅーっと扉のなかに消えていった。 「グレイス姐さん、会ってくれはるそうだす。くれぐれも怒らさんよう、気ぃつけとくれやす。怒らしたら……わて、責任持ちまへんさかい」  大きく口を開けて欠伸《あくび》しているトラップ以外の全員。神妙《しんみょう》な顔でうなずく。  すると、ピンが口に手をやり何かを吹く動作をした後、左右を指さしたり敬礼したりした。  例のごとく、どーんとゾロがどつく。 「アホ! そら『駅員』やがな。わてのゆうとるのんは『責任』や! ボケッ!」  なんだかなぁ……。    STAGE 5        1  ふわああぁぁ……。  レディ・グレイスの部屋《へや》は、地下だというのにけっこうな広さ。太い円柱がドンドンと立ってたりして、さすがはゾロたちを仕切るボスの部屋というかんじだった。  白いゴーストたちがフワフワと忙しそうに働いている。  その奥、なだらかな階段が三段。ゆったりしたカーブを描いていた。レディ・グレイスは、そのさらに奥にいるらしい。 「らしい」というのは、こっちから見えなかったから。高い天井《てんじょう》から白くて薄い布が幾重《いくえ》にも重なり優美にたれさがっている…その奥にいたのだ。  ただ、飾《かざ》りというとその布以外なく。他はゴツゴツした石の壁だけ。全体がモノトーンで統一されていた。 「ほなら、行きまひょ」  ゾロがわたしたちをうながし、前かがみにチョコチョコと歩いていった。 「ノル!」  布の奥もかなり広い。  大きくてゆったりしたソファーにノルが腰かけ、その横に彼女がいた。 「パステル……」  なさけない声のノルは、ほっとしたような困ったような表情。  レディ・グレイスはさっきの衣装《いしょう》のまま、片手に小さなバーベルをふたつ持ち、上げ下げしながらわたしたちを横目で見た。 「ノルを返してください!」 「やだね」 「な……」 「だいたい、あたしはあんたたちを呼んだ覚えはないよ」 「へぇ、実はその……わてが……」  ゾロが手をもみつつ、前に出ようとしたが。  ビシィッッッ!!!!  ひょぇえー!  どこにあったのか、長いムチがゾロの足元に飛んできた。  ゾロはあわててひれふした。 「ゾロ、おまえ裏切ったな」 「そ、そんな…そうじゃないんですわ…話を聞いとくれやす」 「誰が口をきいていいといった!」  ドス、ドス!  レディ・グレイスは立ち上がりバーベルを放り投げるや、ムチをビシビシゾロの背中に浴《あ》びせかけた。  ゾロの背中がボロボロになっていく!  ピンがゾロをかばおうとしたが、そのピンもムチにやられバラバラになってしまった。 「ちょ、ちょっと待ってください。わたしたちが頼《たの》んだんだから」  わたし、もう夢中《むちゅう》で飛び出した。  ヒュンッッ!!  きゃっ! ムチが……。  しかし、ムチはわたしではなく、わたしの前に立ったクレイの腕を直撃《ちょくげき》した。  レディ・グレイスは皮肉っばく笑い、クレイの頬《ほお》をペタペタ叩《たた》いた。 「ふん、それがあんたら人間お得意の友情かい。泣かせるねぇ。いいだろ。たっぷり、その友情とやらを楽しませてもらおうじゃないか」  すっとムチをふりあげようとした、その手首をクレイがつかんだ。  レディ・グレイスとクレイはほぼ同じくらいの身長だ。  鼻と鼻をつきあわせ、にらみあった。 「けっ、やだやだ。年増《としま》のヒステリーってのは。あんた、更年期障害《こうねんきしょうがい》じゃねーの? 命のママAっての、飲んだら? あれ、効くって話だぜぇ」  トラップが腕を組んだままへラヘラ笑った。  ピシッ……。天井《てんじょう》から音がした。  見上げると、一本の亀裂《きれつ》が走っている。パラパラ石のカケラが落ちてきた。 「うあわああああああああ……!」  レディ・グレイスの手首をつかんだクレイが叫ぶ!  見ると…な、なんなの!?  ウソでしょ。  クレイがつかんでいるのは、レディ・グレイスなんかじゃない。  あ、あ、あれは…あれはわたしのたったひとりの肉親、父の母、つまりおばあさま。生まれ故郷ガイナより少し離《はな》れたゲインズヒルという街《まち》に住む……。  あ、あ、そうだ!  これは幻覚《げんかく》だ。  キットンのモンスターポケットミニ図鑑《ずかん》にあった、あれだ。見る者のもっとも嫌いなもの、苦手なものに化身《けしん》するという。  トラップの一言がレディ・グレイスを本気で怒らせてしまったらしい。  で、でも……おばあさまがわたしにとって、もっとも嫌いでもっとも苦手なものなの!?  そりゃ、もちろん。とても厳格《げんかく》でとりつくしまがなくって、苦手なことはたしかよ。それが原因でわたしは孤児になったとき、冒険者《ぼうけんしゃ》になろうと決心したんだから。でも、でも、それにしたって!!  グレーの長いショールをはおった祖母が、それと同じ色の冷たい灰色の目でわたしをにらんだ。ゆっくり口を開け、いや、どんどん裂《さ》けて……。  や、やだぁぁぁぁぁぁ——!!  その口のなかから、ヌメヌメした長い舌が伸びてきた。それはやがて、ツノをはやした大きなナメクジになって、わたしの顔にペトリとくっついた! 「ぱぁーるぅー! トンジャンだおぅ! でっかいトンジャンだおう!」  ルーミィがシロちゃんを抱きしめたまま、泣きながらわたしにしがみついてきた。 「ルーミィには、トンジャンに見えるの?」  ルーミィ、涙でベショべショになった顔でウンウンうなずいた。シロちゃんが心配そうに、その顔を見上げる。  トンジャンっていうのは、ちょっと苦い野菜。長細いウリみたいなんだけど…あ、そうそう。この城に入る前に食べたお弁当に入ってて、ルーミィが吐きだしたやつ。 「パステルおねーしゃん、熱いの、吹くデシか?」 「あ、いいのいいの。シロちゃん、ちょっと待ってて。お願いすることになるかもしれないけどね」 「わかったデシ」  シロちゃんが黒い目をクルクルさせた。あ、あれ? シロちゃんの目…緑色じゃない。シロちゃんの目は、危険を察知《さっち》すると緑色に変わるのに。もしかして、彼女は敵じゃないの? 「ひょ、ひょぇぇー! じーちゃん! おれが悪かった」  トラップが円柱にはりついてる。  そっか…トラップにとっては、例の何より怖《こわ》いという盗賊《シーフ》のおじいさんに見えるんだ。わたしは、なんとなくホッとした。だって……。いくら苦手とはいえ、肉親の祖母のことをそんなふうに考えていただなんて、こんな形ではっきり示されたのはかなりショックだったんだもん。  キットンもノルもそれから、トマスも。彼らにとっては、なんに見えているのかはわからないけど。みんな何ものかにおびえていた。  と、とにかく。なんとかしなきゃ!        2 「そうだ。キットン! 弱点はないの? ティラリスの」  わたしが叫ぶと、キットンはあわててモンスターポケットミニ図鑑《ずかん》を取り出した。 「あ、んと……よかった。さっきシオリをはさんでおいたんだ……弱点、弱点ね」 「キャァアァァァ———!」  祖母の頭が、今度は巨大なデコレーションケーキになって迫ってきた。 「あ、なんだなんだ。ティラリスはですねー。ふつうの直接|攻撃《こうげき》でダメージを与えることが可能で。特にソードでの攻撃が有効だそうですよ。姿に惑《まど》わされるなって書いてありますぅ!」 「そっか。そうだってよー、クレイ!」  しかし、クレイ。まっ青《さお》な顔で棒立《ぼうだち》ちになったまま動けないでいる。 「クレイ…?」  ルーミィを誰かに任せようと見回したが、みんなそれどころじゃない。オタオタしちゃって恐慌《きょうこう》状態《じょうたい》。困っていると。いつのまに再生したのか、ピンがわたしの肩を叩《たた》いた。 「ね、あなたには何に見えてるの?」  ピンは両手を広げ、ちょっと肩骨をすくめた。 「もしかして、あなたたちにはさっきのレディ・グレイスにしか見えないわけ?」  ウンウンとうなずくピン。 「そっか…。ま、いいわ。じゃ、ルーミィをお願いね。ルーミィ、ピンのそば離《はな》れるんじゃないわよ」 「わかったおう!」  ルーミィはピンのアバラ骨をつかんで、まだシクシクやってる。そのルーミィの頭をピンがなでてくれた。  だいじょぶそうだな。  わたしはひとまず安心して、クレイのほうにかけよった。 「クレイ、何に見えてるの?」  彼の背中に手をかける。クレイったら、小刻《こきざ》みに震《ふる》えていた。 「何に見えてるか、知らないけど。それ、幻覚よ。ティラリスはソードでの攻撃《こうげき》が効《き》くんだって。ねぇ、しっかりして!」  両腕をつかんで、グイグイゆすった。 「あ、ああぁぁぁぁ……」  クレイはハッとわたしを見たが、頭を抱《かか》えこみその場にうずくまってしまった。 「しっかりしてよぉ! 頼《たよ》りはクレイ、あなただけなのよ」  そ、そりゃ、いざとなればわたしだってショートソード持ってるんだし。立ち向かっていったっていい。でも、でも今回の冒険《ぼうけん》、クレイあんなにがんばってたじゃない。いつも貧乏クジ引いて、まともに戦うチャンスすらなかったのに。さっきだって、わたしをかばってくれたじゃない! いったいどうしちゃったっていうのよ。  クレイ、ごめん!  わたしは彼の頬《ほお》を叩《たた》いた。  呆然《ぼうぜん》となるクレイ。そして、一瞬《いっしゅん》だったけど。わたしの肩におでこをくっつけて、何かつぶ やいていた。 「え? なんていったの?」 「いや、いいんだ……」  ちょっと弱々しく笑って。ギュッとわたしの肩をつかみ、立ち上がった。  ロングソードをスラリと抜《ぬ》く。  グレーのショールをはおった、ナメクジトッピングの巨大なデコレーションケーキが後ずさる。 一歩一歩、ゆっくり近づくクレイ。 「もうだまされないぞ」  さっとロングソードを上段にふりかぶったとき。 「ちょ、ちょっと待っとくれやす!」  ゾロがデコレーションケーキの前に転《ころ》がり出て、両手を広げた。 「ゾロ、そこをどけ!」 「いんや、そういうわけにはいきまへん! この姐《ねえ》さん、短気なところはおまっけど、そやけど、わてらのボスだす!」  歯をくいしばって、飛び出した目をさらに大きくしたゾロがドンと前に倒れた。 「ゾンビに助けられるとはな。あたしも落ちたもんだ」  あ、あら……。  レディ・グレイスが元の姿になっている。 「グレイス姐さん!」  長くうねる黒髪《くろかみ》をさっと肩にかけ、レディ・グレイスがきまりわるそうにゾロを見た。 「用があるんだろ。早くいったらどうだい」 「あ、へぇへぇ。すんまへん。いいますいいます!」  ゾロはわたしたちをふりかえり、すまなそうな顔をした。ここはひとつこらえてくれ…という顔。  なんにせよ、一応はおさまったんだ。  みんなヤレヤレという顔で、もどってきた。  ったく。トラップったら、しっかり一番遠くまで逃げてたんだもんなぁ。 「ほんじゃま、用件だけ単刀直入《たんとうちょくにゅう》にいいまっさ。例の件……、あれなんだす」  ゾロが声をひそめていうと、レディ・グレイスの片方の眉《まゆ》がピクッと上がった。 「例の件!? と、いうと。このまぬけな…このいかにも幸せそーな、レベルも低いこいつらに!?」  ……あのねぇ。  なんの件だか知らないけど。 「ま、レベル的にはちょっとばかし不安なことは不安でっけどな。そやけど、こういう作戦に一番|肝心《かんじん》なんは、信用でけるやつかそうやないか。これやないか思いますねん」 「うーむ」 「わてらにとっても、イチかバチかのカケや。そやけど、姐さん。この人たちやったら絶対信用できまっせ。それはわてが保証《ほしょう》しま」  レディ・グレイスはわたしたちをグルリと見回した。 「まぁ、こいつらにだまされるようじゃ、おしまいだろうしな」  なんか、持ち上げられてるのか、けなされてんのか。 「わかった。どうせ、そろそろあたしの堪忍袋《かんにんぶくろ》も切れかかってたんだ。その案、のった」  ゾロはパンッと手を叩《たた》き、 「さすがはわてらのボスや。決断が早い」 「ちょ、ちょっと…待ってよ」 「おいこら、勝手に話進めるなよな!」  わたしとトラップをゾロは片手で制した。 「今、話しまっさかい……」  ゾロの話というのが、これまた奇想天外《きそうてんがい》。んな話、聞いたこともない…おいそれとは信じられないという内容だった。        3 「まず、お聞きしまっけど。あんさんがた、なんでまたここへ来はったんだす? いや、どうやってこの城のこと、知りはったんだす」 「そ、それは……」 「こいつと、このクレイがだな。見てわかるとおりのお人好しだったからさ」 「トラップ!…いや、そのね。わたしたちが住んでる村で、ある冒険者《ぼうけんしゃ》に出会ったの。彼、行き倒れ寸前でね。んで……」 「ここのことが書いてあるシナリオを買いはったんだっしゃろ?」 「そそ! そう。どして知ってるの?」  ゾロは「やっぱり」という顔で、レディ・グレイスを見た。彼女はまたバーベルを上げ下げしっつ横目でこっちを見ている。 「さっき二階で、わてらを操《あやつ》ってるんは誰やゆう話してはりましたなぁ」  ゴーストが、わたしたちにお茶を出してくれた。幸い、蜘蛛《くも》茶《ちゃ》ではなく香りのいい紅茶だった。 「わてらをこの城に呼び寄せ、縛《しば》りつけたんは…実は……」  ゾロがグッと身を乗りだし、わたしたちを見回す。わたしたちも身を乗りだした。 「あ痛……」  うしろからレディ・グレイスが長い煙管《きせる》でゾロの頭をコツンと叩《たた》いた。 「もったいつけずにさっさと話せ! 時間がないぞ」  ゾロは頭をスリスリなで、 「へぇ、すんまへん。ついつい……」 「んで!? 実は誰なの!?」  ゾロはさらに声をひそめていった。 「……実は、この『城』なんですわ」 「城ぉぉぉ——!?」  わたしたちは全員声をそろえて叫んだ。  ゾロたちアンデッドが各所から呼び寄せられたのは、今から半年ほど前のことだったそうだ。  そして、レディ・グレイスが彼らアンデッドたちのリーダーに就任《しゅうにん》。城からいわれたのは、ここに来る人間たち(もちろん他の種族もいたが)の生命エネルギーを吸いとり、城の中枢《ちゅうすう》部《ぶ》にもってくること。  そうなんだ。信じがたいことだけど、この古城、これ自体が生きている! というのだ。半年ほど前は、まだこの城も今の三分の一ほどの大きさしかなかったそうだ。人間たちの生命エネルギーによって今の大きさに成長したんだという。ただ、城は自分で人間を襲《おそ》うことができない。だから、アンデッドたちを召還《しょうかん》したというわけ。  城と直接話ができるのは、レディ・グレイスひとりだそうだ。 「で、その中枢部っていうのは?」 「塔《とう》の最上階」  レディ・グレイスが苦々しくいった。 「日に一度、一日のあがりを持っていくわけさ」  あがり……ねぇ。 「あっ、村長さんの話!!」  キットンが叫んだ。 「村長?」 「サバドの村長さんがですね。ここの最上階にある青い球を打ち崩《くず》せば、財宝が隠《かく》された秘密の部屋《へや》の鍵《かぎ》が開くと教えてくれたんですよ」  レディ・グレイスがす——っと息を吸いこんだ。 「その村長、さてはこの城の秘密を知ってるな」 「と、いいますと?」 「たしかに、最上階には青い球があるよ。それが城の中枢だからな。あたしが、あの壷《つぼ》に」  と、あごでクイッと横を指した。  そこには立派な台座があり、大きなフタつきの青い壷が置いてあった。 「あれに、ここにやってきた旅人や冒険者の生命エネルギーを入れて、その青い球のところまで持っていくのさ。話をするときも、あの青い球が振動して声を出すからな」 「っていうことは!」 「あぁ、その村長、どうしてそんなことを知ってるのか知らないが。あの青い球を破壊《はかい》できれば、この城をやっつけることもできると思う」 「そういえば、あの村長、やけにおびえてたな。この話は絶対に城のなかで話すなって」 「それじゃ、ますますこの城が生きていることを知ってるってことになる。何か弱みでもにぎられて、おどされてるんじゃないのか……」 「で…? 察するところ、あなたがたはこの城をやっつけたいわけですね?」  キットンが聞くと、彼女は持っていたバーベルを打ちおろし、そばの小テーブルを叩《たた》きこわした。そして、ワナワナとふるえる手を握《にぎ》りしめ、おなかの底からしぼりだすような声でいった。 「もう…ウンザリだ! こんな生活…‥。あたしも甘かったよ。こんな城の口車に乗っちまって。ハン! 何がおもしろおかしく暮らそうだ? 協力をするだ? 最初の約束じゃぁ、立場はフィフティフィフティのはずだった」 「ふふてぇふふてぇ?」  レディ・グレイスがギラッと顔をあげる。  まだピンにダッコされてたルーミィが突然かわいい声をあげたのだ! こっちはもービックリしたなんてもんじゃない。わたしはあわててルーミィの口をふさいで、ヘラヘラ笑ってその場をとりつくろった。 「とにかく、話がちがってたわけさ」 「ふっ、甘いな。うまい話にゃ裏があるって…これ、おれのじーちゃんの口癖《くちぐせ》ね」  ったぁ、ったたた! トラップぅぅー!  しかし、レディ・グレイス。怒りもせず、ふっと息をついた。 「あんたのいうとおりさ。フタを開けてみりや、リーダーなんて名ばかり。ていのいい奴隷《どれい》頭《がしら》さ。最近じゃぁ、上前《うわまえ》をはねるだけじゃ飽《あ》きたらず、内職仕事までさせやがって」 「内職仕事?」 「なんに使うか知らないが、紙を買ってこさせてな。箱を作れといいだしたんだ」 (そらもう、なさけない話ですわ。わてらゾンビやスケルトンが部屋《へや》に集まって、セッセと箱作ってるんでっせ。何が悲しゅうて、そんなことせなあきまへんねん)  ゾロがわたしにささやいた。すっごく悪いけど、想像するとなんか笑える。 「でも…どうして、あなたほどの人が逃げ出せないんですか? いや、どうしてレディ・グレイス、あなたがその青い球を破壊《はかい》しないんですか?」  トマスが聞いた。  そうだよな、ほんと。どうして、そんな城のいうことをおとなしく聞いてんだろ?        4 「残念ながら、アンデッドのあたしらには壊《こわ》せない。それに、あいつはね。生きてないものに途方《とほう》もない『恐怖《きょうふ》』を与えることができるんだ」 「生きてないもの?」 「そう。だから、この城にはアンデッドしかいないだろう?」  あぁ、そうか。なるほど!! 「あんたらには感じないだろうけど、この城にいるアンデッドたちはみんなあいつにおびえてるんだ。あいつに刃向《はむ》かったが最後、えもいわれぬ恐怖が待っている。すでに死んでるあたしらに、死ねないこと以上の恐怖があるとは思わなかった」 「その恐怖とは?」  と聞いたトマスの顔をレディ・グレイスが見る。 「………思い出したくもない!!」  彼女はゾッと身震《みぶる》いして、両手で頭をかかえこんだ。彼女に代わってゾロが遠慮《えんりょ》がちに話しだした。 「なんや、適当な言葉、見つかりまへんけどな。頭を万力《まんりき》でしめつけられたあげくに錆《さ》びた鉄《てつ》串《くし》でグリグリ引っかきまわされたような、そらもう恐ろしいなんちゅうもんやおまへんでぇ。はっきりゆうて。頭だけやない。体中がゾクゾクしてきよりますんや。足もすくんで、よう立ってられしまへん。しかも……」 「もういい! 充分《じゅうぶん》だろ」  レディ・グレイスが青ざめた顔をあげ、トマスを見た。 「あんたは、あのドーラたちやレイスたちを地に還《かえ》した僧侶《クレリック》だね」 「そ、そうです」 「あたしは、その話を聞いて心底《しんそこ》うらやましかったよ。ゾロ、あんたもそうだろ。あんた、こいつらに賭《か》けてみようって気になったのも、ドーラたちの一件があったからなんじゃないのか」  ゾロは神妙《しんみょう》な顔でうなずいた。 「あたしだって、何度もこの地獄《じごく》から脱出《だっしゅつ》しようと思ったかしれない。でもね、城の許しなしには自由に出入りすることもできないんだよ。なさけない話だが、壁を自由に通りぬけるゴーストたちだって、この城からは一歩も出ることができない。  あたしはね、ずっと自由に暮らしてたんだ。それが、ふっと気が弱くなったんだろうな。あいつの口車に乗ったのも、それが証拠《しょうこ》さ。でも、わかった。自由がなによりだよ。たとえ死ねなくっても、財宝なんかなくっても。自由さえあれば、まだましってもんだ」  彼女は、なくしてしまった自由を見つめるような、そんな違い目をした。 「おっと、それだ。それ、財宝だよ!」  トラップがひらりと椅子《いす》を飛びこえ、彼女の前に立った。 「なぁ、メハマッドの財宝の話なんだけどさ」  レディ・グレイスは頬杖《ほおづえ》をつき、ニヤニヤ笑いながらトラップを見上げた。 「あんたのじーちゃんの口癖《くちぐせ》だったんじゃないのかい?」 「あ?」 「うまい話にゃ裏がある」 「あ…んじゃ……」 「そうさ。ハハハハ、メハマッドの財宝? そんなのは作り話に決まってるだろ。そういやぁ、欲に目が眩《くら》んだ冒険者《ぼうけんしゃ》たちがワサワサ押しかけてくれるってぇ寸法さ」  城が大きくなればなるほど、生命エネルギーの消費量も大きい。最初はふらりと迷いこんだ旅人とかで間に合っていたのがじきに足りなくなった。そこで、財宝だのの作り話をでっちあげ全国にバラまいたんだという。  あの冒険者の、人の良さそうな顔を思いだした。 「じゃ、あの行き倒れ寸前だった冒険者は……まさか」 「あぁ、あれか。いや、あいつらはれっきとした人間さ。めぼしい冒険者や旅人にあたしがちょっとコナかけてね」 「コナ?」 「チャームの魔法《まほう》さ。あいつらに外の用事をさせてるというわけ。ははは、あんたたちもとんだ骨折り損だったね」  しかし、トラップは大してがっかりもせず、ポンポンと膝《ひざ》をはらった。 「そっか。やっぱりな。んなこったろーと思ったぜ。ま、一応確認だけはしておかなくっちゃな。そうとわかれば、んなとこにいる必要もさらさらねぇわけだ。とっとと出口探して帰ろうぜ!」  クルッとうしろを向き、わたしたちにいった。  でも、誰も立ち上がろうとしない。 「なんだよー! おめぇら、いったい何考えてんだ。まさか、こいつらの手助けでもしよーってんじゃねーだろうな」  誰もなんともいわず、トラップを見るだけ。 「おいおいおいおい! 冗談もいいかげんにしろよ。どこにアンデッドモンスターの加勢する冒険者がいるよ。何の得になるってんだ。だいち、敵は城なんだぜ。おれたちが今いる、この城! んな不利な条件でまともに戦えるわきゃねーだろ。パステル、おめぇだって早く帰りたいっていってたじゃねーか」 「でも、トラップ……さっきと今とでは事情が変わったわ」 「事情が変わったぁ? あぁ、最悪な方に変わったんだ。おい、キットン。おめぇのモンスターポケットミニ図鑑《ずかん》に書いてあるかよ、城の攻略法《こうりゃくほう》とかがさぁ」 「そ、そんなものは書いてありませんが……」 「おい、トマス。おめぇの魔法で、城を地に還《かえ》すなんて芸当《げいとう》できるかよ」  トマスは首をふった。 「ったく! ちょっと考えりゃわかることを、なに血迷ってんだ。クレイ、おい!」  でも、クレイはうつむいていた。  トラップ、あなたのいうことはいちいち正論よ。そのとおりだと思う。  でも、でも、なんか……もうこの人たちを、いくらアンデッドモンスターだからって、ほっとけないんだもの。ゾロもピンも、それからレディ・グレイスだって。そんなの、すっごく変だとは思うよ? でも、でもね。もう知り合っちゃったんだもん。事情聞いちゃったんだもん。 「やっぱり、人間にこんなことを頼《たの》むあたしたちのほうがおかしかったんだ」  レディ・グレイスがつぶやく。  クレイが顔を上げた。 「……で、その青い球。おれたちなら壊《こわ》せるんだな?」  彼女は不思議《ふしぎ》そうな表情で、 「あ、…ああ。生きているものなら、壊せると思うが」 「そうか。じゃあ……」 「お、おい! クレイ、待てよ。……そうだ!」  トラップはポンと手を打って、ニッコリ笑った。 「ちぇ、むずかしく考えるこたなかったんだ! な、そもそもだ。基本的におめぇらって地に還って安らかに眠りたいんだろ?」 「それは…そうだが」 「だったら、なにも。んな城を相手に戦うこた、ねぇわけだ。ほら、トマス。まとめてターンアンデッドしたってくれや。な、これで万事《ばんじ》解決」 「まぁ、ちょっとずつ休みながらだったら、できなくはないですが」 「いいんじゃない? それくらいだったら待っててやるさぁ。うーん、われながら、なんて平和的かつ合理的な解決だ。あ、そそ。ついでに出口を教えてくれよな」  トラップはひとり明るくテキパキと指図《さしず》なんかしていた。  クレイは、そんなトラップを見ていたが、 「よし。じゃ、ここはトマスにまかせて、おれたちは塔《とう》へ登ろう。トマス、無理《むり》するんじゃないぞ。後で会おう。そうだ、レディ・グレイス。塔までの行き方を教えてくれないかな」  そういって立ち上がった彼の胸ぐらをトラップがつかんだ。  クレイはその手をつかみかえし、 「今いるアンデッドがいなくなっても、また他《ほか》のアンデッドを呼び寄せるに決まってる。この城があるかぎり、犠牲者《ぎせいしゃ》は増えるだけなんだよ。分《ぶ》が悪いのはわかってるさ。でも、ここで退《たい》散《さん》しちまったら、おれたち冒険者《ぼうけんしゃ》になった意味がない」  トラップはグッと力をいれクレイをにらんだ。気まずい空気がさっと広がった。しかし、トラップはクレイを、ポンッと軽く突きとばし、 「ケッ、おめぇとコンビ組むと決めた日に、もうあきらめてたはずなのにな……」  ポリポリと頭をかいた。 「わぁーったわぁ——った! 行きゃぁいいんだろ? 行きゃぁ。そうと決まったら作戦を練《ね》ろうぜ。いっくらおめーのお人好しにつきあうったって、犬死だけはまっぴらだからな」  クレイはこッコリ笑った。 「おれだってまっぴらだ」        5 「じゃ、わたしはここで彼らをターンアンデッドしています。終わったら、後を追いかけますが……しかし、全部で何人くらいいるんですか?」  トマスがちょっと不安そうな顔をした。 「へぇ、ちょっと待っとくれやっしゃ。今、帳面持ってきてもらいます」  ゾロが奥に行こうとすると、 「ゾンビが五四人、スケルトンが五九人、ゴーストが七一人、ドーラとレイスは、さっきあんたにターンアンデッドしてもらって、もういないよ」  さっすがボス。レディ・グレイスがすらすらと答えた。 「あ、トマス!!」  人数を聞いて、トマスがよろけた。 「だいじょうぶぅ? そんなにひとりで」 「い、いや……まぁ、なんとか。あぁーっと、それじゃ。そうですね、一度にターンアンデッドできるのは一〇人くらいが限界ですんで、一〇人ひと組に分かれて並んでいただけますかぁ?」  うーん、心配だなぁ。  いやいや、心配なのはこっちのほうだ。この城がどれほどの強敵なのかわからないけど、レディ・グレイスがあれだけおびえてるんだもの。わたしたちの手に負えるものなんだか……。  ま、しかたないやね。  伝令が行ったんだと思う。続々とゾソビやスケルトンたちが詰めかけてきた。みんなうれしそう。あぁ、しかし、たいへんな騒《さわ》ぎだ。 「あ、あのぉ、レディ・グレイス……」  右手にマップ用のノート、左手にルーミィの手をにぎって彼女のほうへ。  ゴーストたちがザワザワとトマスの前で押し合っているなか、歩いている途中《とちゅう》でゾロやピンがやってきた。 「あぁ、ゾロ。それにピン。よかったわね! わたし、心から冥福《めいふく》を祈ってるわ。せっかく知り合いになれたのに、ちょっぴり寂《さび》しいけど」 「ピン、どっかいきゅの?」 「そうよ。ピンはね、これからゆっくりお休みするの」 「やだぁ、やだぁ!」  ルーミィったら、すっかりピンになついてしまったようだ。ピンの足の骨をガタガタゆすった。  ゾロとピンは互いに顔を見合わせた。 「いやぁ、それなんでっけどな。わてらも加勢させてもらおうかと思て」 「えぇ!?」 「やぁ、めんどうなこと頼《たの》んどいて、後は知らん、自分らさえよけりやそれでええっちゅうんじゃ人の道に外れます!」  ピソが手で丸いわっかを作り、目の上にかざした。例のごとく、ゾロがドーンとどつく。 「アホッ! そりゃ『月』やがな。わてのゆうとんのは『道』や!」  次に、ピンは左胸の上でハートマークを作った。  んん!? 今度はなんだぁ? 「……な、なんや、そりゃ」  今度はピン、手をあわせ片方の頬骨《ほおぼね》に押しあてた。 「ドアホ! わっかりにくい……そりゃ『恋』やがな。一字もおうてへんやないけ。共通点ゆうたら、ふた文字っちゅうだけや」  あんまり強くどついたもんで、ピンの頭蓋骨《ずがいこつ》が半分ズレてしまった。きゃっきゃ、喜ぶルーミィ。  で、なんだったっけ…。あ、そそ、そうだ。 「そりゃ、わたしたちはひとりでも加勢が多いほうがいいけどさ。でも、あなたたち、その『恐怖《きょうふ》』、いいの?」 「寝るとき、かける……」  いつのまにかトラップが横に来ていた。わたしは、ドーンと彼をどつき、 「あほ! そりゃ『毛布』でしょ、わたしのいってるのは『恐怖』!」  ゾロもピンも大喜び。 「お——い!」  クレイがやってきた。 「なにやってんだよ。塔《とう》までの行き方、聞いたのか?」 「あ、これから。んじゃ、ちょっと聞いてくる」 「それには及ばないよ」  レディ・グレイスが脇《わき》にさっきの壷《つぼ》をかかえ、ムチを引きずりながらやってきた。 「あぁ、よかった。あのですね、塔の行き方なんですけど……」 「わからない子だねぇ! あたしも行くんだから、その必要《ひつよう》はないっていってんだよ」  え、え、えぇ!?  ポシェットから彫像《ちょうぞう》を出し、ターンアンデッドの用意を始めていたトマスが、その手を止めポカンとした顔でレディ・グレイスを見た。  ビシィィッッッ———ッッ!!  う———ん、いい音!  ムチの音が高い天井《てんじょう》に反響《はんきょう》し、ざわめいていたアンデッドたちが一同静まりかえった。 「あんたたち。きょうまで、よく働いてくれた。もうひと働きしてほしいんだが、どうだい?」  また、ざわめきがおこる。 「静かにおし!」  再び静まりかえる、部屋《へや》。レディ・グレイスは低い声で続けた。 「あんたたち、このまんま地に還《かえ》ってゆっくり眠れるかい? 無念《むねん》じゃないかい? あたしぁ、やだね。あいつにひと泡《あわ》吹かせてからじゃなきゃ」  顔を見合わせるアンデッドたち。 「毎日毎日、あたしたちはこの壷《つぼ》のなかに生命を入れてきたよな。けったくそわるい、あいつにせっせと運ぶために。そのなかには、あんたらの命もあるかもしれない。ありもしない財宝目当てに、この城にやってきた冒険者《ぼうけんしゃ》で命を取られ、ゾンビになった者!」  遠慮《えんりょ》がちに何人かの手があがった。 「あんたら、くやしくないかい?」  彼女がその何人かに聞く。ワナワナと震《ふる》える手を握《にぎ》りしめたゾンビ。くやしそうに泣いているゾソビもいた。 「他のみんなだって同じことだ。死ぬに死ねない理由を思い出してごらんよ」 (グレイス姐《ねえ》さん、いいこといわはりますなぁ……)  隣《となり》にいたゾロが小さな声でつぶやき、鼻をすすった。 「ここにいる冒険者たち……」  と、ノルにチラッと流し目をした。 「彼らが、あたしらに代わってあいつの息の根止めてくれるというんだ。うれしいじゃないか。あたしはね、一緒《いっしょ》に戦うよ」 「おれも戦う!」 「わたしも一緒に行かせてください!」 「このまんまじゃ、腹の虫がおさまらねぇ!」 「こんな城、叩《たた》き壊《こわ》しちまえ!」 「そうだ、そうだぁ!」  次々とアンデッドたちが立ち上がり、口々に叫んだ。 「あんたらなら、そういってくれると思ったよ。よぉーし、者ども。きょうが働き納めだ!」 「オオオオオオオオウウ!!」  アンデッドたちが腕をふりあげる。  カタカタカタカタカタカタカタ……。  これはスケルトンたちが骨を叩きあう音。  レディ・グレイスは持っていた壷を頭上高く掲《かか》げる。力いっぱい床《ゆか》に投げつけると、壷は粉《こな》粉《ごな》に砕け散った。  ヤンヤヤンヤの大喝釆《だいかっさい》。 「す、すげ……」  トラップが口をポカンと開けている。  わたしもクレイもノルもキットンもトマスもおんなじだ。ルーミィとシロちゃんだけは、一《いっ》緒《しょ》になって飛び跳《は》ねてたけどね。        6  これだけの人数、全員が一緒に動くというのは合理的じゃない。それに、できれば城に気づかれないにこしたことはないという、ゾロたちの提案《ていあん》により、ひとまずさっきの二階の部屋《へや》へと、わたしたち、それからゾロ、ピン、レビ、レディ・グレイスの四人が移動。ここを作戦本部とし、他のアンデッドたちは各自持ち場にもどって待機《たいき》。作戦の伝令はこれまでどおり、ゴースト部隊が受け持つことになった。 「しかしですね、今、こうして話してること自体、城に聞かれてるんじゃないんですか?」  キットンが聞くと、ゾロが手をふった。 「そりゃ、だいじょうぶでんねん。今は、寝てはりまっからな」 「寝てはる!?」 「へぇ。この城、よう寝はるんですわ。しかも小刻《こきざ》みに」 「でも、どうして今寝てるってわか…ああぁー!」 「あ——、あの鐘!」  キットンもわかったようだ。  ゾロはニコニコした。 「そうでんねん! あの鐘、あれが合図《あいず》だす。二回鳴ったら、起きたぁっちゅう合図。一回鳴ったら、これから寝るよって静かにせいっちゅう合図。この城はん、神経質《しんけいしつ》やしてな、わてらがドッタンバッタンやってると寝てられんちゅうて。寝てる間は人を襲《おそ》わないよう、きつういわれてるんですわ」  あぁ、そうか。 「道理で、パタッとモンスターが出てこなくなったわけだ」 「でも、んなに神経質なら、さっきの騒《さわ》ぎで起きたんじゃない?」 「あぁ、平気だす。さすがに地下でっしゃろ? グレイス姐さんの部屋ではいくら騒いでも聞こえしまへん。まぁ、起きてはる間は別やけど」 「しかし、もうそろそろ起きてもいい時間だな」  レディ・グレイスがいった。 「どうしよう!?」 「戦うフリをするしかないですねぇ」  と、キットンがいうかいわないか。  ゴォォォォ————ォォンンン……!  ゴオオォォォ————ンンン……!!  鳴った!  二回だ。  わたしたちパーティも、ゾロ、ピン、レビ、それからレディ・グレイスも息を飲んだ。  城が起きたんだ……。  そう思って見ると、石壁も天井《てんじょう》も扉《とびら》や椅子《いす》さえ生きているように、そしてこっちをジロジロと監視《かんし》しているように感じる。 「あ…!」  トラップがわたしの腕をつっついた。 (なに、やってんだよ。戦うフリすんだろ?) (そっかそっか!)  やおら、かなりワザとらしかったが。 「でぇぇぇ——い!」 「ちょぇ——っす!」 「かかってこーーい!」 「えい、やぁデシー!」  わたしたちはゾロたち相手に戦うフリを始めた。 (ほなら、すんまへんけど……)  ゾロたちも懸命《けんめい》に襲《おそ》うフリをしている。 「でぇ——い!」 「あたたたたたたた……! イテッ!」  ゾロを相手にして少林寺拳法のまねごとをしていたトラップの背中にレディ・グレイスのムチがあたった。 (い、いてぇじゃねーかよぉ!〕 (あぁ、悪いな。もうあたしも年だから、手元が狂って狂って) 「イテ、イテ、イテテ!」  ピシピシ、ムチがトラップの足元に。ありゃ、完壁《かんぺき》ワザとだな。        * 「だあぁぁぁぁぁぁぁ……」 「やっと寝たのかよ……」  次に鐘が一回鳴ったのは、どれくらい経《た》ってからなんだろ。  たぶん、二、三時間は経ってるよぉ。  その間、ずーっと戦うフリ、襲《おそ》うフリでしょ。  わたしたちもゾロたちもヘトヘトになってしまった。 「今のうちだな、作戦を立てられるのも」 「作戦ゆうても、とにかく城が起きてはるときは、さっきみたいに戦うフリして、だましだまし上行くしかありまへんやろな」 「そうですね。どこまでだまし通せるか、それが問題ですね」  トマスのいうとおりだ。万が一、城にバレてしまったら!! 「いや、そうなったらなったときのことさ。こっちは多勢だ」  レディ・グレイスは、も——、やる気まんまん!  ポキポキ手の骨を鳴らしちゃったりして、ストレッチ体操なんか始めだした。 「でも、やっぱり不利よね。だってわたしたち、まさに敵の渦中《かちゅう》にいるんだもん!」 「いや、有利ともいえます。ほら、イチミリ王子の話覚えてるでしょ」  トマスがクスッと笑った。 「ああぁー! あの、小さい王子さまがでっかいドラゴンの体のなかに入って、ツンツク剣でつっついて、お姫さまを救った話ね?」 「そうそう。あれですよ。ぼくたちはまさにイチミリ王子の集団なわけです」 「そう考えると、なんか有利に思えてくるな」  と、クレイ。 「イチミり王子に、イチミり盗賊《シーフ》。イチミリゾンビかぁ?」  トラップはゾロの肩に手をかけた。ゾロは目を細め、にやらぁーっと笑った。    STAGE 6        1 「ふぁぁーるぅ、ルーミィ…おなかペッコペコらおうぅふぁぁ……」  ルーミィがあくびをしながらいった。  たしかにおなかもすいたし眠たい。それに体中が痛い。 「あらら、もう明け方じゃない」  鉄格子《てつごうし》のはまった小さな窓から、白々とした光が差しこむ。  たしか…四時間くらいは寝てるんだっけ。でも、ふだん八時間はたっぶり寝ているわたしたちにとっては、中途半端《ちゅうとはんぱ》なだけ猛烈《もうれつ》に眠い。  今までは緊張感《きんちょうかん》で忘れていただけで、「眠くって当然」と思っただけで、もうまぶたが断固《だんこ》主張しはじめた。 「な、なにやってんだ、おまえたち!」 「へ? 食事ですけどお?」  わたしたちが、またジャムつき乾パンにコーヒーを飲んでいると、体操をしていたレディ・グレイスが血相《けっそう》を変えてやってきた。 「これだけ盛りあがって、さぁこれから戦いだっていうのに。なにを悠長《ゆうちょう》な……」 「姐《ねえ》さん、あんまり大きい声出すと城が起きます!」  ゾロが彼女を押さえた。 「腹が減っては戦《いくさ》もできないってね…ふわぁーう」  床《ゆか》に寝そべって乾パンをポリポリ食べてたトラップが、大あくびをした。 「まぁ、そうかもしれないが。それにしても…こら! そこ、そのボサボサ頭!」  声はグッと小さいが必死《ひっし》な口調《くちょう》でキットンを指さす。キットンったら、乾パンを持ったまんまひっくり返って、グーグーいびきをかいていた。 「ふわぁーぅ、城が気づかないうちにちょっと体力を回復しておいたほうが…ふわあああ———ぅ、いいんじゃないかふぃら……」  あーあ、だめだ。あくびが伝染して、みーんな大欠伸《おおあくび》。 「だ、ダメだダメだ! どうとりつくろったって、どうせじきに気づくんだ」  彼女、なんかすっごく焦《あせ》ってる。 「どうしてぇ?」 「きのうのあがりを持っていってないからさ!」 「だって、収益《しゅうえき》なかったですっていえば……」 「ダメなんだよ。あの青い壷《つぼ》、あれ壊《こわ》しちまっただろ!?」  だぁぁ……。  みんながシラ——っとレディ・グレイスを見た。 「ったくぅ、かっこつけて後先考えねーんだからなぁ」 「んなこといったって…勢いってもんがあるだろ、勢いってもんが」  彼女、まっ赤な顔になって歯を食いしばっている。ウフフ、なんだかかわいい。 「とにかくそういうわけで、たぶん…だませたとして後二、三時間。その間になんとかしなきゃ」 「しょーがねーなぁ。まぁ、とにかく食事だけはさせてくれよな」 「食事なんか歩きながらできる!」 「んなあぁ」  ううう、三〇分でいい、眠りたいよぉ。 「体力と気力の回復なら、わたしがなんとかしますよ!」  トマスが立ち上がった。  あ、そうか。トマスは守備系《しゅびけい》の魔法《まほう》が使えるんだった。 「といっても、これだけの人数だし。これから何が起こるかわからないから、わたしの精神力も残しておかなくてはいけませんしね。全員を少しだけ回復します。みなさんわたしの回りに集まって、腕をつかんでください」  トマスはポシェットから例の彫像《ちょうぞう》を取り出し、ギュッと握った。  わぁーお! すごいすごい。  なんだかワクワクしてきた。 「おら、キットン。起きるんだ」  クレイがキットンを引きずりあげる。  トマスの回りに全員が立ち彼の腕をつかんだ。ルーミィはノルがだっこしている。 「ほら、シロ。おめぇもこっちこいよ」  まるくなって寝ていたシロちゃんにトラップがいったが、 「ボクはいいデシ。たいして疲れてないデシ」 「なぁーに遠慮《えんりょ》してんだよ。こういうのはな、縁起《えんぎ》もんだ。来い来い」  縁起もん…て。ちょっとちがうような気もするけどなぁ。 「でも、トマスしゃん疲れてしまうデシ?」 「あっははは、いいんだよ。シロちゃん、君ひとりぬけてもそんなに変わらない。おいでよ」 「わかったデシ!」  シロちゃんはトラップの腕にピョンと飛びのり、みんなと同じようにトマスの腕にチョコンと手をのっけた。 「じゃ、行きますよ。みんな、心も休もリラックスしてください。ちょっと、深呼吸《しんこきゅう》しましょうか。吸ってぇー」  スゥゥゥ———ッッ!! 「吐いてぇぇー」  ハアァァァァァァ———ッ! 「吸ってぇー」  スゥゥ———ッッ! 「吸ってぇー」  と、これはトラップ。 「バカ! やると思った」 「でへへへ…やっぱ、そう?」 「シッ、静かに。吐いてぇー!」  ハアアァァァァ——! 「麦の神、ウギルギよ。その力強き生命力を我が手に分け与えたまえ。明日の気力を呼び覚ます力を貸したまえ……」  そういって、足踏《あしぶ》みを始めた。 「さぁ、みなさんも足踏みをしてください。右、左、右、左」  ドカドカとトマスの号令にしたがって、足踏みをする。  トマスが握《にぎ》った彫像《ちょうぞう》から、緑の光と黄色い光が交互に出てきた。  やがて、光はまたたきながらわたしたちをつつみこむ。  あったかくって気持ちいい。  あ、あれぇ?  なんだか気分が晴れやかになってきた。元気もモリモリわいてきたじゃないか! 「しかし、これ。ハタから見たらマヌケだよな」 「トラップったらぁ! まーた、そういうこという!」 「だってさぁ、もしかして……これ、麦踏みじゃねーの?」  トマスはニッコリ。 「そうです! よくわかりましたね」        2 トマスのおかげで、気力体力とも充分《じゅうぶん》。 「んじゃ、塔の上目指して出発進行——!」 「しゅっぱーちゅしんきょー!」 「こっちだ」  レディ・グレイスが今いる部屋《へや》の奥にある続き部屋へと歩いていった。 「こんなとこから塔《とう》に行くんですかぁ?」 「そうだ。まずここのなかにある、ハシゴを降りる」  たいまつを掲《かか》げ、部屋の奥にある暖炉《だんろ》を指さす。 「降りるって……!?」 「塔《とう》の上に行くんですよね?」 「ガタガタいうんじゃない! 上に行くにはまず降りる。これが一番の近道なんだ!」  へっへぇーぃ。  こりゃ、文句をいわず彼女の後をおとなしくついてくこったな。 「じゃ、一応全員カンテラに点火しよう」  暖炉の下をのぞきこんだクレイがいい、おのおのポータブルカンテラに火をともし腰に下げた。 「ちょっとトラップ、手を踏《ふ》まないでよ!」 「おめぇがグズなんだよ! 早く降りろ」  レディ・グレイス、ノルとルーミィとシロちゃん、キットン、トマス、クレイ、わたし、トラップ、ピン、ゾロ、レビの順だ。  暖炉のなかにあったハシゴを降りていく途中《とちゅう》、横穴があった。 「今度はこっちだ」  横穴は小さく、這《は》っていくしかない。 「ノルぅー、平気?」 「う、うぅむ、なんとか…」  ずっと前方からノルの苦しそうな声がした。 「それよかパステル、マッピングしてるか? 万一レディ・グレイスとはぐれちまったら困るからな」 「あ、そだね!」  クレイにいわれ、マッピング用のノートを広げようとすると、うしろのトラップがおしりを叩《たた》いた。 「きゃっ、エッチ!」 「バカ! んなとこで、ノート広げんなよな。出てからやれ」  一〇メートルくらい横穴は続き、ちょっと広い…といっても、わたしたちが並ぶとギューギューという広さの場所に出た。 「今度はここを登るぞ」  まんなかに立ったハシゴをレディ・グレイスはヒョイヒョイと一段抜かしに登っていく。  ルーミィをおんぶしたノルが登ると、ハシゴがギシギシときしんだ。 「トラップ、あんた先に行きなさいよぉ」 「なんでだよぉ」  だって、わたしミニスカートだもんね。 「ほな、わてら先行かせてもらいまっせ」  わたしたちが言い合いをしていると、ゾロ、ピン、レビが先に登っていった。もちろん、ゴーストのレビはひゅぅーっと飛んでいったのだけど。 「こら、なんでもいいから早く来いよ!」  上からクレイの声がした。 「ほーら、とっとと登れよ」 「やだっ!」 「ちぇ、変なやつぅ。あーらよっと」  トラップは軽くジャンプして一番上の段を片手でつかみ、すっとハシゴの間をくぐりぬけ上へ登っていった。  わたしがヒーコラ登っていくと、その頭をポンと叩《たた》き、 「毛糸のパンツなんかはいてんなよなぁ」 「ま、み、見たなぁー!」 「ひゃっはは…色気ねーやつー!」  わたしがトラップを追いかけようとすると、クレイが厳《きび》しい顔でいった。 「おまえら、いいかげんにしろよ!」  ら、らら…。  クレイはそれだけいうと、スタスタ先に歩いていってしまった。  わたしとトラップは顔を見合わせ、小さく肩をすくめた。 「ごきげんななめね…」 「あいつにしちゃ、どーもさっきからシリアスしてんだよなぁ」 「あ、トラップもそう思ってた?」 「そりや、まぁなぁ…。つきあいなげーし」  クレイも水くさいなぁ。パーティといえば家族も同然。なんか悩みでもあるんなら、相談してくれればいいのに。 「ほら、追いつこう。走るぜ」 「あ、待って待って」  ハシゴの上は、長い長い…しかも曲がりくねった回廊《かいろう》になっていた。 一本道だから迷うはずはないんだけど。  でも、迷っちゃった。 「うそぉー! いったい こんなちょっとの間なのに。みんなどこ行っちゃったの?」  行けど行けど誰もいない。いや、みんなの声すら聞こえない。 「さすがだよな、パステル」 「え?」 「いや、さっすが方向|音痴《おんち》。こーんな一本道で迷えるなんて、いやいや並みの人間にゃできねぇ芸当《げいとう》だ」 「なによぉ、自分だっていっしょだったんじゃない!」  わたしが食ってかかろうとすると、トラップがシッとロの前に指を立て、カンテラで前方を照らした。 「あの穴、見覚えねぇか?」  前方にポッカリ穴が開いている。  タッタカ走っていって、 「おーい、やっぱこれさっき登ってきたとこだぜー」 「そ、そんなぁ!」  しかし、どう見ても同じだ。 「そっくりなんじゃない? どうする? 降りてみる?」 「う——む……」  トラップは穴に首をつっこんで、うなっていたが、 「いや、一応|目印《めじるし》をつけて。もうちょっと歩いてみんべ」 「じゃ、これでも貼《は》っておこっと」  ハシゴの一番上に傷バンソウコウをペタッと貼った。  しかし。  結果はやはり最悪。  わたしたちはグルリと回って、また同じ場所に来てしまったのだ。        3  暗く長い回廊《かいろう》にふたり取り残されてしまった、わたしたち。不気味な静けさが襲《おそ》ってくる。心細いことこの上ない。 「ったい…どうなってんだよぉ!」 「それよりクレイたちは、どこ行っちゃったんだろ!? また隠《かく》し扉《とびら》かな」 「いや、それならそこで待ってるだろ、ふつう」 「そうよねぇ……」 「ものは試《ため》しだ。今度は反対向きに回ってみようぜ」  んなことしたって、結果はおんなじだろうけど。まぁ、何もしないよりはいい。わたしたちは今来た道をもどっていった。  そして、やはり結果は同じだった。しかも、なんか気のせいかもしれないけど。前より早く一周してきたようなかんじ。 「万事《ばんじ》休すだな」  と、座りこんだとき。  石壁から白いモヤが出てきた。  ゴーストだ。 「レビ? レビでしょ?」  白いモヤに目鼻口。しかし、何かにおびえているような表情だった。 「……あ、あぁ、ここにいたんですか…うぅ、うう…うわあああぁぁぁ——」  レビが狂ったようにもだえ苦しみだした。 「ど、どうした!?」  トラップがかけよったが、相手はゴースト。つかむことなどできない。 「し、城が…気づいたんです…うああぁぁ、苦しいぃ」 「城が気づいた? だって、まだ起きたって鐘が鳴ってないわよ」 「…ようすがおかしいんで…寝たフリをしていた…みたいです……」 「そ、そんで、他の連中はどこに行ったんだ?」 「…この先にいます…こ、この回廊は罠《わな》です…わ、わたしはそれを伝えに……」  レビははぁはぁと息苦しそうに言葉を切り、力をこめて声をしぼりだした。 「ついて…きて…く、だ、さ、い」  彼の後をついていった。しばらくして、 「…床《ゆか》の色が…ちがってるでしょ」  ほんとだ! カンテラで照らしてみると、たしかにこの先一メートルくらい緑がかってる。 「その石を踏《ふ》むとワープするんです…だから、踏まないように…ジャンプしてみてください」 「せ——のっ!」  トラップが石を飛び越えた。同時に彼の姿が消えてしまった! 「あ、トラップー!!」  わたしは焦《あせ》って叫んだ。 「…さ、さぁ、あなたも早くしないと…ここから出られなくなりますよ。…このワープゾーンの範囲はどんどん広がっているんです。ほら、すぐうしろまで……」 「ええぇ!?」  ふりかえると、すぐ足元まで石が緑色に変わっていた。なんてことだ。 「きゃあぁー!!」  もー、無我夢中《むがむちゅう》。  わたしはありったけの力をふりしぼってジャンプした。  ドッシ——ン。  みごとな尻餅《しりもち》。下が石なもんだから、息ができないほど痛い。  涙がツッツ——ッと出てくる。 「う、ううぅぅ……」 「だいじょぶデシか?」  すぐ目の前にシロちゃんがいた。 「ああぁ、シロちゃん……」  見上げると、他のみんなが心配そうにわたしを見ていた。さっきと同じようなうす暗い回廊《かいろう》。ちがうのはみんながそろっていたこと。 「いったい、どうなっちゃってたの?…イタタ」  おしりをさすりながら立ち上がる。毛糸のパンツはいてて、よかったぁ。 「城が気づいたんだよ」  レディ・グレイスが青い顔でいった。  あぁ、レビがいってたっけ。 「う、う……うわあああああ」  レディ・グレイスが頭を押さえて壁によりかかった。 「頭がわれよる——!」  ゾロもしゃがみこんだ。ピンもレビも同じだ。  わたしたちは、ただオロオロと顔を見合わせるだけ。  そうか。これが彼女のいっていた「恐怖《きょうふ》」なのか。わたしたちにはなんともないから、その「恐怖」がどんなものなのかはわからなかったが。なんにしても彼らの苦しみかたはふつうじゃない。 「だいじょうぶか」  ノルがレディ・グレイスの肩に手をかけた。辛《つら》そうに彼を見上げ、 「あぁ、ありがとう……」  ノルの太い腕につかまった。あのマッチョな彼女がすっかり気弱になっている。 「グレイス姐《ねえ》さん……」  ゾロとピンがお互いの体を支えあって、立ち上がった。 「ここまで来たんや。……もう後戻《あともど》りできしまへん。相手はたかが城やおまへんか。…なめくさりよってからに。これで負けたら、わてら…わてら成仏《じょうぶつ》できまへんで」  ゾロはレディ・グレイスをグッとにらんだ。  彼女はノルの腕からすっと離《はな》れた。そして、両手を握《にぎ》りしめ、 「ク、クソオオオオオ——!……、ゾロ、ピン、レビ!」 「へぇ!」 「はい!」 「こうなったら、もう一回死んだ気になって性根《しょうね》すえて戦うんだ。気力で勝つ! アンデッドの底力、見せてやろうじゃないか。レビ、他の連中に伝令だ」 「はい!」 「塔《とう》の入口に結集せよ。恐怖《きょうふ》に負けるな! と」 「わっかりました!」  レビがすぅ——っと壁のなかに消えていこうとしたとき、トマスが叫んだ。 「あ、ちょっと待って! いい方法があるんです」  レビは体半分壁から出して、目をパチクリさせた。        4 「実は、その『恐怖《きょうふ》』なんですが…。ぼく、少しはやわらげることができるかもしれない。いや、絶対だいじょうぶでしょう。なにせ、ウギルギの魔法《まほう》のなかでも特別のやつですからね」 「恐怖をやわらげる魔法なの?」 「パステル、そうです。正確にいうと、恐怖を根底から消し去る魔法なんですが、なにせとっておきのスペシャルバージョン。きっと彼女たちにも効果はあるでしょう」  レディ・グレイスたちの顔が期待に輝《かがや》いた。 「さぁ、そこに並んでください。ほら、レビ、君もです」  彼らは壁を背にして横に並んだ。  その前に出て、トマスはまたポシェットから彫像《ちょうぞう》を取り出した。 「さぁ、心を安らかにして。頭をカラッポにするんです。今だけは、城のことも何もかも忘れてください。行きますよぉ、目を閉じて…手を胸の前に組んで」  全員がトマスのいうとおり、目を閉じ手を胸の前で組んだ。  トマスは彫像をにぎりしめ、頭上高く掲《かか》げ持った。 「ウギルギよ。恐怖にさいなまれる哀《あわ》れな者たちを救いたまえ。心の平安と日々の暮らしを取りもどすため、力を貸したまえ!」  彫像が赤く光りはじめた。 「さぁ、みなさん。目を開けて、この光を見るんです」  みんなの目に赤い光がキラキラとともった。  トマスは彫像をゆっくりゆっくり左右にゆらした。  みんなそれにつれて左右にゆれる。 「わたしが『ハイ!』といったら、あなたがたの恐怖は消えてなくなります。いいですね…」  トマスは彫像を再び高く掲げ持ち、大声でいった。 「ハイッ!」  はっと我に返るレディ・グレイスたち。  なんだかほわぁーっとした顔で、首を傾《かし》げている。 「さ、どうですか?」 「な、なんやろ…さっきまで頭んなかチェーンソウでぶった切られてるような、そんな感じやったのに」 「う、うん、まだちょっと耳なりはするが、我慢できないほどじゃないな」  わぁぁ———お! すごいすごい。 「よかったね! これで存分に戦えるじゃない」 「よし! じゃ、レビ。このこともみんなに伝えるんだぞ。『恐怖《きょうふ》』を解消してもらえることをな。それまでなんとか我慢しろと」 「はい!!」  すっかり元気になったレビ。すごいスピードで壁のなかに消えていった。 「すごいなぁー、トマスって。わたしたち、トマスみたいな人とパーティ組めて…最高にラッキーだよね。この城に来た一番の収穫《しゅうかく》だわ!」  わたしたちは再び塔《とう》を目指《めざ》して歩きだした。 「財宝はなかったけどな」 「トラップったら、まーだいってる」 「しかし、恐怖を消す魔法《まほう》まで知っているとは!……前に聞いたときは忘れてたんですね?」  キットンがノートを取りだし、鉛筆をなめながら聞いた。  トマスは、 「いや…実をいいますとね……」  すっかり元気になりズンズン前を歩いていくレディ・グレイスたちを見てからささやいた。 (あれ、魔法じゃないんですよ。催眠術《さいみんじゅつ》みたいなもんです) (ええぇー!?) (恐怖というのは、たいがい受ける側の問題なんです。だから、ちょっと暗示をかけたわけで……) (じゃぁ……) (そうです、だからこのことは秘密ですよ)  トマスはそういってパチリとウィンクしてみせた。  う——む。催眠術かぁ……いや、でもなおさらすごいよ。トマスってば。だってあんなときに、さっと機転《きてん》をきかすんだもん!  催眠術でもなんでもいい。あんなに苦しそうなの、とてもじゃないけど辛《つら》くて見てられないもんね。よかったよかった。 「おい、なにをくっちゃべってる! 早くしろ! 今度はここを登るぞ」  うひゃ、おっかな……。 「はぁーい! 今行きますぅ」 「まったく、おまえらは緊張感《きんちょうかん》というものがない……」        5  レディ・グレイスについて上へ登るとそこは、大きな書棚《しょだな》のある書斎《しょさい》だった。しかし、書斎といっても置いてある本などはテンデンバラバラ。『わたくしたちとロンザ国』、『レタスの栽《さい》培《ばい》と害虫|駆除《くじょ》』、『彼と着るセーター』、『武器と防具百選』、『かしこい主婦の家庭医学』、『金色の森のソーサラー』、『マンガで学ぶ税金対策』、『みるみる上達・らくらくペン習字』、『魔《ま》法《ほう》物語』、『ドリルで復習・算数五年生』、『幾何学《きかがく》的美学の混沌《こんとん》と単純』、『フィッシャー家の惨劇《さんげき》』……。  小説家のはしくれである、わたしとしては読んでみたい本もけっこうある。まぁ、ぜんぜんお呼びじゃないのも多かったけど。 「いったい誰がこんなものを集めたんですか?」 「あ? あぁ、それか。例の、あたしがチャームの魔法をかけた冒険者《ぼうけんしゃ》たちに持って来させたのさ。一応人が住んでたっていうふんいきにしなきゃいけないっていうんでな」  ふーん、だからこんなに無茶苦茶《むちゃくちゃ》なのね。  一冊手に取ってみる。  あらら、これ、古本屋で買ってきたのね。うしろに古本屋の価格が乱暴《らんぼう》に殴《なぐ》り書きされてあった。 「ほら、そこどいて!」 「あ、はいはい」  レディ・グレイスは書棚《しょだな》の右端に立ち、一冊の大きな本を取りだし一段下の段に入れた。 「さぁ、行くぞ!」  わぁーお!  彼女が書棚の一部を両手で押す。すると、どうだろ。壁面《へきめん》いっぱいの書棚がグググ——ッと左右に開いていくではないか!  こういうのって子供の頃読んだミステリーかなんかの定番《ていばん》よね。なんかうれしくなってきちやう。  やぁ、すごいすごいと、そのなかに入っていこうとしたときだ。 「キャァ!」 「うわわったたた……!」 「ウギャッギャ!」  本が勝手に飛んできた!  本だけじゃない。机も椅子《いす》もすごい勢いで床《ゆか》を滑《すべ》ってきた。 「あうっ!」 「トマス!」  トマスが机に挟《はさ》まれた。  ノルがグイッと机を押しもどす。やっとのことで転《ころ》がり出たトマスをクレイが抱《かか》えあげる。 「ルーミィ、危ない!」  と、わたしが叫んだときにはピンがルーミィの代わりに吹っ飛んでいた。  重たい百科辞典が一冊、うしろから飛んできたのだ。 「ピン、だいじょぶ?」 「こいつは便利な体しよるから、平気だす!」  ゾロのいうとおり、バラバラになったピンの骨がフッフッと、見る間《ま》に元通りになっていった。 「こっちに早く!」  レディ・グレイスが書棚を必死《ひっし》に押さえながら叫んでる。書棚が閉まろうとしているんだ! 「いたぁ——い!」  急ぐわたしの足に『かしこい主婦の家庭医学』がぶつかってきた。 「ひゃぁー、まいりました……。いわゆる、あれは『ポルターガイスト現象《げんしょう》』ですねぇ」  キットンはハァハァ肩で息をしている。  まさに滑りこみセーフ!  最後にキットンが這《は》ってやってきて、トラップが引きずりこんだと同時に書棚がバシンッと閉まったのだ。 「ポルターガイストってさ、ゴーストがやってんじゃないの?」  わたしがキットンに聞くと、 「あいつら、そないなことしてまへんでぇ!」  ゾロが滅相《めっそう》もないという顔で首をふった。 「あ、ごめん! 別に疑ってるとかそういうんじゃないのよ」 「いえ…ハァハァ…ポルターガイストは念力《ねんりき》のようなもので動かしているケースもあるそうですし。きっと…」 「そうさ。城のやつがやってるに決まってるだろ」  レディ・グレイスが吐《は》き捨てるようにいった。 「城もだんだん本気を出してきたな……」  クレイがいったとき、ゴーストのレビがもどってきた。 「おお、レビ。どうだ、他のようすは」  レディ・グレイスが聞くと、レビはクスクスと笑った。 「みんな、恐怖《きょうふ》から逃《のが》れられると知って、がぜんはりきってますよ。あっちこっちで城の妨害と戦ってます!」 「ふふふ、そうか。だからあいつもそうそうこっちばかりを集中|攻撃《こうげき》できないわけだな」 「さすがに城も平行作業《マルチジョブ》は無理《むり》というわけですかねぇ」  と、キットン。 「そういうこと! さて、この間に行けるだけ行くぞ。者ども、続けぇー!」 「オウ!」 「おう、だおう!」 「おうデシ!」 「あーあー、ルーミィもシロもすっかり『者ども』になっちまって……」  トラップはため息をつき、わたしをふりかえった。 「ほれ、毛糸のパンツ、また置いてかれっぞ」  ったく、ったくうぅ——!        6  塔《とう》の入口が近くなるにしたがって、他のアンデッドたちの声も聞こえてきた。それと同時に城の攻撃もひどくなってくる。  いきなり壁が崩《くず》れてきたり、床《ゆか》がポッカリなくなったり。  その場その場でなんとかかんとか急場をしのぎ、わたしたちは息も絶え絶え走った走った。 「ひー、ふー…はぁ、はぁ、ちょ、ちょっとタイム。もーダメ。一歩も歩けなぃー!」  もうすぐ塔の入口というところで、わたしの太股《ふともも》はストライキを起こした。 「だらしねーなぁ。だからジョギングぐらいしとけって、いってんだろー?」  トラップって人間じゃない。これだけ走りまわったというのに、軽いフットワーク。シロちゃんを肩に乗せ、さっさか階段を登っていってしまった。  冷たいよなぁ…。  どれ、しかたない。歩くぞ、ほれ!  お願いしま——す、動いてくださーい。  わたしは自分の太股《ふともも》との交渉に入った。やぁ、しかし。労使双方一歩も譲《ゆず》らず。なかなか動いてくれようとしない。 「パステル…」  ノルが階段の上で心配そうにふりかえった。その両脇《りょうわき》にはルーミィとさっき机にはさまれたトマス。 「だいじょぶ。だいじょぶだから、先に行って」 「しかし…」 「パステルはおれがめんどうみる。ノルは先に行ってくれや」  クレイがもどってきてくれた。  さっすがフェミニスト。誰かさんとは大ちがいだ! 「ほら、足出してみ。キットンから筋肉痛に効《き》く薬をもらってきた」  それはスプレータイプになっていて、両足にさぁーっと吹きつけてもらうと冷やっこかった。 「どうだ、立てるか?」 「う、うん…」  クレイの腕につかまって、なんとか立ち上がる。  わたしを支え、だまって一段一段ゆっくり上がっていくクレイの横顔。  なんだか、やっぱり冴《さ》えない。いつもの、のんきな快活さがない。  クレイが元気なくなっちゃったのって、レディ・グレイスの部屋《へや》に行ってからだよな…いや、正確にいうと、あぁ、そうだそうだ。彼女がトラップの言葉に怒りまくって、ナメクジトッピングのデコレーションケーキに変身したあたりからだ。 「ねぇ、クレイ」 「ん?」 「あ、あのさぁ。レディ・グレイスがね、変身しちゃったでしょ。ほら、見る人それぞれにとって苦手な物になっちゃった、あれね」 「…………」  足を止め、わたしを見た。 「わたしにはさぁ。おばあさまに見えたのね、最初。たったひとりの肉親だっていうのにさ、アハハ…困ったもんだ。あのときさぁ、クレイには何に見えてたの?」  しかしその間いには答えず、また一段一段登り始めた。 「…ごめん、よけいなこと聞いちゃったかな」 「自分だよ」 「え!?」  今度はわたしが足を止めた。 「ガタガタ震《ふる》えて、ヘラヘラ笑ってる自分が見えたんだ」  そして、また階段を登り始めた。 「おれ、やっぱり自分が一番|嫌《きら》いなんだな」  しばらくの沈黙。そして、力なく笑った。 「おれって、たぶんファイター向きじゃないんだよ。  モンスターに出くわして、まず何考えるかっていったら、早くここを切り抜けたいって、そればっか。できることなら戦いたくないってね。  ふつうファイターといったら、喜んで…といったら言い過ぎかもしれないけど、いや、おれから見るとそう思えるんだ。  おれの家は、パステルも知ってると思うけど代々|騎士《きし》ばかりだろ。青の聖騎士《パラディン》になったヒイ爺《じい》さんが特に有名だけど、他の連中だってけっこうすごいんだ。爺さんなんか、若い頃はロンザの国王に仕《つか》えた隊長だもんなぁ。父さんだってそうさ。兄貴たちも修行《しゅぎょう》を終えて。今や立派な騎士さ」  そういえば、クレイは三人兄弟の末っ子だったっけ。 「兄貴たちを見てると、やっぱちがうなぁって思うんだ。おれ、恥《は》ずかしい話だけど。未だにいつも同じ夢にうなされるんだよな。  ここの城にある塔《とう》みたいなとこでさ。爺さん、父さん、それから兄貴たちと恐ろしいキマイラ相手に戦ってるんだ。頭がライオンで、尻尾がヘビ、体が山羊《やぎ》で竜《りゅう》の羽ってな、むちゃくちゃ怖《こわ》いやつな。  兄貴たちは父さんたちを助けて勇敢に立ち向かってるっていうのに、おれだけビビッちゃってダメなわけ。一歩も動けないで、しまいにゃ気持ち悪くなっちまって……」  クレイはわたしを辛《つら》そうに見た。 「てな泣き言いってるようだから、ダメなんだよな! …おれ、このままパステルたちといると…迷惑《めいわく》かけるかもしれない」 「そ、そんなぁ! なにいってんの? わたしたち、どれだけ……」 「いや、パステルにはわかんないかもしれないけど。いつだって戦うのが怖《こわ》いんだ。迷ってるんだ。スライム一匹、迷いもなくたたっ斬《き》れないファイターなんて、パーティにとっては命取りだ」 「ううん、あのね、わたしね。むずかしいことわかんないけど、それでいいんだと思うよ! それがクレイだもん」 「しかし、あのレベル三〇のジュン・ケイ。彼の剣には一分の迷いなんかなかったぜ」  ジュン・ケイという名前に胸がちこっとだけキュンとした。 「ジュン・ケイはジュン・ケイでしょ。それに、レベル五のときのジュン・ケイは迷ったかもしんないよ。迷って迷って、んで大きくなるの! わたしを見なさい、いつだって迷ってばっかり……」  う、うぅ、勢いでいっちゃったけど。自分でいってて情けなくなってきた。 「あっはっははっは、たしかに!」  クレイってばバシバシわたしの肩を叩《たた》いて笑った。  まぁいいやね。クレイも笑ってくれたことだし、よしとしよーっと。 「おい、おふたりさん、なーにそこでなごんでんだよ!」  トラップが階段をかけ降りてきた。 「あれ? パステル。足よくなったんじゃないか?」 「え?」  クレイに聞かれて足を見た。  あららら……いつのまにか自分で歩いてたわ。  キットンの薬ってよく効《き》くのね——!        7  塔《とう》の入口は、天井《てんじょう》の高い大きな広間になっている。うす暗い部屋《へや》にたいまつの炎がゆれていた。  そこに、アンデッド全員が待機《たいき》していたのだが。 「な、なんか…ものすごい熱気ね」 「トマスが、例のスペシャルバージョンの魔法《まほう》を全員にかけたとこです」  キットンがニヤリと笑った。 「あぁ、例のね。で、トマスはもうだいじょぶなの?」 「あ、パステル! もうだいじょうぶ。キットンの薬で治りました」  トマスがニコニコとやってきた。 「そうでしょ!? わたしもおかげで足がよくなったわ」 「こいつさぁ、自分に治癒《ちゆ》の魔法かけられねーんだってさ、難儀《なんぎ》なやつよ[#やつだよな?]な!」  トラップがトマスの頭をポカッと叩《たた》いた。 「あらまあ、そうだったの!」 「へへへ……」と頭をかくトマス。ふふふ、なんだかすっかりパーティの一員ってかんじ。これから長いつきあいだもんねぇ。 「よぉ———し! 者ども」  広間の中央に立ったレディ・グレイスのムチがビシィ——ッと鳴り響《ひび》いた。  う——ん、いつ聞いてもいい音! 「ほらほら、グレイス姉ちゃんの『者ども演説』が始まったぜ」  トラップがいうと、クレイがクスクス笑った。  よかったぁ、元のクレイだ!  まぁ、悩みが解決したわけじゃないけど。でも……。クレイがあんなふうに悩んでたんだ、なんてこと。わたし、ちっとも知らなかった。 「いいな、泣いても笑っても、これが最後だ」  レディ・グレイスのハスキーな声が響きわたる。 「今までの恨《うら》みと怒りのアンデッドパワーで、城のバカをぶっとばそーぜっ!」  オオオオ———ッとあがる歓声。  カタカタなる、スケルトンの骨。  と、同時に城がガタガタとゆれ始めた。 「キャアァァァ——!」 「うわあああぁぁぁぁぁ——」  天井《てんじょう》に亀裂《きれつ》が走る。バラバラと石のかけらが落ちてきて、ドッス———ンというものすごい地響《じひび》きがした。  這《は》いつくばったまま見ると、太い円柱が倒れていた!  幸いケガ人はいないみたい……いやぁ、あの柱の下敷きになったら、いくらゾンビだってスケルトンだってペチャンコだぁ。 「騒《さわ》ぐな! あいつだって疲れてるはずだ! 睡眠不足だとあれだけ機嫌《きげん》悪いやつが、ずーっと寝てないんだからな」  レディ・グレイスは天井を見上げ、 「なぁ、城おー! そーだろー!?」 「なんデシか?」 「ちがうちがう! あのお姉さんね。シロちゃんを呼んだんじゃないのよ」 「そうデシか!」  シロちゃんじゃない城のほうは、ますます怒り狂ったようにガタガタゆれ動いた。 「レディ・グレイス、塔《とう》に登ろう!」  クレイが叫ぶ。 「よし! 者ども。一気に上へかけ登るんだぁ——!」  だぁぁ、また登るのぉー?  よしよし、もうちょっと。もうちょっとの辛抱《しんぼう》だから、こらえてちょうだいね。  わたしはわたしの太股《ふともも》に懇願しながら階段へと走っていった。    STAGE 7        1  あぁ……、それにしても。見上げるだけで、太股《ふともも》たちが悲鳴《ひめい》をあげる。  登っても、登っても。終点はちっとも近づいてこない。  こりゃ、しかたないや。上を見るの、よそ。  わたしは、何も考えずに足元だけを見つめて一段一段登っていった。  塔《とう》の壁側に階段がついていて、グルグルと大きくラセン状に登っていく構造になっている。だからまんなかはポッカリ大きく吹きぬけになってるわけだけど。なんせすっごく急でしょ。しかも手すりさえついていない。上へと行くにしたがってだんだん階段の幅《はば》も狭《せま》くなってきたし。  だいたい、城がわたしたちを振り落とそうとガタガタゆれているから、かなり気をつけていないと足を踏《ふ》みはずしそうになる。壁を手でさわりながら注意深く登っていくしかなかった。  一番最初がレディ・グレイス。次にゾンビ軍団。それからわたしたち。しんがりはスケルトン軍団。  あ、そそ。ゾロとピンだけはわたしたちといっしょに登っていたんだ。 「ああわわ……」 「おら、なにやってんだよ!」 「そういいはりまっけど…わて高所恐怖症《こうしょきょうふしょう》でんねん。ああぁぁ…足がガクガクしてますぅ。こりゃイカンわ」  ゾロはその場にしゃがみこんだ。 「おめぇ、ゾンビのくせに生意気だぞ!」 「トラップはん、そりや差別だす。ゾンビはゾンビやけど、あんさんよりはよっぽど繊細《せんさい》な神経してまんねん!」 「はいはい。わかったから、とっとと登れって!」  トラップにドン! と押され、 「きゃぁー! そな殺生《せっしょう》なぁ、堪忍《かんにん》でっせー」  ゾロは悲鳴をあげ、ソロソロと這《は》い登っていった。  しかし、まぁ。いくら味方なんだってわかってても、これだけの数のアンデッドモンスターってやっぱ怖《こわ》い。  思い思いの、腐《くさ》ったようなボロボロの服を着て。手をダラリと下におろし、座りの悪い首をガクガクとゆらしながら歩くゾンビたち。ダ、ハハハ…脱が片方もげて、しかもそれを片方の手で持っているのもいれば、骨が見え隠《かく》れしているのもいる。あら、なにぶらさげてるのかと思ったら、腐った内臓だったりして!  あー、やだやだ。  うしろのスケルトン軍団だって怖《こわ》い。何十体という骸骨《がいこつ》の群れが下から無表情《むひょうじょう》にやってくるんだよ? ザッザッザッ…と、ゾンビ軍団に比べ、そのなんと規則正しいことか。  あぁ、敵でなくってよかったと心から思う。  ゴーストたちは…あいつら卑怯《ひきょう》なんだよなー。フワフワとまんなかの吹きぬけ部分を飛んでいっては、降りてきたり。余裕《よゆう》しゃくしゃくだもんね。 「ルーミィのフライの呪文《じゅもん》、あれがなぁ…もうちょっと信頼性《しんらいせい》高ければなぁ。いや、せめてシロちゃんが大きくなれるスペースがあれば…」  つい愚痴《ぐち》ってしまったら、前を行くトラップが、 「|う《〃》ぁーか! それ言ったら、城の外でシロに大きくなってもらってさ。んで、いきなり塔《とう》の上まで持ち上げてもらやぁ簡単だったんだよ。いっちゃん最初にな」※[#行頭の文字は「う」に濁点] 「あっ! ほんとだぁ——」  わたしはバシッとトラップの背中を叩《たた》いた。 「あんでもっと早く、それいってくんないのよ——!」 「だって、今思いついたんだもんねー」  だあぁぁぁぁ……。  ふんとにしょーもない。そろいもそろって、こんな簡単なこと、どーして気づかなかったんだろ! わたしたちの今までの苦労はいったいなんだったの?  あ、ダメだ…よけい疲れてきた。 「まぁ、ほらさ、おかげでこの城の秘密もわかったわけだし。トマスとも知り合えたわけだし。な、これでよかったんだ」  うしろのクレイがなぐさめてくれた。 「そだね。ゾロやピンにも会えたんだし」  そういうと、這《は》いつくばったゾロがふりかえってニヤァ——ツと歯を剥《む》き出し、ピンもカタカタと歯を鳴らした。  ッガッッックンッッッガガガッッタタガククッッッッッ!!  階段がいきなりなくなった。  いや、足場はある! でも、階段の「段」がなくなり、単なる急なスロープになってしまったのだ。  ということは、どういうことかと・い・う・ととおおおおおおお———! 「ギャアアァァァッァァ———!」 「わあうあああああぁぁああ——!!」 「ァァッァ————すべるぅ——!!」 「パステル!」 「きゃあぁー!」  滑《すべ》り台よろしく滑り落ちていくところ。トラップがさっとフックのついたロープを投げ、岩に引っかけた。そのロープにみんながつかまる。 「落ちつけぇー! 足場がなくなったわけじゃないんだ!」 「這《は》いつくばるんだ。床《ゆか》にしがみつけー!」  こういうときゾンビはいい。体がネトネトしているから滑り止めになるらしい。バッと這いつくばり、お互いの体を支えあってなんとかこらえた。  しかし、骨だけのスケルトンときたら、そうはいかない。  ドンガラガツシャアァ———ン!  カラスタスタタ———ン!  あーあーああ———。全員がひとかたまりになって気持ちよく滑り落ちていった。 「お———い、だいじょうぶかぁーかぁーぁー?」  トラップの声が塔《とう》に反響《はんきょう》する。  幸い階段の途中《とちゅう》にちょっとした出っぱりがあったもんで。そこでみんなストップした。でも、これぞ見事なバラバラ事件。うす暗い場所に白い花畑でもできたよう。  カラ、カラン…と骨の一部が下に落ちていったが、すうっと重力を無視《むし》してもどっていった。  ……ガラガラカラカラ  ……カタカタガタガタ。  どうやら再生を始めたようだ。しかし、いくらなんでも、これだけの人数分の骨でしょ。どうもうまくいかないようで。  他のスケルトンのアバラ骨をくっつけてしまったのや、腕の部分に足の骨をくっつけてしまったのや。 「難儀《なんぎ》なこっちゃ……」  ゾロがボソッとつぶやいた。        2  階段の段がなくなり、いよいよ歩きづらくなってしまった。急な斜面をふんばりながら歩いていく。 「おまえらは、ほんと得やなぁ!」  ゾロが斜面にしがみつきながら、ゴーストのレビに声をかけた。  レビはフワフワとゾロをおちょくるように飛んでいる。 「くそったれ、おんなじアンデッドでこの違いや。わて、今度生まれ変わったらゴーストにしてもらお」 「アンデッドとして生まれ変わるんですか?」  と、キットン。 「あんさんもチェック厳《きび》しいでんなぁ。生まれ変わってまた死んだら、今度は…ちゅうことだす」 「おめぇ、まーたアンデッドやるつもりかよ」  トラップがあきれると、 「へぇ、なんや…そういう星の下《もと》に生まれてもうたような気がしてまんねん」  ゾロは、なさけない顔でシミジミといった。  ドォォォォ————ン! 「な、な、なんだなんだんだ!!」  おなかに響《ひび》くような鈍《にぶ》い重低音がしたかと思うと、下のほうから白い粉塵《ふんじん》がモクモクと上がってきた。 「うっぷぷ……」 「ウワアアワワワワワッタタタタ!!」  ドシンドシンと今度はたてゆれが来た。 「落ちるぅ——!」 「みんな、また這《は》いつくばるんだぁー!」 「うわあああぁあぁぁぁ——……」  しかし、ゾンビやスケルトンの何体かは白い粉塵の彼方《かなた》に落ちていった。  パラパラと石のかけらが上から降ってくる。 「あ、ルーミィ!」  ノルが叫んだ。 「きゃぁー! ぱぁーるぅー!」 「キャッ! ル、ルーミィぃぃ——」  う、うそ!  ノルの背中にしがみついてたはずのルーミィが吹きぬけの穴へ転《ころ》がり落ちた!!  必死《ひっし》に手を伸ばしたが、空《むな》しく宙をつかむだけ! 「きゃあっ!」  壁のでっぱりに小さなリュックのヒモが引っかかった。ルーミィはプランプランぶらさがった状態。  その小さな靴《くつ》の下は、まっ暗ななかにモヤモヤと白い粉塵《ふんじん》がけぶる奈落《ならく》の底。 「そ、そだ! フライ、フライの呪文《じゅもん》があんじゃねーか!」  トラップの声。 「あー、でもあいつ。こんなときに、あの子呪文がスラスラいえるわきゃねーか。くそ!」 「ル・ー・ミ・ィ……」  ノルが懸命《けんめい》に手を伸ばす。そのノルをトラップやトマスたちがつかまえていた。  うそだ、うそだ、こんなの…。  体中が大げさにガタガタ震《ふる》えだした。 「のりゅー!」  ルーミィがジタバタとその手を取ろうと、ちっちゃな手を伸ばしたとき。 「キャアァ———!」  またも、すごいたてゆれが。  ものすごいスピードで落ちていく、小さな手が見えた。 「ルーミィしゃん!」  シロちゃんが飛び降りた。  羽をたたんだまま、急降下。  ゴーストたちも、その後をひゅぅーっと追いかけていく。 「ル———ミィ——————!!」  わたしは喉をからして絶叫し、飛び出そうとした。 「ば、ばか!!」  クレイがあわてて、わたしを抑える。  ふっと我に返り、下を見ると。  闇《やみ》が、喉《のど》の奥に白い粉塵をモヤモヤさせた口を大きく開けているだけ。  か、神さまあああああああああぁぁぁあぁあ———!  わたしは目を痛いほどギュッとつぶり声をふりしぼったが、声は喉の奥にはりつき出てこなかった。 「ぱぁーるぅ、ぱぁーるぅ」  どこにいくにもわたしの後を追いかけてきたルーミィ。 「ぱぁーるぅ、ルーミィおなかぺっこぺこだおう!」  なさけない顔でわたしの服をひっぱるルーミィ。  ぽよぽよした眉《まゆ》をしかめ、一所懸命《いっしょうけんめい》に魔法《まほう》の練習をするルーミィ。  出会ったときの、ボロボロの服を着てススだらけだったルーミィ。  シロちゃんを抱きしめて眠る、あどけない寝顔。  わたしの頭にいろんなルーミィがパッパッとフラッシュバックしていく。 「ぱぁーるぅ!」  ルーミィのかわいい声。 「パステル…」  クレイがわたしの肩を軽くつついた。 「え?」  ふっと顔をあげてみると、目の前にルーミィがいた!  首のところをシロちゃんにくわえられ。その下をゴーストたちが必死《ひっし》の形相《ぎょうそう》で支えていた。いくらルーミィでも、小さいサイズのシロちゃんにはかなり重いんだろう。シロちゃんは歯をくいしばって飛んでいた。  ああ、でもジワジワと涙が浮かんできて。  ルーミィ、わたし…よく見えないよ。 「シロ! よくやったな!」 「ルーミィ、よかったね!」 「ひゃぁ、一時はどうなることやろ思いましたで。心臓つぶれそうやった…もう動いてへんけど」  シロちゃんとルーミィは、アンデッド軍団みんなに拍手《はくしゅ》で迎えられた。 「ぱぁーるぅ!」  涙でベショベショになったルーミィが抱きついてきた。 「ばか! ルーミィのおばか! しっかりつかまってなきゃダメじゃない!」 「ぱぁーるぅ、ごめんあしゃーい!」  わたしは、ルーミィをギュッと抱きしめてオイオイ泣いた。  あのままシロちゃんが間にあわなかったら…ブルブルッと首をふって、こわい考えをふりはらった。ああ、でも。  よかった……ほんとうにほんとうによかった。 「お———い、あんたたちだいじょうぶかぁー!?」  レディ・グレイスが落ちていったゾンビやスケルトンに声をかけると、また粉塵《ふんじん》のなかから白いゴーストがこっちに飛んできた。まるで白い粉塵がちぎれてやってきたよう。 「はい、かなりダメージはあるようですが、だいじょうぶです! 少し休んでから登ってくるといってま——す!」 「よし、じゃあまた城のやつ、ふり落としにかかるかもしれん。者ども、這《は》って登れ!」 「オオオウ!」  レディ・グレイスの命令どおり、わたしたちもソロソロと這って登ることにした。  しかし……。 「さぁ、あとちょっとだ。ほら、あそこまで行けばもうだいじょうぶ」  クレイが指さす。  そう、あともうすこしのところに、塔《とう》の最上階の入口が見えていたのだ。        3  入口を入ると広間に出た。  城の抵抗《ていこう》はさらに激《はげ》しくなってきた。バラバラと石壁が崩《くず》れ、高い天井《てんじょう》からもバラバラと石が落ちて。しかも崩れ落ちた石が生き物のように飛んでくる! 「わあぁぁぁ——!」 「きゃあぁぁー!」 「うぎゃっがぎゃぎゃぎゃ……」 「レディ・グレイス———! 問題の部屋《へや》はどこなんだ!?」  飛んでくる石をよけながらクレイが聞く。  広間の奥には扉《とびら》がいくつもあった。 「あれ? なんだこれ」  トラップがそのひとつを開けると、すぐ壁になっていた。 「まず右から二番目の扉!! 他の扉はダミーだ。しかし、これだけの人数行くのはむずかしいな。よぉ——し、じゃぁ、あんたたちはいったんここで待機《たいき》しといてくれ」  アンデッド軍団に命令し、 「さぁ、行くよ!」  わたしたちをせきたてた。  ドス、ドス、ドス!  ひゃあぁー!  石が連続して足元に落ちてきた。 「パステル、急げ!」  転《ころ》がるように扉のなかへ。次の部屋は小さく、すぐにまた扉があった。もうみんなは先に行ってる。 「待って待って! きゃああぁぁっぁ——!!」  入ってきたばかりの扉の前に大きな石が崩《くず》れ落ちてきた。  その部屋には他に扉らしいものも窓もなかった。今、入ってきた扉を背にして左の壁の向こうがさっきの大きな広間になるのか……。レディ・グレイスたちは右の石壁の前に立ちすくんでいた。 「ガッデ——ムッ!」  こぶしをふりあげて、壁をドンドンと叩《たた》く。 「ど、どうかしたの?」  トマスに聞くと、 「あぁ、なんでもあそこに本当は扉があったんだそうですよ」 「え?」 「くそー! 城、おまえ卑怯《ひきょう》だぞ!」 「城も必死《ひっし》なんだな」 「そうですねぇ、城としても最後の砦《とりで》ですし」  みんなが「城、城」というものだから、シロちゃんはそのたびにみんなの顔を見あげた。 「で、他に行き方はないのか?」 「ない……ここを奥に行くと貯蔵庫《ちょぞうこ》になっているんだが。あの青い球があるのは、そのさらに奥なんだ」 「困ったなぁ……」 「うーむ……」 「困ったデシか?」  いくら怪力のノルだって、この頑丈《がんじょう》な壁はブチやぶれない。 「何かこう…爆弾《ばくだん》でもありゃな。ふっとばしてくれるんだが」  トラップがつぶやくと、 「ギャァ! そ、そうですそうですぅ——!」  キットンがトラップを指さし、ぎゃんぎゃんわめいた。 「あるある! あるんですよ——」  自分のカバンをひっくり返し、ゴソゴソと探していたが。 「あ、あれあれあれあれぇぇ?」  ポン! と手を叩《たた》き、 「そうだ! あれは危ないからノルのリュックにいれてもらってたんです!」  なんてやつだ……。  ドッカアァァァァッァァァ————ンン!! 「ケ、ケホ、ケホコホ……」 「うわ、たまんねー」 「ふぁー、ものすごい音でしたね。ぼく、まだ耳がおかしい」 「ひゃははっはっは……なぁーんだ、その顔!」  自分だって顔中まっ黒ススだらけのトラップがわたしの顔を指さして笑った。  わたしはタオルを取り出し、ゴシゴシ顔をこすった。うひゃぁ、まっ黒!  やぁーん! 買ったばかりの白いマントが汚れちゃう。 「んで、どうなったんだよ」  パッパッと手で煙をはらいながら、クレイが壁に向かっていった。 「なんだよ——! あんだけ派手《はで》な音たてて、こんだけ?」  開くには、開いたが……かわいらしい穴!  その小さな穴からモクモクと煙が出ているのだ。 「何が燃えてんだぁ? んー、と。あ、そうだ。パステル」  ルーミィの顔をタオルでふいてた、わたしにクレイが手を出した。 「なに?」 「ちょっくら、そのショートソード貸して」 「いいけど…」  クレイにショートソードを渡した。彼はそれを穴につっこんで、なにかかきだしてる。  あ、ああぁぁー! 「クレイってば、自分のソードが汚れるからって!!」 「なんか、こういうのが燃えてたぜ。種かなぁ……」  大きなヒマワリの種のようなものをつまみあげた。 「ちょ、ちょっと見せてください!」  キットンが興奮《こうふん》してクレイの手をひっつかんだ。 「たしかに、これは何かの種ですねぇ……しかし、もう黒コゲでよくわからない。あぁーもったいない!」 「ああ、それか。奥の貯蔵庫《ちょぞうこ》に、なんかいっぱいあったんだが……」 「なんの種なんでしょう?」 「さぁな……それより、こんなちっぽけな穴じゃどうしようもないぞ!」  レディ・グレイスが壁をけっとばしたとき、うしろの壁…だからさっきの大広間のほうからゾソビたちの叫ぶ声がした。 「ん? どうかしたのか?」  ドシン…ドシン…と、重々しい音が近づいてくる。  レビがその壁からあわてふためきやってきた。 「た、たいへんです!! 落ちてきた石が集まって大男になりましたぁー! こ、こっちにやってきます!」  石でできた大男!? 「も、もしかして」 「ストーンゴーレムかぁぁ!?」        4  ストーンゴーレム。  それは、石で作られた操《あやつ》り人形。誰《だれ》かに作られ、その誰かの命令によって動いている。  たしか…JBとやったゲームのなかでも登場したっけ。あれはゲーム上のことだから、わたしたちでも勝てた。しかし、実際《じっさい》に遭遇《そうぐう》したら……。 「おれたちなんか、ひとたまりもねーな」  トラップがいった。 「くそ! んなとこじゃ逃げ場もねぇ。その穴、なんとか広げらんねーのか? おい、キットン。もっと爆弾《ばくだん》ねーのかよ!」 「あ、ありません! あれ、高かったんですよぉ」  ズシン…ズシン…という重い足音がドンドン迫ってきた。  ゾンビたちの騒《さわ》ぐ声もいちだんと高まる。 「クレイ、ど、どうしよー!」  しかし、クレイ。壁を見つめ、まっ青《さお》な顔でブルブル震《ふる》えていた。 (いや、パステルにはわかんないかもしれないけど。いつだって戦うのが怖《こわ》いんだ。迷ってるんだ。スライム一匹、迷いもなくたたっ斬れないファイターなんて、パーティにとっては命取りだ)  クレイの言葉がリフレインしてきた。  重々しい足音がすぐそばで止まった。  穴の開いたほうの壁際《かべぎわ》に寄りそったわたしたちは顔を見合わせた。  と、いきなり。  ガンッガンッガンッガンッッ!!  ガンッガンッガンッガンッッ!!  ガンッガンッガンッガンッッ!!  ガンッガンッガンッガンッッ!!  そいつが壁を叩《たた》き壊《こわ》し始めたらしい。 「ひゃあぁぁぁ——!」 「きゃあぁぁ——!」  わたしたちはあれだけ苦労してちっぽけな穴しか開けられなかったというのに、やつにとってはまるで発泡《はっぽう》スチロールかなにかのよう。  あーん、どうせなら、こっちの壁も壊《こわ》してほしい!  ボッコリと穴が開くと無表情《むひょうじょう》な顔が現われた。 「こ、こんなやつ! 見たことないぞ」 「グレイス姐《ねえ》さん、今作ったばかりちゃいまっか?」 「ルーミィ、こあいおう!」  ノルより一メートルくらい大きい。  石でできた太い腕を穴から突き出し、残った壁をガンガン叩き始めた。 「あ、あやや…ス、ス、ストー…あ、ありました。ありました!」  モンスターポケットミニ図鑑《ずかん》の頁《ページ》を繰《く》っていたキットンぶ叫んだ。 「弱点は!?」 「えっと、えっと…ゴーレムは一切《いっさい》の感情を持たず…」 「だぁぁら! 弱点は!?」  トラップがキットンの襟首《えりくび》をつかむ。 「は、はいはい…えっと、あぁ剣ではダメージを与えられないと書いてあります」 「な…じゃ、なんだったらいいんだよ!」 「大地を砕《くだ》く魔法か、爆弾が有効だと……」 「爆弾!!」  みんながキットンを見た。 「な、ないですよ、もう…その、だから…」  ズシン…ズシン……。  そうこういっているうちに、ストーンゴーレムが迫《せま》ってきた!  ひょわわわわわ——!  ゴーレムが今|崩《くず》したばかりの岩を投げ始めた。 「危ない!」 「きゃあぁぁっぁあ————!!」  わたしをかばって前に飛び出したゾロ。大きな岩に胸をもろ直撃《ちょくげき》され倒れてしまった。 「ゾロ! ゾロ!! しっかりしてぇー」  抱き起こすと、 「パステルはん……、無事《ぶじ》やったんやな。……よ、よかった……」  それだけいうと首の力がガクッと抜けてしまった。 「ゾ、ゾロ———! やだ、やだぁ! 死んじゃやだぁぁ!」  ゾロにしがみついて泣き出すと、ポンポンと背中を叩《たた》かれた。 「そいつ、死んでる。最初っから」  トラップだ。 「こら、ゾロ! こちとら忙しいんだ、早く起きろ!」  ボンッと蹴《け》っとばすと、ゾロがひょこっと起き上がった。 「そやったわ…わて、ゾンビやった」  暴《あば》れまくるゴーレムの足や肩に、アンデッド軍団が群がり始めた。  しかし、ゴーレムの怪力は疲れ知らず。腕や足をブンブンふり、ゾンビたちをふっとばした。  ズシン、ズシン……。  持ち前のしつこさで、やられてもやられても食いさがるゾンビたちを引きずったまま、こっちへ迫ってきた。  もう…もう、ダメだぁ。 「パステル、もっと下がって!」  しゃがみこんだわたしにトマスが声をかけた。 「きゃあぁー! トマスー!」  そのトマスをゴーレムがつまみあげてしまった。 「あぁあぁあ————!! た、助けてぇ——」  グルグルふりまわすゴーレム。あのまま、壁に投げつけられたりしたら!! 「デアァァァッァ——!」  クレイが顔をまっ赤にしてゴーレムに突進していった。 「あ、クレイ! 剣は通用しないんですよー」  キットンが叫んだ、そのときだ。  急にゴーレムの動きが止まった。  そして、緑の光がトマスを持った腕をつつんだ。一瞬《いっしゅん》の間《ま》があり、腕が肩からボロボロと砕《くだ》け落ちていった! 「わああぁ———!」  いきなり空中に放り出されたトマス。彼を、さっとやってきて抱き止めた男がいた。  頑丈《がんじょう》そうなプレートアーマーに身をかためた赤毛の男。  彼を見上げ、トマスが叫んだ。 「マックス!!」        5  トマスがマックスと呼んだ男だけじゃない。さっきの広間から、薄緑色の髪《かみ》をして長い緑のローブをまとった長身の男、やはりプレートアーマーを着てロングソードを下げた体格のいい男、茶の皮服を着た黒髪の男……。  全部で四人。ゾンビやスケルトンたちを威嚇《いかく》しながら、やってきた。 「よお、トマス。なぁーにドタバタやってんだよ」 「マックス! 帰ったんじゃなかったのか?」  びっくりまなこのトマスの肩を男はポンっと叩《たた》いた。 「いったんは帰るつもりだったんだが……まぁいい。ったく、おまえ、どーこほっつき歩いてたんだよ。探しまわったぜ。見つけたときはすっげー数のアンデッドに塔《とう》の上へ連れてかれるところだったしよぉ」  そっかぁ…他の人から見れば、まるでアンデッドたちに挟《はさ》まれ、塔の上へと連行されてでもいるみたいに見えたのかも。 「くわしい話はこいつらの後だ!」  マックスはそういうと、横にいたスケルトンに斬《き》りかかっていった。 「きゃぁ! ち、ちがいます!」  わたしがあわてて叫ぶと、トマスがマックスの手を抑えた。 「ちがうんだ! アンデッドたちは味方なんだ。敵は城、…いや、このストーンゴーレムなんだよ!」 「なんだとぉー? アンデッドが味方あぁ? じゃ、このスケルトンもゾンビもか」  オタオタと逃げまどうゾンビたちをロングソードで指さした。 「そ、そうなんだよ! ま、話せば長くなるけど。とにかく…わわわわ!!」  片腕をなくしたゴーレムが再び動き始めた。 「とにかく、マックス! それに、ロペス、ジェリー、ブラウトン! 今、倒さないといけないのはこいつ、このゴーレムだけなんだ」  ゾンビを追っかけまわしていた体格のいいファイターが、 「よくわかんないけど、とにかくこいつらはほっといていいわけね」  体に合わないかわいい声でいった。 「そうだ、ジェリー。そ、そうだそうだ! ブラウトン、さっきのは君の魔法《まほう》だろ?」  薄緑色の髪《かみ》をした男が目を細めてうなずいた。 「じゃ、また頼むよ!」  ブラウトンと呼ばれた彼は、長い手を大きくかざし口のなかでブツブツとつぶやいた。  ゴーレムの動きがまたピタッと止まる。  ブラウトンがかざした手の間に緑の光の玉が浮かびあがった。 「ハアアアァ————ッ」  彼は息を吐き出し、さっとその光の玉をつかむやゴーレムに投げつけた。 「おおおお!!」 「すっげぇ———!」  緑の光につつまれたゴーレムは、足元からボロボロと砕《くだ》け散っていった。  呆然《ぼうぜん》と見つめていたわたしたちもアンデッドたちも、ヤンヤヤンヤの大喝采《だいかっさい》。  ブラウトンは髪をさっとなでつけ、コホンと咳をしたが。次の瞬間《しゅんかん》、ど——んっとうしろに倒れてしまった。 「ど、どうしたの!?」  マックスがブラウトンをひょいと肩にかつぎあげた。 「こいつ、今ので精神力全部使い果たしてやんの」 「だいじょぶなんですかぁ?」 「平気平気。おい、トマス。例のやつ、ちょっくらかけてやってくれよ」 「OK!」  マックスにいわれるより前に、トマスは彫像《ちょうぞう》を握りしめ魔法の用意していた。うーん、なんか絶妙《ぜつみょう》のコンビネーション。 「ま、とにかく助かりました!」 「いいってこと。気にしないでくれよ」  クレイがお礼をいうと、マックスはこッコリ笑った。 「おい、挨拶《あいさつ》なんか後だ、後。さっさとこの穴をなんとかしなきゃ!」  レディ・グレイスがイライラと怒鳴《どな》った。 「穴?」  マックスがいった、そのすぐうしろから石が飛んできた。 「ウウツ!」  背中のプレートアーマーが鈍《にぶ》い音をたてる。どっと膝《ひざ》をつくマックス。 「だいじょうぶか!?」  クレイが彼の肩をつかもうとしたが、彼はキッとふりかえった。 「誰《だれ》だ!? うしろから来るとは卑怯《ひきょう》なやつめ!」 「ああぁぁぁっぁ———!」 「ま、また出たぁぁー!」  あちこちに散らばった石があれよあれよという間に合体して、またもストーンゴーレムになったのだ。しかも、今度は三体。  ズシン…ズシン…。  彼らは無表情《むひょうじょう》にゾンビたちを踏みつぶしながらやってきた。 「ブラウトン!」  マックスが怒鳴《どな》った。 「だ、だめだよ、まだ。いくら魔法《まほう》で精神力を回復したからって、少しは休まないと死んじゃうよ」  トマスが怒鳴りかえす。 「ちぇっ、おまえら。もうちっと精神力増やせよな! 役に立たないやつらめ」 「そういう言い方はないだろ、マックス……あぁ、あ、そうだ! ロペス、おまえ爆弾《ばくだん》持ってたよなぁ、こいつら、爆弾も効果があるっていうんだ」 「う、うわぁ!」  トマスたちの話に気をとられていたわたしたちのほうへ、また大きな石が飛んできた。  ガッッ!  さっき開けた穴に激突《げきとつ》した。 「ちぇ、惜しいなぁ。ぜんぜんこの穴、広がってねぇや」 「あぁあ、せめてもう一個キットンが爆弾を持ってたらね…」 「爆弾!?」 「爆弾!?」  わたしとトラップは声をそろえていった。        6  モウモウとまきおこる、白い煙……。さすがキットンの持ってたのとは威力《いりょく》がちがう。ロペスという人が持っていた爆弾で、例の穴をノルでもラクラクくぐりぬけられるほどの穴に広げることができた。  ストーンゴーレムはマックスたちにまかせた。とにかく一刻も早く城をやっつけなきゃ! 「シロ、まさかおめぇー、これも『おいしい匂いデシ!』とかいうんじゃねーだろうな」 「これはおいしい匂《にお》いじゃないデシよ」 「そっか。それを聞いて安心したぜ」  さっきの爆弾でまたブスブスと煙る暗い貯蔵庫《ちょぞうこ》は、異様《いよう》な臭《にお》いで充満《じゅうまん》していた。 「うわぁー、こんなに! これ、さっきの種だね」  さっきクレイがわたしのショートソードでかき出したまっ黒コゲの種があちこちに散乱していた。 「これ、箱ですねぇ…しかし、ずいぶんあるな。いったい何に使うんだろ」  キットンが指さす。おびただしい数の紙の箱がやはり黒コゲになっていた。 「それだよ! 例の内職仕事は!!」  レディ・グレイスが吐《は》き捨てるようにいった。  あぁ、あの……。ゾンビやスケルトンに作らせた箱なわけね。 「おい、そんなことよりこっちだ!」  レディ・グレイスが奥の扉《とびら》を指さした。  そうか。やっと…やっとここまでたどり着いたんだぁ。  これまでの苦労を思うと、感無量《かんむりょう》。それだけ気持ちが引きしまる。  ドスン、バタン、ドッカ——ン! と、さっきの部屋《へや》から聞こえてくる。 「おおっと、そうはいかねぇぜ。うりゃうりゃうるあぁー!」 「ブラウトン! いつまで休んでんだよー!」 「うわああ、い、いてぇじゃないか、ばかやろ!」  マックスたちの怒鳴り声。かなり苦戦しているようだった。  しかし、ゴーレムは操《あやつ》られているだけ。ゴーレムを操ってるのは城なんだもんね。早くやっつけなきゃ! 「う、うううわわわわ……く、くるしいいぃぃ!」  扉のノブに手をかけたレディ・グレイスがその場に倒れこんだ。 「ぎゃああああああ……ま、またや、頭がぁ……」  ゾロも、ピンも床《ゆか》をのたうちまわった。レビは狂ったように飛び回っている。 「ぴん——!」  ルーミィが苦しそうにもがくピンをゆすった。 「ど、どうしちゃったの!?」 「うう、急に……頭がまた……あ、あの『恐怖《きょうふ》』だ……」 「え!? だってそれは……」  トマスが口ごもった。 「あ、あんたにかけてもらった魔法《まほう》、あれの効力が…切れたんじゃないのか?」  あれは魔法なんかじゃない。ただの暗示なのに。 「わかった。いよいよ城の中枢部《ちゅうすうぶ》が近くなったからですよ!」  トマスがいうと、クレイがレディ・グレイスの前に立った。 「あんたたちはここまででいい。後はおれたちに任せてくれ」  彼女は弱々しくクレイを見上げ、そしてノルを見た。  ノルは黙《だま》って大きくうなずいた。        7  はたして、青い球はあった。  中枢部の部屋《へや》にしては質素な、その部屋の中央。石で造られた玉座の上に青く光っていた。 「こ、これか……」 「青いの、きえい!」  全員で球を取り囲む。 「クレイ!」  クレイは黙ってロングソードの柄《つか》に手をかけた。  すると…! 「ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ」  小さな子供の声がした。 「こいつかぁ?」  青い球がまたたき、フルフルと震《ふる》えたのだ。 「け、球のくせに生意気《なまいき》だぜ。クレイ、はえーとこバシッといったれ。バシッと」  クレイは神妙《しんみょう》な顔で小さくうなずき、ロングソードをスラリと抜《ぬ》いた。 「ヤメテ! オネガイ!」  また青い球が瞬《またた》く。  一瞬《いっしゅん》眉《まゆ》をしかめたが、ソードを両手で持ち振りかぶった。 「オネガイ、オネガイ!! ヤメテクダサイ! ヤメテヤメテ!」  球がおびえたように震え、必死に懇願《こんがん》した。 「く……」  クレイの腕が止まって動かない。 「オネガイシマス! モウ、ワルサハ、シマセン! タスケテタスケテ!」  クレイの腕がブルブルと震えた。  チェッと小さい舌打ちがわたしのうしろで聞こえた。トラップだ。 「おい! なに迷ってんだよ! バカバカしい。こいつぁ人間でもなんでもねぇ。ただの城だぜ、城! おれたちを殺そうとした城なんだぜ。お人好しもいいかげんにしろっ」 「オネガイシマス、タスケテクダサイ!」 「うっるせぇぇー! おれがたたっ壊《こわ》してやる。おい、ノル、トンカチ持ってたよな」  ノルからもらったトンカチをトラップが握《にぎ》りしめ、 「おめーなんか!!」  腕をふりあげたとき。 「パパ———、パパァア————! タスケテ、パパ!」  球が甲高《かんだか》い声でキンキン叫んだ。 「わあぁ!」 「きゃぁああ!」  ビイイイィィィィィィィッィィィィィィ————ンン!!  球が強い光を放った。  部屋《へや》中がビリビリと振動し始めた。  そして、いきなり六〇センチは飛び上がるようなたてゆれが来た。  ドスン! ドスン! ドスン! ドスン! ドスン! ドスン! ド「あだだだ」スン!  ドスン! ドスン! 「うぎゃぁ!」 ドスン! ドスン! ドスン! 「わった たた!」ン[#対応する「ドス」は無し]! ドスン! ドスン! ドスン! 「な、なにこれー!」 ドスン! ドスン! ド「ギャッ! 痛いよ」スン! ドスン! 「ひゃあぁ!」 ドスン! 「キャアァァ——!」 ドスン! ドスン! ドスン! ドスン! ドスン! ドスン! ドスン! ドスン! ド「イタタタタ!」スン! ド「いちゃいいちゃい!」スン! ドスン! ドスン! 「尻がいてぇ!!!」ドスン! ドスン!ドスン! ドスン! ドスン! ドスン! ドスン! ドスン! ドスン! ドスン! ドスン!ドスン!  目の前がブレて、何がなんだかわからない。  尻餅《しりもち》の連続|攻撃《こうげき》。  いったいどれくらい続いたんだろう。  全員、床《ゆか》に這《は》いつくばって、トランポリンをやってるみたいに飛び跳《は》ねた。ちがっているのは、下が堅《かた》い堅い石だってこと。  …………………………!! 「も、もう……おしまい?」  やっとこさ、たてゆれがおさまった。  見ると、あれだけ派手《はで》に揺れたというのに。不思議《ふしぎ》なことに青い球は根を生やしたようにビクともしていなかった。別に固定しているようでもないのに。 「ってててて……何しやがんでぇ、ったく」  お尻《しり》をさすりながら、トラップが立ち上がる。 「うう、悲惨《ひさん》!」  わたしもお尻をさすって立ち上がる。 「おめぇは毛糸のパンツはいてんだから平気だろ」 ったく。トラップってほんと執念《しゅうねん》深い。こりゃ当分いわれるぞ。 「もう、ゆえないのかあ?」  ルーミィはノルにだっこしてもらってたんだ。あぁ、よかった。 「あ、シロちゃんは!?」  わたしはあわてて部屋《へや》を見回した。 「キュゥ……」※[#「キュゥ」は、文字が少し小さい] 「あ、あそこ!」  かわいそうに。シロちゃんは部屋の隅《すみ》っこに転《ころ》がっていた。 「しおちゃーん!」  ルーミィがノルの腕からポンッと飛び出て、シロちゃんのところにかけよった。  そのとき、わたしのうしろ頭に聞き慣《な》れた声が。 「おお! なんだ無事《ぶじ》だったのかい。……にしても、ったいなんなのさ。この騒《さわ》ぎは」  バタンと木窓が開き、鉄格子《てつごうし》をつかんでいるのは。 「ヒ、ヒュー・オ——シィ!!」  そう。あの、派手《はで》派手の保険屋、ヒュー・オーシじゃないか!?    STAGE 8        1 「こ、ここって…その、塔《とう》の最上階だわよね……」 「……の、はずだよな」  わたしたちはまたヨロヨロと床《ゆか》にへたりこんでしまった。 「なんで、ヒュー・オーシ、あなたが窓から顔出すわけよ」 「だしゅわけおう」 「浮かんでんじゃねーわな……」  ヒュー・オーシはとぼけた顔でクイッと親指を曲げ、うしろを指さした。  ドヤドヤと窓にへばりついたわたしたち。  みんな口をポカーンと開けて。開けたまま顔を見合わせた。 「あんあ? おやぁ(なんだ? こりゃ)……」  ヒュー・オーシは空中に浮かんでたのでもなんでもない。  おびただしいガレキの山の上に、しっかり足をつけて立っていた。 「さっきのたてゆれかぁ?」 「城、崩《くず》れてる……」 「ひょっとして、ここだけなわけ? 残ってるの」  扉のほうにまわり、岩をどけていたヒュー・オーシがガッと扉《とびら》を開けて入ってきた。  ひゅぅ——っと涼しい風が吹きぬけていく。 「やぁー、びっくりしたぜ! 今朝来てみるとさぁ、いやあたしはちっとばかり遅れてきたんだけど。城の一階が崩れてんだものぉ。部下の連中が大騒《おおさわ》ぎよ。んでまぁ、テントを片づけてたりしてたら、ドンドンドンドン壊《こわ》れてくだろぉ? ついには塔しか残ってねぇ。こりゃ、なんかあったなって。ちっと離《はな》れた場所で高みの見物と決めこんだわけよ」  カシッと、ドラゴンの彫《ほ》りこまれた金色のライターで葉巻に火をつけた。 「そしたら、ついさっき。残ってた塔も一気に崩れ落ちて、ハイこれまでよってなもんだ。こいつぁすげーってんで、来てみたら! あんたたちがいたわけさ。やぁ、驚《おどろ》いた驚いた」  驚いたのは、こっちだよお!  じゃ、なに……!?  わたしたちが必死に塔を登ったり、ゴーレムと戦ったりしてる最中、すでに城はおおかた崩れ落ちてたってわけ?? 「あ、あのぉー、それでこの青い球、どうするんですか?」  キットンが間のぬけた声でいった。 「そだ! 悠長《ゆうちょう》に話してる場合じゃねーぞ」 「パパ、パパ、タスケテ……」  球はまだフルフル震《ふる》えている。 「こいつ、まだいってやがる。なんだよ、そのパパっつーのはよぉ!」 「まさか、城の父親がやってくるなんてないですよねぇ」  キットンが笑った。  城の父親って……。  わたしの頭に、この城の何倍もあるような大きな城がドシンドシンと歩いてくる(だから、城がどーやって歩くんだよー!)図が浮かんできた。  トラップがクレイをどつく。 「どうすんだよー! おめぇがやれねーんなら、おれがやるぞ!」 「う、うん…いや、おれが叩《たた》き壊《こわ》す!」  クレイは再びロングソードを握《にぎ》りしめ、青い球に向かっていった。  だぁーっとソードをふりあげたとき、 「あ、待って! 待ってつかーさいっっ!!」 「え?」  クレイのソードが途中《とちゅう》でピタリと止まる。 「おっと…」  ヒュー・オーシを突きとばし、部屋《へや》に転《ころ》がりこんできたのは……。 「あ、村長さん!」  そう。サバドの村長だった。 「パパ、パパ!」  青い球がキラキラと光り、ぽんぽん弾《はず》んだ。 「えぇー!? パパってまさか…」 「そ、そうです……実はわしがこの子の育て親ちゅうわけなんです」        2  その行商人《ぎょうしょうにん》がサバドの村にやってきたのは、去年の冬だったという。  海を越えた遠い国の品物やサバドでは手に入りにくいマニアックなものを持っていて、村人たちは夢中《むちゅう》になって我先にと買った。  すっかり機嫌《きげん》をよくした村人たちは歓迎パーティを催《もよお》した。村長も、もちろん参加した。  夜もふけ、酔《よ》いもまわった頃だった。行商人が村長さんにコッソリ耳打ちをした。 「とっておきの品物があるんです。ただ、これはおいそれと誰にでも売っていいものではありません。村長さん、あなたならお譲《ゆず》りしてもかまいませんよ。まぁ、気にいれば…の話ですがね」  典型《てんけい》的なクスグリ商法だ。  酔いのまわった村長は、即座に「見たい!」と答えた。  それが、この「城」だった。  いや、正確にいうと「城|栽培《さいばい》セット」。 『あなたも一国一城の当主。城のオーナーになってみませんか?』  箱には、こんなキャッチフレーズがおどけた漫画入りで書かれてあった。  中には、城の種×1、植木鉢《うえきばち》×1、肥料《ひりょう》×1袋……それから、説明書が入っていた。 「城って……いわゆる、あの王様や貴族の住む、あの城かいね」 「そうそう!」  村長は行商人《ぎょうしょうにん》と大笑いした。  値段を聞くと、それほど高いわけではない。 「まぁ、そんなら話の種にでも!」 「あっははっは、村長さん、うまい!」  行商人は村長の肩をポンポン叩《たた》いて笑った。そしてショルダーバッグから紙切れを一枚取り出した。 「しかし実はですね。クッククク……、この商品を買っていただくには、この誓約書《せいやくしょ》にサインしていただかないとダメなんですよ。アハアハ」 「ファッハッハッハ、なんですね? そりゃ」  内容は簡単だった。  城のことを絶対誰にも秘密にすることを誓《ちか》うという誓約書だったのだ。これに違反した場合は、その後どのようなことが起ころうと当方は一切《いっさい》責任を負いかねるので予《あらかじめ》め了承していただく、と付記されてあった。  さすがに村長も冗談《じょうだん》にしてはいやに念が入ってると、ふと思った。 「ハッハハッハ……だから、残念ながら『話の種』にはなりませんねぇ。クッククク……それでもかまいませんか?」  しかし、行商人はあいかわらず、さもその念の入り方がおかしいというふうに笑うし。フードを目深《まぶか》にかぶっていたので表情こそわからなかったが、口調《くちょう》も変わらず。きっとこれは都会人特有のジョークなんだと解釈《かいしゃく》した。  そうそう。彼は大きな茶色のマントを着てフードを目深にかぶっていた。最初は誰も気味悪がったそうだが、話してみると良さそうな人なので気にならなくなった。 「ハッハハッハ…いやいや、誓約書でも何でも書くきに」  こうして村長は『城栽培セット』を手に入れた。  行商人は次の朝早くに旅立ってしまった。  説明書を読むと、これは春蒔《はるま》きの種だとある。二月の下旬から三月の初旬に蒔くといいと書いてあった。  もちろん、そんな…城が朝顔かマーガレットのように生えてくるなんてこと頭から信じていなかった村長は、その箱をタンスの上に置いたまま、すっかり忘れていた。        3  そして、早春になった。  春蒔きの種を買ってきた村長は花の種を蒔きながら、ふと『城の種』のことを思い出した。  まぁ、なんの花が咲くかはわからないが…いや、芽《め》が出るかどうかもわからなかったが、ものは試《ため》しだ、蒔いてやれ。『城の種』というからにほ、白い花でも咲いてお茶をにごすんだろう…などと軽い気持ちで、箱に入っていた植木鉢《うえきばち》に種を蒔いた。  説明書どおりに、肥料《ひりょう》をやり水をやり……。他の花と同じようにべランダで育てた。  はたして、芽は出た。  他の花と同じように、最初はふた葉が開いた。ふた葉のなかに、キラキラ陽を受けて光る青い球があった。  説明書には、この青い球をくれぐれも傷つけないよう厳重《げんじゅう》に注意書きがしてあった。  他の花とちがっていたのは、あまりにも芽が出るのが早かったこと。  いや、ふた葉が開いた次の日はもう小さな小さな、お菓子のオマケくらいの城ができていた。  それはそれはかわいらしい城で、しかも生意気《なまいき》なことにちゃんと窓もあるし、塔《とう》もある。扉を開けてみると、小さな小さな階段まであった。  村長は他の人たちに話したくってウズウズした。しかし、同時に怖《こわ》くもなった。まさか本当に城が生えてくるとは思っていなかったのだから。今年は何の種を蒔いたか、などと村人たちが話していると、ついつい話したくってしかたなかったが、口から出かかるたびにあの誓約書《せいやくしょ》を思い出した。  さらに城はどんどん成長し、人形が住めるほどの大きさになっていた。  まさに、あれよあれよという間だった。  次々と大きな植木鉢《うえきばち》に移し替《か》えてやったが、じきに間に合わなくなった。  他の花がやっとつばみを持ったころには犬小屋ほどの大きさになり、花が咲いたころにはベランダがギシギシときしむほどに成長した。  いったいどれくらい大きくなるのか、見当もつかない。このままでは、どうしたって村人にバレてしまう。いや、それよりなにより村長は城が怖《こわ》くってしかたなくなった。  ある早朝。まだ日が山《やま》の端《は》をやっと白く染《そ》める頃。村長は城を大八車《だいはちぐるま》に乗せて森へ捨てに行った。  よほど叩《たた》き壊《こわ》そうかとも思った。しかし、なぜかできなかった。すでに妙《みょう》な愛着を感じていたからだ。  なんとも不思議《ふしぎ》なことがあるものだと、小さい物置小屋ほどの大きさになった城をしばらくの間見つめていた。  さて、家へ帰るかと腰をあげたとき、 「パパ、ボクヲ、ステルノ?」  と、声が聞こえた。 「え?」とふりかえると、塔の一番上が青くまたたいている。  それは、キラキラとまたたき、 「パパ、ボクガ、キライ?」  と、また呼びかけてきた。  村長は、もう…。転《ころ》がるように走って走って、走って帰った。  そして、村長はすべての秘密を胸にしまいこんだのだ。  ときどきはようすを見に行こうかとも考えた。しかし、好奇心より何より怖さが先に立った。 (いやぁ、きっとじきに枯れよる…壊れてなくなるきに。心配せんでもええじゃろう)  自分で自分にいい聞かせた。  しかし、城は枯れもせず、壊れもしなかったのだ。  夏のおわり、村人たちが噂《うわさ》をしはじめた。  森に大きな城があるけんど、見んさったか?  あぁ、見た見た! やったらでっけえ古城じゃった。  そりゃ、一度見物に行かにゃぁのぉ!  村長は愕然《がくぜん》となった。知らん顔をして村人と見物に行き、さらに仰天《ぎょうてん》した。物置小屋ほどだった城が、今や立派な城になっているではないか!? しかも、中庭や門までできて、古びた佇まいは何世紀も前に建てられた古城そのもの。  救われたのは、城のまわりにただならない妖気《ようき》が漂《ただよ》い、誰も怖《こわ》がって中には入っていこうと しなかったことだ。  村長の焦《あせ》りなど、つゆ知らぬ村人たちは口々に勝手な噂をしはじめた。  あれは昔小貴族が建てた別荘だ、だの。毎晩恐ろしい女のすすり泣きや獣《けもの》の鳴き声が聞こえる、だの。  その噂に拍車《はくしゃ》をかけたのが、冒険者《ぼうけんしゃ》たちだった。  手に手に冒険シナリオを携《たずさ》え、各地から続々とつめかけてくる。  シナリオを読ませてもらい、唖然《あぜん》となった。  なんでも、あの城はその昔伝説の大盗賊《だいとうぞく》メハマッドが秘密の隠《かく》れ家《が》にしていて、今もなお財宝が眠っていると書いてあるではないか!?  ばかな!!  あれは、ついこの春わしが蒔《ま》いた種じゃぞ。  しかも、城にはゾンビやスケルトンなどの恐ろしいモンスターが徘徊《はいかい》しているとまで書いてある!  しかし、状況《じょうきょう》はどんどん悪化した。犠牲者が出始めたのだ。  酔狂《すいきょう》な村の若者が「おれも挑戦《ちょうせん》するきに!」と出かけ、命からがら逃げ帰り高熱を出して寝 こんだりした。  村長は焦《あせ》った。毎晩ガタガタ震《ふる》えながら、「どうすりやええんじゃ!」と激《はげ》しい動悸《どうき》にさいなまれた。 「パパ、ボクヲ、キライ?」  城の声を思い出した。  そうじゃ。あれは魔性《ましょう》のもの。城なんかじゃない、あれは生きとるもんじゃ。あの塔の最上階にある青い球を壊《こわ》せば…あるいは。いや、きっとそうにちがいない。説明書にも書いてあった。くれぐれも青い球を傷つけるなと。  かといって、アンデッドが徘徊する城のなかへ自分で入っていき、青い球を叩き壊す勇気などさらさらない。 『違反した場合は、その後どのようなことが起ころうと当方は一切《いっさい》責任を負いかねるので予《あらかじ》め了承していただく』  特に『どのようなことが起ころうと……』という言葉がとてつもなく恐ろしかった。断じて城の秘密を漏《も》らしてはならないのだ!  ならば……。        4 「んで、おれら冒険者《ぼうけんしゃ》にあることないこと吹きこんだわけかい」  トラップが冷たくいうと、村長は黙ってうなずいた。  わからないこともあったが、なんとなく事情はわかった。今までのことがなければとてもじゃないけど信じられないような、とんでもない事情だったけど。 「ったくよぉ、いるんだよなぁ。小さいうちはかわいがって、でかくなってめんどう見きれなくなったら、ポイッと捨てるようなのがさぁ」 「トラップ……」 「いいや! こいつぁ、村長、あんたが始末つけるんだぜ」  そういって、手に持っていたトンカチを村長に突きつけた。  ノロノロとそのトンカチを持った村長は、青い球を見つめた。 「パパ、パパ、ボクヲ、オボエテクレテタンダネ?」  球がまたフルフルと震《ふる》え、またたいた。 「あ、あぁ……じゃけんど、おまえを壊《こわ》さないかんきに」  村長もブルブルと震えながらいった。  球はすぅーっと暗くなった。 「ワカッテルヨ。ボクノ、コドモタチ、バクダンデ、コロサレタカラ、モウ、スルコトモナイ」  ぼくの子供たちが爆弾《ばくだん》で殺された??  わたしたちは顔を見合わせた。 「じょ、冗談だろ!? あれ、全部……城の種だっていうのかぁ?」  あの貯蔵庫《ちょぞうこ》にあった、ひまわりの種みたいなの。ものすごい量の、あの種がぁ??  一粒の種で、この騒《さわ》ぎだ。  ゾォ———ッと寒気がした。 「あ、そういえば。ほら、箱があったよね。ゾロたちが内職させられたってボヤいてた……」 「あったあった!」 「もしかして、村長さん。その城|栽培《さいばい》セットの入ってた箱。これっくらいのじゃありませんでした?」  わたしが手で箱の大きさを示すと、 「はぁ、そんくらいじゃったかのぉ。もう捨ててしもうたが」 「やっぱり!!」 「て、てめぇ! おい、城。まーたその城栽培セットたらいうもん作って、んで、あのデタラメのシナリオみてぇにバラまくつもりだったんだろ!!?」  トラップが青い球に食ってかかると、 「……ソウデス。デモ、ボクガ、カンガエタワケジャナイ。ソウイウモンナンデス」 「まぁねぇ。どうしてそんなに綿毛《わたげ》をバラまくのかって、タンポポに聞いてもタンポポにだってわからないでしょうし」  と、キットン。 「お、おめぇ! どっちの味方だっ!」  トラップはキットンの襟首《えりくび》をつかむと、 「そ、それよりですねぇ。他の城栽培セットがどうなったか。その行商人《ぎょうしょうにん》が他に売ってないかが心配ですよ!……あ、あわわ」  いきなりトラップがキットンを放したもんだから、ドシソと尻餅《しりもち》をついてしまった。 「イテテ…おしり、今|腫《は》れてんですからね。まったくトラップは乱暴《らんぼう》なんだから」 「たしかに…どっかでここと同じような城が育ってる可能性はあるな。う——むぅ」  クレイがうなった。 「まぁ、ここで今そんなことをいってもしかたないですが」 「あっ、どうでしょう? 後で冒険者《ぼうけんしゃ》支援グループに詳細《しょうさい》を報告するというのは。で、各地に連絡《れんらく》してもらうんです!」 「あ、トマス。それいいアイデアだわ!」  わたしたちが勝手に話している間にも、父と子の悲しい別れのシーンが幕《まく》を開けていた。 「ダカラ、パパ、パパニ、コワサレルンナラ、ボク、イイヨ」  球が、またチカチカ光った。 「す、すまんな…恨《うら》まんどくれ、なぁ」  村長は目の端《はし》に涙をため、トンカチを握《にぎ》りしめた。 「ボク、パパガ、スキダッタヨ」 「わ、わしだって…。おまえは、嫌《きら》いか? と聞いたがの。あの小さなかわいらしい城ができたときは、まっことうれしかったきに…。いつまでも小さいままやったらよかったんじゃが」 「しおさん、かあいしょー」  ルーミィがつぶやく。  みんなもしんみりしちゃって、わたしなんかもらい泣きまでしちゃった。 「あのぉー…ですねぇ。この城は基本的に、城ではあっても植物なんですよねぇ。種で繁殖《はんしょく》するわけだし」  話を聞いていたキットンがいいだした。 「は? ま、まぁ…そうかも」 「だったら、大きくなったら剪定《せんてい》すればいいんじゃないですか? 盆栽《ぼんさい》のように。要するに、大きくなったとこだけ壊《こわ》していけばいいんですよ。そうすれば、別に人の生命エネルギーなんて必要《ひつよう》ないんじゃないんですか? 養分は必要でしょうが、別に現状を維持するくらいなら大地の養分で充分《じゅうぶん》ですからねぇ。ここの森はいい土をしています」 「そ、そうよ、そうよ! ね、何も壊《こわ》すことないじゃない」 「こいつも改心したみたいだしな」 「そうですね、なんだかかわいそうになってきましたよ」  わたしもクレイもトマスもキットンの案に賛成した。ノルもゆっくりうなずいた。  しかし、トラップが扉《とびら》を思いっきり叩いた。 「ったくううううぅぅ——!! 信じられねぇ——なぁぁ。ったくったくよおお。つきあいきれねーぜ。おめぇらには!  いいかぁ!? この城はな。おれたちを殺そうとしたんだぜ。アンデッドモンスターを操《あやつる》ることだってできるんだ。実際、今まで何十人と犠牲者《ぎせいしゃ》が出てるんだ。  しかもだ。そりゃこの村長さんがいるうちはいいさ。でも、城のほうが長生きするに決まってるじゃんか。またノラ城になったらどーする!?  なんで、そう勝手な推量《すいりょう》で簡単にものが決められるんだよ! おめぇら、単に自分の手を汚したくねぇだけだろ。捨て猫する人間といっしょだ。無責任だぜ」  そう怒鳴《どな》ると、頭をかきむしり、 「おれは絶対に反対だ。どうしてもやれねーってんなら、おれが壊《こわ》す!」  いつものトラップの剣幕《けんまく》とは少しちがう。なんていうか、正真正銘《しょうしんしょうめい》、心底《しんそこ》怒った! というか。  気まずい沈黙の後、村長がわたしたちにいった。 「みなさん、ご心配をおかけしたけんど。こん人がいいんさることが正しい。わし、この城を壊します」  そして、青い球に、 「そういうわけじゃ……」 「ボク、フユガ、クルマユニ、ドゥセ、カレルンダ。ダカラ、パパ、キニシナイデ」 「冬が来る前にどうせ枯れるぅ!?」 「あ、そっかそっか。この城は、多年草ではなく一年草なんですね? つまり稲といっしょで年を越せないわけだ。じゃ、別に後わずかのこと。何も今壊すことはないじゃないですか」  キットンがいった。 「この子がもうじき枯れてしまうんなら、それまでわしが住んでやってもええですかね? なんかまた悪さするようなことがあったら、そのときは責任もって壊すきに」  村長が遠慮《えんりょ》がちに聞いた。 「トラップ……」  クレイがトラップの肩に手を置いた。 「うっせぇ! 勝手にすりやいいだろ!?」        5  わたしたちは、ヤレヤレと外へ出た。  秋の風が少し冷たかった。  考えてみればたった一泊二日の冒険《ぼうけん》。でも、これほどめまぐるしく疲れた冒険もなかった。 「あぁーあ、夕方かぁ」  クレイがいった。 「わぁ——、すごい雲!」 「ふぁーあう、しゅごい雲!」  茜色《あかねいろ》に染まったうろこ雲が空いっぱいに広がっている。その雪がちぎれて、上空をフワフワ旋回《せんかい》している! 「あ、ゴーストたちだ!!」  ドカッ! ドカッ!  ガレキの山からゾンビやスケルトンの手が勢いよく突きだした。  岩をどけ、大勢のゾンビやスケルトンたちがお互いに体を支え合いながら這《は》いでてきたのだ! 「うわあああ! な、なんだ、あいつらはぁ!!」  ヒュー・オーシが尻餅《しりもち》をついて、後ずさる。 「あ、ピン——!!」  ルーミィがかけだす。シロちゃんもいっしょにかけだす。 「危ないよ!」  アンデッドたちに混じって、あの愉快《ゆかい》な漫才コンビがゆっくりと歩いてきた。その頭上には白いゴースト。レビだ!  ルーミィが石につまずいて転《ころ》びそうになると、ピンがさっと抱きとめた。 「無事《ぶじ》だったのね——!?」 「へぇ、おかげさんで。しつこいだけが、とりえだすぅ」 「そんで、城のやつ、どうなったんだい!?]  ドカバカダッシン!  派手《はで》な音をたてて、うしろのガレキから例のグラマラスボディが登場。 「まったく、体中傷だらけだ!」  パンパンと体をはたくと、白い粉が舞《ま》う。  黒くうねる長い髪まで、黒板消しではたかれたようにまっ白のレディ・グレイスだ。  わたしは、今までのいきさつを彼女たちにかいつまんで話した。  彼女のことだから、トラップのように…いやもっと怒るかと思ったが、 「ふん、そうか。あんたら人間はそうやってあいまいに罪《つみ》を重ねてくもんさ。ま、しかし。あたしだって昔は人間だったんだから、大きなことはいえないやね」  あっさりそういった。 「あのぉ…ぼくの…友達なんですが」  トマスが不安いっぱいの顔でやってきた。 「あぁ、あの威勢《いせい》のええ、にいちゃんたちやったら、塔《とう》が崩《くず》れ落ちよる前に脱出《だっしゅつ》しはったみたいでっせぇ」  ゾロがいった。 「脱出!?」  トマスはダッとかけだし、回りを見てまわった。  そして、向こうのガレキの下を見おろし、グルグル手をふった。 「おお———い! マックスゥ——」 「どうやら無事《ぶじ》だったようですね」  キットンが微笑《ほほえ》んだ。 「へ、アンデッドみてぇに頑丈《がんじょう》なやつらだな」  トラップは頭のうしろで手を組んでいった。 「トラップ、そんなふうにいわないの!」  だって…アンデッドっていうけどさ、話してみればかわいそうな人たち。わたしたちだっていつかは死んじゃうんだもん。レイスになったかと一時は本気で心配したわたしとしては、なんかひと事じゃないんだもん。 「いや、事実そうやから、ええんですわ。トラップはんにポンポンいわれよるうちに、わて、考え改めましてん。下手に同情してもろて言葉選んでもらうより、よっぽどスッキリしますわ」  ゾロが少しまじめな顔でいった。 「そう…?」 「へぇ。そないなことゆうとったら、話せる言葉どんどん少のうなって。なんもしゃべれまへんがな。シャレもしゃべれん、シャレコーベや!」  ルーミィと手をつないでいたピンが、ポコンと頭蓋骨《ずがいこつ》を叩《たた》いてみせた。  ガレキの向こうから、トマスやマックスたちがやってきた。  脱出《だっしゅつ》したといっても、かなり怪我《けが》をしたみたい。体格のいい…たしかジェリーとかいったファイターも、あのすごい魔法《まほう》を使ってストーンゴーレムを木《こ》っ端《ぱ》みじんにしたブラウトンも、爆弾《ばくだん》をくれたロペスも、そしてマックスも足を引きずっている。  トマスはマックスを支え、なにやら楽しそうに話していた。 「パステル、どうやらトマスは……」  クレイがわたしになにかをいいかけて、やめた。  でも、彼が何をいいたかったのかはわかった。  だから、コクッとうなずいた。  マックスたちがトマスを助けるためにもどってきたと知ったとき、すでにその予感はあったからだ。 「おおお! 話は聞いたぜー」  と、マックス。口の下と眉毛《まゆげ》の上を切って、血が出ていた。 「世話になったな!」  クレイがいうと、 「なーに、こいつもあんたらに世話になったみたいだし。お互いさまよ」  マックスはトマスの肩に手を回したまま、片方の手でコツンと彼の頭を叩《たた》いた。 「実は…その…」  トマスは、なんともすまなそうな顔でわたしたちを見た。  わたしとクレイは顔を見合わせニッコリ笑った。 「トマス、ほんの…たった一日だけのパーティだったけど。楽しかったぜ」 「せっかくお友達になれたんだもん。またいつか会おうね!」  トマスはハッと顔をこわばらせたが、思い直したようにニッコリ笑い、 「ありがとう!」  と、手を差しだした。  その手に、わたしたちが手を置くと、 「おめぇら、ずるいぜ!」 「そうですよ。わたしたちだってパーティだったんですからね! トマスとは」  トラップとキットンが、その上にギャーコラいいながら手を乗せた。  さらにその上に、無言でノルがでっかい手をのっける。 「ルーミィ、シロちゃん! あなたたちもおいで!」 「あしょぶんかぁ?」  ノルがヒョイッとルーミィを抱きあげ、ちっちゃな彼女の手を乗せた。 「なんデシか?」  トラップの肩に飛びのったシロちゃん。 「ほれ!」  あっははは。トラップったら、わたしたち七人の手の上にシロちゃんを体ごとのっけた。 「エイエイエイエイッ!」  上下に手をゆらすと、シロちゃんはその上でポンポン跳《は》ねた。        6 「さて。それじゃ、ぼくはあの人たちをターンアンデッドしなきゃいけませんから」  トマスがホッとひと息ついていった。  アンデッドたちがお互いに助け合いながら、トマスの前へ集合してきた。 「おまえ、こんだけの数ターンアンデッドなんかしたら、死んじまうぜ」  と、マックス。  トマスはひょいと肩をすくめ、 「ちょっとずつ小分けにして、休み休みやるよ。二、三日ですむと思う。マックスたちは村で静養しながら待っててくれよ。どうせその怪我《けが》じゃ、すぐには出発できないだろ?」 「ま、それはそうだが‥‥‥」 「じゃ、そゆことで」  トマスはアンデッドたちのほうへ走っていき、「みなさーん、集まって! ちょっと聞いてくださぁーい」と作業を始めた。 「ね、こうなったら、わたしたちもトマスにつきあわない?」  わたしがいうと、 「そうだな。おれもそうしたほうがいいと思ってたんだ」  すぐにクレイが賛成してくれた。もちろん、他のみんなもね。  トラップが何かいおうと口を開いたとき、 「トマス、ちょっと待っとくれ。わしも手伝うぞ」  と、うしろから、聞き慣《な》れない声。ガレキの下を見おろすと、長くて汚いロープをまとった老人がエッチラオッチラ登ってきていた。 「おう、あんたどこにいたんだ。急にいなくなっちまうもんだから、あたしゃ、まーたどっかで行き倒れてんじゃねーかと思ったんだぜ」  ヒュー・オーシが老人に声をかけた。 「ホッホッホ、ヒューさんかい。すまんのぉ。木の上で城のようすを見ておったんじゃ」 「ね、ヒュー・オーシ、知り合いなの?」 「あん? あぁ、あんたらも見てんじゃねーか。ほれ、きのう。テントのなかでくたばってたろ? わが愛車エレキテルパンサーちゃんの横でさぁ」 「あ、あぁぁ! あのときのぉ!」  そうそ。テントのなかで毛布にくるまって寝ていた人。あの人かぁ。 「ね、トマス! なんかおじーさんが呼んでるよぉー」 「は、はい?」  アンデッドたちを十人ずつに分けていたトマス。  不思議《ふしぎ》そうに首を傾《かし》げながら小走りにやってきた。  そして、一目見るなり、 「ウ、ウギルギさまぁ!!!!」  ダッダッダダダダダ…と、老人のもとへかけおりていった。 「おお、トマス。元気そうでなによりじゃ。おまえの心の叫びを聞いてな、老体にムチ打ってかけつけたぞ」 「こんなところまで…! お疲れでしょう」 「いやいや、途中までギューンベントのやつに送ってもらったのよ。やっぱりいいのぉ、雲に乗れるっちゅうのは。  しかし、その後がいかんかった。財布《さいふ》も弁当も忘れてなぁ。さすがに神といえど腹が減っては何もできん。あんまり腹が減って目をまわしてたら、あそこにおるヒューさんに助けてもらってな。しかし、おまえを助けようにも城が壊《こわ》れとるし……。遅くなってすまんかったなぁ」 「そんな!!」  トマスはウギルギの神の腕にすがって、頭をたれた。 「あのじーさん、ウギルギさまっつうのか?」  ヒュー・オーシが聞いた。 「う、うん…たぶん、だから…神様よ」 「へ、あの汚《きた》ねぇじーさんが神様ああ!? ……あ、あいつ、契約《けいやく》どうするつもりだろ」 「ま、まさか! 保険に加入させたんじゃないでしょうね」 「なんか礼がしたいっていうもんでさ。金、持ってねぇーっつんで、なら後払いでいいからって、まぁ……。クソッ、神様ならもっとでかい願い事しときゃぁよかった!」  ヒュー・オーシは地団太《じだんだ》踏んでくやしがった。  まったくぅー……。  アンデッドたち全員が並んだ。 「あぁあ、あいつらみんないなくなるのか…ボロい商売だったのによぉ」  ヒュー・オーシがぶーたれる。  ウギルギの神、その人が来てくれたんだもの。トマスとちがって、小分けにすることなんかない。一挙に全員を地に還《かえ》すことになったのだ。 「いよいよお別れね……」  わたしはゾロと握手《あくしゅ》した。  不思議《ふしぎ》だよね。ついきのうまでのわたしなら、ゾンビになんて指先さえ触《さわ》りたくなかったのに。 「パステルはん…わて、わて…なんや……」  あんなにおしゃべりのゾロが言葉も出ない。わたしの手を両手で握ったまま、肩をふるわせて泣いていた。 「レビ、おめぇも達者でな!」  トラップがポンとレビの肩を叩こうとしたが、スカッと手が通りぬけた。 「ちぇっ、おめぇさわることもできねーんだもんなぁ」 「ほら、ルーミィ。ピンがバイバイッて」 「ピン、どっかいきゅのかぁ?」 「そうよ。だから、ほら……」 「やだやだやだやだああぁぁぁ——! ピン、どっかいっちゃあだぁー!」  ピンの足の骨を持ってグイグイやって。わあわあ泣きだした。  そうくるとは思ってたけどねぇ。  今はまだこの子わかってないけど。このうえトマスともお別れなんだってわかったら、またたいへんな騒《さわ》ぎだ。 「ルーミィ、あのね。ピンたちって今までず——っと眠れなかったのよ。わかる? ルーミィだって眠くなっちゃうでしょ」 「うん……」  ルーミィは涙を手でこすりながらうなずいた。 「ルーミィ眠いのに、眠れないとイヤじゃない?」 「やだお……。ピン、眠りたいんか?」  ピンはゆっくりうなずいた。  今度はわたしに、 「こえから、ピン、眠うのお?」 「そうよ。今度こそ、ゆ——っくり眠ることができるの」  ルーミィは口をへの字にしてヒックヒックいってたが、もう一度ピンを見上げた。 「わかったおう。ピン、おやしゅみあさーい」  ピンはルーミィの頭をやさしくなで、まだベソベソ泣いてるゾロの脇《わき》を肘《ひじ》の骨でつっついた。  そして、ゾロとピン、それからレビはわたしたちに向かってペコリとお辞儀《じぎ》をしてアンデッドたちのところへ行ってしまったのだ。  最後はレディ・グレイス。  ほこりも払い、夕日を浴びた彼女は完壁《かんぺき》な美しさ。優美に盛り上がった筋肉が小麦色に輝き、ボロボロになった黒いマントと黒髪《くろかみ》が風になびいていた。  しだいに色が濃くなってきた空を見上げていたが、ふとこっちを見て。ニッと笑い、ゆっくりやってきた。  ノルの太い腕にすっと指をかけ、 「ノル、あんたぁ、ほんとにいい男だよ。あたしが生きてりゃ、ほっときゃしないんだが……」  ノルの顔が夕日に染《そ》まってまっ赤になっている。  レディ・グレイスはサッときびすをかえし、アンデッドたちが待つ場所へと走っていった。  そして最後に、あのハスキーな声でどなった。 「あんたらぁ——、あたしたちのとこに来るのは当分先にしなよぉ——!」  わたしたちは顔を見合わせて笑った。  そして、負けずにどなり返したんだ。 「わかったぁぁ——! とぉおぉ———ぶん、先にするよお———!」                                      END  あとがき 「………………!!」  フォーチュン4「ようこそ! 呪《のろ》われた城へ」が完成した瞬間《しゅんかん》です。 エンディングにジィ——ン! ときたわたしは「END」とタイプしたあと、机につっぷしてしばし余韻《よいん》に酔《よ》いしれてしまいました。  そこ、ほら、今これを本屋さんで読んでらっしゃるあなた、エンディングから読んだりしないでね。これだけは約束!  ほんとに感動しちゃった。自分の書いたものにこれだけ感動できる作者というのもめずらしいよね。しかも、それをあとがきにまで書いちゃうなんて。タハハハ…はずかしー(赤面)。でも、でも、ほんとに感動したんだもん……。  おひさしぶりです!  フォーチュン3「忘れられた村の忘れられたスープ 下巻」が出たのが、九月だから、九、一〇、一一…六か月ぶり? うーん、ごめんね。もっと早く書けばよかったんだけど。みなさん、お元気でしたか? わたしは、|〆切《しめきり》前必ずかかる「もう書きたくない…生きているのがつらい病」の発作に苦しんでいた頃には想像もできないほど元気です。  ちょうど今から一年前ですよね。フォーチュン1でわたしがデビューしたのって。それから、いろいろあったなぁ。ありすぎるほど。おかげさまで、CDはできる、カセット文庫はできる、漫画の連載はスタートする……。どんどんフォーチュンの世界が広がってきました。  でも! ここで強く思うのだった。 「小説」を書くこと。これがわたしにとって一等大切な役目なんだってね。以前、フォーチュンはわたしにとって「美潮クエスト」でもあるんだって書きました。それは、まさしくそのとおりで。今回も新しい技を身につけ、少しレベルアップしたような気がします。まだまだ、ぜーんぜん! ですけど。  できるだけ映像的で、感情移入できるような。いえ、読んでいるうちに読んでいることを忘れ、パステルたちといっしょにハラハラドキドキ冒険《ぼうけん》しているような。そんな作品になったら……。そのためにも、ますますうまくなりたい! パワーのある人になりたいって思います。  みんなもがんばってね。そそ、ファンレターをいっぱいありがとう。忙しくなっちゃって、お返事がなかなか書けないけど(それが一番気になる! あきらめないで待っててね)。全部しっかり読んでMPの補充《ほじゅう》してます。  受験でたいへんな人、体が弱くって学校になかなか行けない人、友達に小説を見てもらってる人、片思い中の人、修学旅行中にフォーチュンを探しまわってくれた人、友達に貸したフォーチュンを雨で濡《ぬ》らされてしまった人……(そうだ。常連の由姫子ちゃん、友達と冒険《ぼうけん》の真似《まね》をするのはいいけど。怪我したりしないよう気をつけてよね!)。フォーチュンを書いているとき、いつもみんなのことを思い出します。  この前、将来はなにになりたい? って聞きましたよね。いろいろな将来への抱負《ほうふ》を聞かせてくださってありがとう。小説家や漫画家、イラストレーターやゲームデザイナーになりたーい! っていう人が多かったですね。なかにはお医者さんになりたい、動物の研究をする人になりたいっていう方もいらっしゃいました。  わたし、みーんなに声を大にしていいたい!  今からでも、おそくない!!※[#この一行は著者の直筆と思われる手書き文字]  ってね。これ、拡大コピーして机の前に貼《は》りつけてくださいな(笑)。実をいうと、この言葉はわたしの言葉じゃありません。わたしが受験生だった頃、全国|模試《もし》を受けたのね。その結果が、これでした! だははは……。でもね、このたった一言にどれだけ勇気づけられたか。  高二のときに登校|拒否児《きょひじ》みたく、どうしても学校に行けない時期があったんです。父や先生、友達が励ましてくれるんだけど。学校に行く時間になると決まって熱が出てしまうの。その当時のわたしは、頭がいいとか絵がうまいとか(美術系の学校に通ってたのね)を鼻にかけた、いけすかない文学少女でした。休み時間、友達が甲高《かんだか》い声で笑ったりするのが耐えられなくって、中庭に逃げだしたり。感受性が豊かすぎるっていうのかなぁ。友達や…しまいに先生までバカにしたり。もちろん、心のなかで…だけどね。だから、表面は優等生ぶりっこしてたわけ。でも、ある日。そのバカにしてた友達のほうが、デッサンの成績が上だったのです。これはショックでした。この日を境に、もう一度勉強をしようって気になったんだけど。いまさら遅いかなぁと思って、受けた模試。その結果にあった、あの一言。「今からでも、おそくない!」これに、すがって試験日までがんばりました。世間知らずのわたしは、滑《すべ》り止めも用意せず、一校だけ受験したんだけど。運よく合格! そうか…今からでもおそくなかったんだな、と思ったんです。  というわけで。わたしの尊敬する人に伊能《いのう》忠敬《ただたか》さんがいます。ごぞんじ、日本地図を初めてしっかりした測量《そくりょう》で作りあげた人。彼が数学を勉強するため、江戸に上京したのは六〇歳になってから。う————! 負けるよねー!「今からでもおそくない!」を身をもって実践《じっせん》した方です。  取り返しがつかないことなんて、そうそうないんだなって。わたし、思うようになりました。そのときそのときは、「あっちゃあー! もうダミだあ」って思うけどね。  たぶん、この本が発売されたくらいは、受験シーズンまっさかり。最後の最後まであきらめないでね。ううん、実際は「最後」なんて、ないんだから。「ご臨終《りんじゅう》です」っていわれるまで。あははは、しかもそれってわたしたち本人は聞けない言葉なんだよねー。  んでは、恒例《こうれい》のスペシャルサンクス、いきまーす。  まずは、じゅんけ姉! 今回は怪我《けが》とか病気とかしてないかな? いろいろに広がるフォーチュンの世界だけじゃなく、かけだし作家深沢美潮のことをアレコレ考えてくださって。心から感謝しています。じゅんけ姉、あなたがいなくっちゃ、わたし、生きていけない! だから、あんまり飲みすぎないようにね。そして、漫画家の迎夏生さん。いよいよ漫画版フォーチュンの連載もスタートしましたね。迎さんなら、すべてお任せできる。原作に変に縛《しば》られることなく、迎さんのフォーチュンを作ってください! 楽しみにしてます。  フォーチュンのCDを作ってくださった安西史孝さん。安西さんには、3のときから小説のブレーンにもなっていただいてるんですが。今回はプロットを練る段階から最後の校正までたいへんお世話になりました。そのCDでフォーチュン・クエストのテーマを作ってくださった、萩原健太兄。すっごくすてきな曲をありがとう! そそ。4の感想に併《あわ》せて CDの感想もぜひよろしくね! PC−VANの98クラブ、コンプティークBBS、NIFTY、WORKSのメンバーの方々。フォーチュンをバックアップしてくださっている関係者の方々、ありがとうございます。  父、母、弟にもせいいっぱい、ありがとう。  そして、そして。  今までつきあってくださった、あなたに心からの感謝を。  さて。じゃ、また次回作でお会いしましょう!                               深 沢  美 潮